【編集後記】早くも息切れかも…(2017-01-23)

 先週はとりあえず何でも良いから、歩き回って思いついたことを字にしてみた。現役記者時代は、ほぼ毎日、2、3本の記事(新聞用なので長くはないが…)を書いていたのだから、それほど苦ではない。ただ、あまり中身がないので、自分で書いていても正直、詰らない。もの忘れ防止用の「取材メモ」代わりにしかならないことを改めて実感する。

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【編集後記】2017年の抱負―興味・関心の赴くままに…(2017-01-16)

 2017年に入って「未来計画新聞」を一度も更新しないまま、1月も半ばを過ぎました。新年のご挨拶もせずに、2017年のジャーナリスト活動をスタートします。今年もよろしくお願いします。

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【編集後記】ジャーナリズムとは何か?(2015-03-02)

 ジャーナリズムについて少し考えてみた。それほど信念を持って記者をやっているわけではないのだが、ジャーナリズムは「民主主義」を支える役割を担ってきた。それが問われていること自体、日本の民主主義が岐路にあると思うからだ。国民も、為政者も、メディアも、そして記者自身が「民主主義」を尊重しなくなれば、ジャーナリズムは劣化していく。何やら国家、宗教、民族などの対立ばかりが煽られ、所得・資産格差は拡大していくばかり。ますます「個人」が息苦しさを感じる社会になっている。もっと明るく伸び伸びと「個人」が生きられる社会のためにジャーナリズムはあるのではないのか。

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【編集後記】アベノミクス効果はどこまで広がるか?(2013-03-05)

 2013年に入って2か月間も未来計画新聞を更新せずにいたが、別に記者活動を停止していたわけではない。このところは株価や為替だけでなく、経済活動も徐々にではあるが動きが出てきた印象はある。アベノミクス効果が様々なところに波及し始めているのかもしれないが、今後の動きを注視していく必要があるだろう。

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【編集後記】東日本大震災から1年で小冊子を作成―国土マネジメントのあり方を考える(2012-03-15)

表紙.jpg「東日本大震災から1年を振り返って」と題した小冊子をまとめた。日本不動産ジャーナリスト会議と一般社団法人IT記者会の有志7人で記事を書いて残すことにしたものだ。被災地を取材したレポートや自らが主催した被災者支援イベントの報告など記者それぞれの視点で書いているほか、発災直後の社会の動きもコンパクトにまとめた。筆者は「東日本大震災から国土マネジメントのあり方を考える〜建設業が果たす役割とは?」と題する記事を書いた。1995年の阪神・淡路大震災当時と現在を比較しながら、「地域密着型労働集約」産業である建設業が施工能力不足に陥りつつある現状を分析した。国土交通省でも被災地での施工確保対策を打ち出し始めているが、上手く機能して被災地の復旧・復興に寄与するかどうかは、引き続き取材して検証していきたいと考えている。
 ―小冊子の頒布はIT記者会事務局へどうぞ。

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【編集後記】書くことと稼ぐこと―東日本大震災から半年を振り返って(2011-09-26)

 東日本大震災から半年間、仕事の依頼が激減して専業主夫に近い生活を送りながら「稼ぐこと」の意味を考えた。昔から「働かざるもの食うべからず」(新約聖書の言葉らしいが…)と言われてはいるが、働いたからといって必ず食えるほど稼げるとは限らない。自分がやってきたことが「稼ぐ」に値することなのか?本当に人の役に立っているのか?「食う」ためなら、どんな仕事でもやるべきなのか?東日本大震災で仕事を失った方々や、学校を卒業しても就職できずにいる若者たちには申し訳ないと思いつつ、のん気にそんなことを考えていたら、あっという間に時間だけが過ぎた。いまや記者でなくても当事者が自らブログやソーシャルメディアでいくらでも情報発信できる時代だ。記者が記事を書くことの意味はどこにあるのだろうか。

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【編集後記】フリー生活、10年を振り返って―2020年にメディア業界はどうなっているだろうか?(下)(2011-01-08)

 既存メディアのビジネスモデルが行き詰っていることは間違いない。できるだけ多くの情報を囲い込んで、広告もあわせてセット販売するという手法はもう限界だ。しかし、日本工業新聞という中小メディアですら自らの変革が困難であったように、広告収入に依存したビジネスモデルを捨てるのは簡単ではない。何も変えられないまま、インターネットを基盤とした電子出版へと移行したとき、気が付けばグーグルなどネット企業に実効支配されていることも想定される。その時、報道機関としての役割を誰が担っていくのだろうか。 続きを読む

【編集後記】フリー生活、10年を振り返って―2020年にメディア業界はどうなっているだろうか?(中)(2011-01-07)

 日本新聞協会が公表する新聞の総発行部数は2010年10月現在で前年比103万991部(2.0%)減の4932万1840部となった。6年連続の減少で、100万部以上の減少は2年連続。5000万部の大台を割り込んだのは1987年以来、23年ぶりとなる。今のペースが続いても、10年後には4000万部を割り込む計算だが、日本の人口減少は始まったばかりで、これからが本番。今後はスマートフォンやiPadのようなタブレット型PCの本格普及で、新聞や雑誌を買うよりも、読みたい記事だけを読むという消費者のニーズは一段と高まるだろう。私がウォッチしているゼネコン業界のように、大手5メディア体制のまま、縮小均衡へと突き進むのか?それとも再編はあるのか? 続きを読む

【編集後記】フリー生活、10年を振り返って―2020年にメディア業界はどうなっているだろうか?(上)(2011-01-06)

 日本工業新聞社を2000年末に退社して、フリーの経済ジャーナリストを名乗るようになって丸10年が過ぎた。「よくもフリーで10年もやってこれたものだ」と、メディア業界の厳しさを知る人たちからは口々に言われるが、まさにその通りで、ひとえに私を支えてくれていただいた方々のおかげである。深く感謝を申し上げたい。
「本当にありがとうございました。引き続き、今後もよろしくお願いいたします」
 ただ、そうは言いながらも、自分自身、あと何年、ジャーナリスト活動を続けられるかは全く分からない。この10年を振り返っても、自分が予想していたほど日本のメディア業界の変革は進まず、日本経済と同様に停滞したままだからだ。ジャーナリズムの視点からは、むしろ劣化してきているかもしれない。果たして10年後の2020年、メディア業界はどうなっているのだろうか? 続きを読む

【編集後記】引きこもり状態から解放―新しい取材拠点を西新橋に開設します(2010-09-05)

 本の執筆のために7月下旬から続いていた引きこもり状態から、ようやく解放された。すっかり“浦島太郎”状態になっていると思いきや、7月11日の参院選挙のあと、日本の引きこもり症状はますます悪化していたようだ。沖縄基地問題も、雇用問題も、財政問題も、「大変だ、大変だ」と騒いでいる割には、ちっとも前に進んでいる感じがしない。「日本人は勤勉」という評価は自分には当てはまらないとは思っているが、今の日本は意図的なサボタージュ病が蔓延しているように思えてならない。ただ失敗することを怖がっているだけかもしれないが…。
取材拠点=〒105-0003東京都港区西新橋1-13-5長井ビル2階 続きを読む

【編集後記】生活費稼ぎに奔走中!―ジャーナリズムと生活の両立は?(2010-07-15)

 未来計画新聞の記事更新が7月に入ってパタッと止まった。ある企業から超特急で依頼されている本の取材・執筆作業に入っている。このブログで遠慮なく書くためには、生活費も少しは稼がないとマズイので、しばらくはご容赦願いたい。それとは別にいろいろと興味のあるテーマの取材は行っていて、まだ煮詰まっていないので少し様子を見ているところ。本当に書きたいことを書くためには、いろいろ気を使ったり、おカネを稼がせてもらったりと、苦労も仕方がないとは思っているが…。

 先日、ある地方自治体を取材したら、どの市町村でも、さらには国や都道府県でも実現できていない素晴らしい行政改革の成功事例の話を聞くことができた。ぜひ、そのプロジェクトのリーダー(女性)の活躍ぶりを紹介したいと思ったのだが、役所の内部だけではなく、外部の地方自治体からも「余計なことをやって、いい迷惑だ!」といった様々な誹謗中傷に晒されているらしい。「自分のことは出来るだけオモテに出さないで…」と頼まれている。役所や大企業などの組織の中で生きていくには仕方がないのかもしれないが、何ともやり切れない思いだ。

 “失われた20年”が30年にならないために、日本経済・社会の閉塞感を何とか打破しようとする人たちを取材し、応援したいと思ってきた。しかし、既得権益を守ろうとする勢力の壁は相変わらず堅固である。先日もある企業の社長から「産業構造の問題点はどんどん書いてほしいけど、せいぜい気をつけた方がいいよ」と、妙な励まされ方をした。何も好き好んで、けんかを売っているわけではないのだが、その冷めた言葉に心が沈んだ。

【編集後記】ものづくりの現場を歩く―五洋建設名古屋支店の安全衛生環境推進大会で講演(20010-06-19)

 「しゃべるのは苦手」と公言している講演を久々にやらせていただいた。ちょうどタイミングよく週刊ダイヤモンドの記事も掲載されたところだったので、ネタには困らないと思ったが、パワーポイントの資料やレジメの作成などの準備作業に時間をかけた。6月17日の本番は過去の講演に比べると、少しは上達したように思えた。不思議なことに、こうした話は続くもので、9月にはNPO法人主催の住宅とエネルギー問題に関するパネルディスカッションに出演する予定で、11月には東京大学のオープンレクチャーでの講演も依頼されており、ますます苦手克服に本腰を入れる必要がありそうだ。 

 

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【編集後記】取材メモ・短信のページを新設しました(2010-05-27)

 「未来計画新聞に掲載する記事の本数を少し増やそう!」との企みで、取材メモ・短信のページを新設した。2000字以上の原稿をコンスタントに書くのは結構、大変。しかし、140字以内のツイッターでは字数が少なすぎる。ちょっと気が付いたことをメモするぐらいだ。

 以前から、短めの記事を増やしたいと考えていたのだが、ブログの場合、本当に読んでほしい記事が埋没してしまう感じがして踏み切れなかった。未来計画新聞で使っているブログサービスは、他に比べてホームページっぽい作り方ができるので、いろいろと試行錯誤して作り直してみたが、少しは見やすくなっただろうか?

【日誌】事業仕分け第2弾は二匹目のどじょうになるか?―TBSの「朝ズバッ!」でコメントを求められたが…(2010-04-20)

 鳩山政権による事業仕分け第2弾が23日から始るのに先立って、連日、仕分け人たちによる独立行政法人への視察が行われている。19日は、注目のUR都市機構だったらしく、朝に突然、知り合いの出版社の人間から電話があって、TBSの「朝ズバッ!」の担当者が連絡をほしがっているとのこと。まさかとは思ったが、「URの事業仕分けについてコメントを」との依頼だった。夕方、5時にTBSのスタジオに行くと、取材担当の岡安弥生さん(さすがに美人ですね…)とご対面。テレビカメラの前で1時間近くもしゃべらされたが、「結局、ボツになるだろうなあ…」と思いつつ、帰宅した。それにしても、事業仕分けって、何のためにやるんだろうねぇ。前原誠司国土交通大臣は「URを解体的に見直してもらう」と言っているのだが…。 続きを読む

【編集後記】気分転換に未来計画新聞をリニューアルしました(2010-04-16)

 やらなきゃならないことは多いのだが、肝心の仕事がない。世の中、カネが回っていないのか、私の回りを避けているのか、ボランティア的な話は来るので可能な範囲でお引き受けしていて、結構、忙しくはしているのだが…。実は自分が取材している業界より、自分がいるメディア業界の現状を知らないので、大先輩のフリーの編集者に会って、いろいろと教えてもらったが、かなり大変な状況になっているようだ。こんな時は無理をしてジタバタしても回りにご迷惑をかけるだけ。まずは、気分転換に「未来計画新聞」をリニューアルすることにした。 続きを読む

【編集後記】問い合わせフォームが復活!―迷惑メール対策の教訓(2009-09-24)

 問い合わせフォームが利用可能になりました。原因は、迷惑メール対策の受信拒否アドレス登録リストに、自らのアドレスが登録されていたこと。たかが電子メールも使いこなすのは、なかなか大変です。 続きを読む

【お詫び】問い合わせフォームを利用した方々へ―メールが届いていませんでした(2009-09-18)

 未来計画新聞の問い合わせフォームからメールを送信しても、サーバー管理者から私のメール箱にメールが配信されていなかったことが発覚しました。現在、サーバー管理者が原因を究明中です。

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【編集後記】記録を残す重要性―紺谷典子著「平成経済20年史」に未来計画新聞が登場(2009-02-07)

s-konya.jpg 財団法人日本証券経済研究所の研究員を長年勤められた紺谷典子氏が、2008年11月に「平成経済20年史」(幻冬舎新書)に出版した。その中(236ページ)で未来計画新聞に掲載したコラム「故・橋本元首相が見抜いた日本の金融機関の実力(2006-07-02)」が引用された。紺谷氏とは面識がなく、まさかブログに書いた記事を引用していただけるとは思っていなかったが、ジャーナリストとして記録に残す重要性を改めて実感した。それを女房に話したら、一言。「あなたの記事を見つけてくださった紺谷先生が偉いのよ」 続きを読む

【編集後記】週刊東洋経済9月29日発売号に記事を掲載―ちょっと一息?(2008-09-25)

 週刊ダイヤモンド(9月1日発売)への記事掲載のあとも、ブログが更新されないことを怪しんでいる人がいたかもしれない。実は週刊東洋経済にも依頼されて記事執筆を進めていた。29日発売号に掲載される予定なので、こちらもぜひ、ご購読いただきたい。それにしても今月は、国内では福田康夫前首相の辞任で選挙モードが高まる一方、海外ではリーマン・ブラザースの経営破たんなど米国の金融・証券市場で大きな事件が相次いだ。さあ、ブログの更新も頑張らねば! 続きを読む

【編集後記】何とか、生きています!―ブログを更新できない言い訳(2008-8-30)

s-img028.jpg 1か月以上も記事更新をせずにいると「どこかで野垂れ死にしているのでは…」と、在らぬ噂が出回り始めるかもしれない。題字にEASY&FREE EDITION(随時)とあるので、気が向いたときにしか記事を更新していないのだが、さすがに気になってきた。未来計画新聞は、日記風の記事を掲載するために開設したサイトではないが、一応「編集後記」というカテゴリーも用意している。とりあえず生きていることと、9月1日発売の週刊ダイヤモンドに記事が掲載されたことをお知らせする。 続きを読む

【編集後記】パソコンが今日からDELLに―落ち着いて仕事ができるようになるのかな?(2007-06-22)

DELL&Mouse 仕事用パソコンが本日からDELLのマシンになった。5月7日のコラムで、パソコンが”死んだ”と書いてから1か月半。とうとうマシンを入れ替える羽目に。もちろん基本ソフトは現時点では「WindowsXP」にしたが、いずれDELLマシンから乗り換えるときには再び悩まされることになるのだろう。しばらくは煩わされることなく、使い続けられることを祈るのみである。
(写真)中央の黒いマシンがマウスコンピューター、右側がDELLの新しいマシン。

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【編集後記】ユーザー不在のパソコン利用環境をどうしたら改善できるのか!(2007-05-07)

 自分に火の粉が降りかかって、問題の重大さを実感することは少なくない。仕事で使っていたパソコンが、突然に”死んだ”。必要最小限のデータはバックアップしていたのでモバイルパソコンで仕事は続けることはできているが、改めてパソコンの問題点を考えさせられた。いつになったらパソコンは使い勝手の良い道具に生まれ変わるのだろうか。

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【編集後記】病状経過報告:術後の痛みも緩和、本格復帰へ(2007-01-24)

 急性膿胸の手術のあと2回目の外来診察を受けた。膿によって圧迫されていた左肺も順調に回復しており、術後も悩まされ続けていた傷痕の痛みがこの2−3日でかなり軽減してきたと医師に伝える。やっと仕事に本格復帰できる状態となった。それにしても、いろいろと溜まっていた仕事をこれからどう片付けていくか―。うーん、今度は頭が痛い…。

【編集後記】携帯から初めての投稿(2007-01-14)

昨年暮れに入院して困ったのは、関係者にどう連絡を取るかということだった。モバイルパソコンは無線LANにしか対応しておらず、病院内からの情報発信ができなかったからだ。今年の1月17日は阪神大震災から12年目となる。緊急時の情報発信のツールとして、携帯からブログに書き込みできる環境を整えておくと何かの時に役立つと病院のベットの上で考えた。ブログを、SNSの日記に連携させておけば、SNSの友人たちに一度に情報を伝達する仕組みになると気がついた。

【編集後記】病状経過報告=順調に回復!課題は手術痕の痛みをどう克服するか(2007-01-10)

 急性膿胸の手術のあと退院して最初の外来診察を受けた。退院後も、手術痕の痛みがいっこうに改善されず不安もあったが、診断結果は「順調に回復しています。全く問題はありません」。順調に回復しているのに、なぜ、夜も眠れないほどの痛みが続くのか―。そんな疑問に「胸の手術は痛むものなのです」。先生、最初に説明してくださいよ…。

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【編集後記】約2週間の入院治療から無事に帰還(2006-12-29)

 大きな病気や怪我には無縁だと思い込んでいたら、今月始めに急性膿胸を発病、生まれて初めて入院・手術を体験する羽目になった。14日に入院して、年末ぎりぎりの29日に何とか退院。気持ちも新たに、2007年を迎えることができそうだ。

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