【編集後記】フリー生活、10年を振り返って―2020年にメディア業界はどうなっているだろうか?(下)(2011-01-08)

 既存メディアのビジネスモデルが行き詰っていることは間違いない。できるだけ多くの情報を囲い込んで、広告もあわせてセット販売するという手法はもう限界だ。しかし、日本工業新聞という中小メディアですら自らの変革が困難であったように、広告収入に依存したビジネスモデルを捨てるのは簡単ではない。何も変えられないまま、インターネットを基盤とした電子出版へと移行したとき、気が付けばグーグルなどネット企業に実効支配されていることも想定される。その時、報道機関としての役割を誰が担っていくのだろうか。

瀬戸際の米新聞の衝撃―報道機関のNPO化

 2009年12月に朝日新聞に掲載された米ワシントン・ポスト紙副社長のレナード・ダウニー氏のインタビュー記事は衝撃的だった。「瀬戸際の米新聞」との見出しで、米国における商業ジャーナリズムの限界を明らかにし、報道機関のNPO化を提言するという内容だった。大学などとの連携も深めて、場合によっては公的支援も必要との意見は米国内でも賛否を呼んだようだ。

 そうした考え方を先取りしたとも言えるのが、9年前に言論NPOを立ち上げた工藤さんであり、5年前に情報産業新聞の編集長を辞めて、一般社団法人IT記者会を立ち上げた佃さんである。

 IT記者会のオフィスは、西新橋の古い雑居ビルにある。昨年9月から私も居候させてもらっているが、そんな狭いオフィスにソフト企業の社長、財団法人の理事長、役所の若手官僚、学識者など実にいろいろな人たちが集まってくる。自分たちの利益ばかり考えている既存メディアよりも、よっぽどIT業界に貢献するような活動を行っているからだろう。

 もちろん、これからのメディアがNPO化しなければ報道機関としての役割を果たせないと考えているわけではない。組織形態がどうであろうと、ジャーナリズムを担う組織として社会に信頼される存在であれば全く構わないし、そうであってほしいと思う。

メディアの多様化に既存メディアはどう対応するか

 ただ、インターネットというメディアの登場で、民主党元代表の小沢一郎氏や広島市長の秋葉忠利氏のように、記者会見に応じず、ネット上に動画だけを配信するといった動きが出ているのも事実である。菅直人首相も、現役の総理大臣として初めて、2011年1月7日にインターネット番組に単独出演した。

 こうした動きを「一方的に都合の良い情報だけを発信し、記者からの質問に答えたくないだけ」と受け取るのか、「既存メディアに対する不信感の表れ」と考えるのか。かつて新聞を毛嫌いしてテレビカメラに向かって会見した佐藤栄作首相の例があったが、小泉純一郎首相もテレビを上手く利用した政治を展開し、その後、何かとテレビに出てくる政治家が増えた。

 小泉首相ほど上手くテレビを利用できないと思えば、今度はインターネット番組を利用してみる。いつの時代も、政治家、役所、大企業は自分たちの都合の良いようにメディアを利用しようとするものである。インターネット時代になって情報を発信する側の選択肢がさらに多様化し、自らメディアを上手く利用し始めたということで、それを批判しても始まらない。

 そんな時代の変化に、記者クラブの中でニュースソースと癒着し、スポンサーや大手広告代理店の顔色を伺っているようなメディアばかりで良いのか。もっとメディア側も、ジャーナリズムや言論が活発化するようなメディアのあり方を模索する必要があるのではないか。10年間、フリー生活を過ごして、メディア業界を眺めてきた率直な思いである。

独自のメディア戦略を打ち出すIBM

 2011年1月1日、NHKスペシャル「2011ニッポンの生きる道」では、有識者として登場した一橋大学の米倉誠一郎教授(森ビルが設立したアカデミーヒルズのアーク都市塾塾長でもあるが…)が、米IBMが打ち出しているコーポレートビジョン「Smarter Planet」を偉くほめていた。「日本もこうしたコンセプトを明確に打ち出すべきだ」と…。

 私は、2007年から2009年までの3年間、日本IBMでコーポレートビジョンに関連する企業情報サイトのアドバイザリー業務とコンテンツ制作を引き受けていた。IBMがSmarter Planetを本格的に打ち出したのは、オバマ大統領が就任した2009年からで、もう2年も前のこと。さらにその2年以上前の2006年頃から、ネットを通じてIBMのビジョンを戦略的に発信する取り組みを始めていた。

 2005年暮れに政府のIT国家戦略をリードしてきたソニー元会長の出井伸之氏にインタビューしたとき、すでに出井氏は「インターネットはメディアそのもの」と看破していた。その当時から、IBMは世界規模でインターネットを活用したメディア戦略の取り組みをスタートしていたわけだ。日本でも、米本社の動きに追随するために、日経や日経BP社など既存メディアにアウトソーシングするだけでなく、私のような人間を内部に取り込むことで、読者にPR色をできるだけ感じさせない客観性の高いコンテンツ制作を試みようとしていた。

インフォメーション・オンデマンドの考え方

 日本IBMが私を招いたのも、広報部門ではなく、ウェブ・マーケティング部門であった。IBMでは、この頃「オンデマンド・ビジネス」というコンセプトを提唱し、SOA(サービス・オリエンテッド・アーキテクチャー)という設計思想に基づいて情報システムの再構築を顧客に提案していた。それに関連して「インフォメーション・オンデマンド(IOD)」という考え方の重要性を強調していた。

 IODとは「適切な情報を適切なタイミングで適切な人や組織へ、適切にコントロールししながらサービスの形で提供する」という考え方である。つまり、情報によって顧客を上手く誘導したり、コントロールできるように、情報を提供する仕組みをつくるということである。そうしたIBMの企業戦略を踏まえて、私も次のような提案を行った。

 「IBMは、顧客に対して自身も様々な情報を発信してきた。それらの顧客向けコンテンツをワールドワイドで必要に応じて効率的に活用するための仕組みを構築し、顧客が必要な情報を簡単に引き出せるようにする必要がある。今回のIBM情報サイトの再構築も、情報発信機能を高めるだけでなく、情報コンテンツのIOD化を図るという視点がなければ、本当の意味でのメディア戦略を打ち出すことはできないのではないか」

 インターネットは、グーグルなどが提供する検索機能を使うことで、情報を自由に引き出せることが最大の特徴でもある。しかし、膨大な情報量の中から、必要とする情報を上手く引き出すことは、誰にでも簡単にできるわけではない。企業としても情報を単に発信するだけでなく、情報を上手く引き出してもらうようにナビゲートするガイド機能が重要になるということだ。

 すでに、当時からオールアバウトが提供するガイド機能、オウケイウェイブが提供するFAQ機能などがインターネット上で提供され、消費者に情報に対するナビゲーション機能を求めるニーズがあることが明らかだった。ここ1年ほど、NHK出身の池上彰氏がテレビで引っ張りだことなったのも、ニュースを分かりやすく解説するというガイド機能が視聴者のニーズに合致したということだろう。裏を返せば、既存メディアが池上氏のようなガイド機能を果たせていなかったということである。

 日本IBMに対しても、内部の専門家たちがガイド役として、顔の見える形で情報発信するべきと提案した。もちろんIBM内部の人間は、ITの専門家であり、社会全体の流れを上手く整理できているとは限らない。そこで、私が、例えば医療分野のIT化が必要な日本の社会的背景を整理し、我田引水とはならない客観的な説明シナリオづくりをサポートすることで、ガイド役らしさを演出したわけだ。

ジャーナリズムを担うのは誰か?

 企業が自らメディアを持つことに、既存メディア側からは次のような反論があるだろう。「企業が自ら情報のガイド機能を持ったところで、本当に消費者の信頼が得られるのか。従来どおりに既存メディアにスポンサー料を払ってガイド役をやってもらえば良い」と。

 読者や視聴者からのメディアに対する信頼は高いと自負したい気持ちも分からないでもない。しかし、いまやメディアが報じたものを無条件で正しいと思っている人はほとんどいないのではないか。信頼するかどうかは、その情報の内容で判断しているはずである。

 もちろん情報の到達力で、既存メディアはまだ圧倒的な力を持っている。多額の費用を払っても、その力を利用しようとするところがある一方で、小沢一郎氏のように既存メディアを避けてインターネットを活用しようという動きもますます活発化するだろう。

 ただ、言えるのは、政治、役所、企業などの情報発信側が、ジャーナリズムを担うことはできないということだ。口幅ったいことを言えば、インターネットによって情報の囲い込みが崩れていくことで、メディアの果たす役割も多様化し、ジャーナリズムの質がより問われる時代が来るのではないだろうか。

 2020年のジャーナリズムは、既存のマスメディアが担い続けているのか、インターネットなどのソーシャルメディアや、NPOなどの非営利団体が力を付けるのか…。もちろん、どうなるかは当事者次第。つまりは、私が10年後もジャーナリスト活動を続けていくためには、私自身の活動の質をもっと高めなければならないということだけは確かである。

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