【編集後記】産業ジャーナリズムを考える―2021年を振り返って(2020-02-22)

 「産業ジャーナリズム」という言葉をご存じだろうか―。昨年6月末で休刊となった筆者の出身メディア「日本工業新聞(フジサンケイビジネスアイ)」時代に上司から良く言われたのが「産業ジャーナリズムとは何か?を考えて行動しろ!」だった。日本工では、財務省、経済産業省、日本銀行などにも担当記者を配置してマクロ経済もカバーしていたが、メーンは製造業やサービス業などの民間企業の取材だった。その「産業ジャーナリズム」にはっきりした定義があるわけではない。上司はそれを考え続けることが記者として大切であると伝えたかったのだろう。記者になって2022年で39年目。日本経済の「失われた30年」は「産業ジャーナリズム」にも責任があったのだろうか。
■2021年のコンテンツ(署名入り記事)一覧を末尾に掲載しました。

新しいことをやらなくなった日本企業

  「日本経済復活のカギは、民間企業のアニマルスピリッツ復活にある」―今年2月上旬に日本記者クラブで講演したサントリーホールディングスの新浪剛史社長は、そう言って日本企業の経営者たちに喝を入れた。新浪氏は三菱商事入社後にハーバード大学でMBAを取得し、プロの経営者として実績を上げてきただけにそんな思いが強いのだろう。

  「2010年以降で製造業やサービス業で新製品や新サービスを投入した企業の割合は先進国のなかで日本が最も低い。企業の営業利益に対する設備投資・研究開発投資の比率も下がっていて、日本は新しいことをやらない国になってしまった」―今年1月の製造業向けセミナーで、デジタル庁の村上敬亮統括官も日本企業の問題点をそう指摘した。

  村上さんとは20年前のe-Japan戦略の取材からの付き合いだが、鋭い経済分析力にはいつも感服させられる。セミナーでは1990年代以降のデジタル投資額と名目GDPの推移を日米比較したグラフを示し、日本はデジタル投資が名目GDPを同様に横ばいとなっている結果、「2000年以降、労働生産性の伸び止まりが生じている」と分析。名目労働生産性が伸びないために、国民一人当たりのGDPも伸びず、賃金も上昇しないという状況に陥っている。それが日本の「貧困率の悪化」に表れているとの危機感を示した。

220100日米のデジタル投資額とGDPの推移.png 

220100労働生産性の伸び止まり2.png 

しかし、日本企業の中には、こうした基本的な経済理論が通用しないところもあるようだ。

  経産省と国交省は、物流危機に対応するために2021年に「フィジカルインターネット(PI)実現会議」を立ち上げた。今年2月9日に開催された第4回会合を視聴していると、トラック業界の代表から「PIによる生産性向上を強調しないでほしい」との要望が出てきた。

  物流システムの生産性向上が進めば、荷主は物流コストを下げられると判断して運賃値下げを厳しく要求するようになる。トラックドライバーの賃金アップを実現するにはトラック運賃をもっと上げなくてはならない状況なのに、生産性向上で運賃を上げられなくなったら困るという理屈だ。

  トラック業界の立場では正しいことを主張しているつもりなのかもしれないが、この理屈が通れば「新しいことをやらない方が得」ということになってしまう。本来ならPI実現で生産性の向上を図ると同時に、データ活用によって物流コストを透明化し、荷主に適正な運賃を要求するというのが本筋ではないのか。

「成長か、分配か」を政治が論じる意味

  2021年10月31日の行われた先の衆議院選挙では、今後の経済政策について「成長か、分配か」が政治的なテーマとなった。その議論を聞いていて、10月17日にフェイスブックに下記のような書き込みをした。

■2021-10-17:フェイスブック投稿

 総選挙を目前に経済成長を巡る議論が活発化している。長年、産業界を取材してきた記者から見て、経済成長を政治家が語ることに違和感がある。カネを稼ぐのは民間企業であり、過去30年間も「成長」を実現できていない責任の大半は、大手を中心とした日本企業の経営者らにあると思うからだ。

  経営環境を見れば、超低金利に円安、非正規雇用者を増やし、30年間も賃上げ無しという恵まれた状況にありながら、日本企業の多くが成長できていないという「現実」をどう捕らえるのか。新政権に対して「まず成長を!」と言ったところで、それを実現するのは民間企業である。

  これまでも政府は経済成長のために様々な施策や規制緩和策を講じてきたが、国・地方の財政赤字が積み上がるばかりで大した成果は出なかった。労働者や若者など「低い階層」に自己責任を求めるなら、まずは「高い階層」の責任を問い直すのが先だろう。

 朝日新聞が10月12日付け夕刊で「デジタル人材の芽 阻む多重下請け」と題してITゼネコンの話を書いていた。この問題が最初に注目されたのは20年前。それ以前からソフトウエアの人材不足問題は言われ続けてきたが、その状況は何も変わっていないということだ。

 国土交通省が建設技能労働者の処遇改善と将来的には職業訓練にも役立てようとしている「建設キャリアアップシステム(CCUS)」も、当初導入に反対したのはゼネコンなど元請け企業だった。発注者を含めて全ての日本企業がCCUSのIDカードを持たない労働者に仕事をさせなければ簡単に普及するはずだが、外国人技能実習生を含めて安い労働力を使い続けたいとの思惑があるのだろう。

 CCUSは、労働者への公平な「分配」を実現するためのプラットフォームとなり得る仕組みである。「成長してから分配する」というアベノミクスの「トリクルダウン理論」は幻想に過ぎなかったわけで、成長と分配を同時に実現する仕組みがあってこそ、労使一体となった成長が実現できるのではないか。

 「成長」とは「新陳代謝」を促すことである。いつまでも同じやり方を続けて失敗を繰り返しても意味はない。新しいやり方に挑戦して失敗しても、そこから新しいアイデアを生み出せば無駄にはならない。この30年を振り返ると、日本は成熟化社会というよりも、過去の成功体験にしがみついたまま衰退化社会に向かっているようにみえる。(了)

日本企業の「稼ぐ力」が衰えている

 日本経済を支えているのは民間企業であることは間違いない。「企業」は「家計」から労働力や投資などの提供を受けて経済活動を行い、それで得た収益から「家計」に賃金などを支払い、個人消費が活発に行われることで「日本経済」が回っている。

 民間企業にとって重要なのは収益を上げることであるが、それ以上に重要なのは「将来の収益」を得るための投資を行うことである。駆け出し記者の頃、先輩記者に教わったことは「投資」の重要性だ。投資とは、設備投資、研究開発投資、人財投資など、企業の「稼ぐ力」を強くするものである。

 「稼ぐ力」は「企業」単位だけで考えるのではなく、自動車産業や建設業などの「産業」全体、さらには「経済」全体で考えていく必要がある。大企業や元請け企業がいくら儲かっていても、系列や下請け企業、さらに労働者が儲からずに疲弊していけば、産業全体としてはいずれ衰退していく可能性があるからだ。

 筆者が考える「稼ぐ力」とは、経済環境の変化や自然災害などの外的要因が生じても、従業員や系列・下請け業者とその家族を養えるだけの収益を生み出す経営基盤のことだ。それは単に内部留保を積んで経営の安定化を図ることではなく、将来の様々な状況変化を想定して「新しいことを始める力」と言ってよいだろう。

 市場の新陳代謝によって退場する企業もあれば、新規参入して成長する企業もある。「稼ぐ力」を「成長」のために使うのか、「賃金アップ」に使うのか、「サステナビリティ(持続可能性)」のために使うのか―。それぞれの企業で決めれば良いことだが、重要なのはどこにフロンティアを求めるのかである。目先の売上や利益だけを追いかけて将来への投資を怠ると、いずれ「稼ぐ力」は衰えていく。それが今の日本企業の姿なのかもしれない。

「褒めて育つ」のであれば褒めるのだが…

 「産業ジャーナリズムとは何か?」の答えはいまだに得られていないが、「民間企業の稼ぐ力を強くすることに少しでも貢献できれば…」と考えてきた。そうは言っても、記者にできることはFACTに基づいて疑問や問題点などを指摘するところまでである。「解決策も示さずに批判ばかり」と言われるかもしれないが、「正鵠を射る」ような記事を書くのはそう簡単ではない。

 最近では、あのトヨタ自動車でも「トヨタイムス」なるオウンドメディアを立ち上げて、豊田章男社長を持ち上げてばかり(?)のテレビCMを流すようになった。そのトヨタイムスの責任者が広報担当だった時代に「千葉さん、トヨタに対して厳しい記事しか書きませんね。たまには褒めてくださいよ」と言われたことがあった。

 「へぇ〜、トヨタほどの大企業が私のようなチンピラ記者に褒められたいんだ」と皮肉ると、それ以降は何も言わなくなった。トヨタ自動車に厳しい記事を書いたのは、別に嫌っていたからではない。日本のトップ企業であるトヨタだから厳しい記事を書くのであって、それを受けとめるぐらいの矜持を持っていると思ったからだ。そのトヨタが自分で自分を褒めるようになったのだから「何ともはや」である。

 「褒めて育てる」という子育て論のような考え方は、企業の「稼ぐ力」を強くすることに役立つのだろうか。最近、政治の世界では「批判は許さない」といった戦前のような風潮が強まっている印象があるが、大企業も自分たちに都合の良い情報ばかりを発信しようというところが増えているのではないか。もちろん社会課題解決に貢献しようと起業したベンチャー経営者、新しいことに挑戦する若手社員といった人たちは応援するが、大企業をいくら褒めたところで経営者の自己満足にしかならないだろう。

未来をどう予想すればよいのか

 日本企業がDXを進められるかどうかは、経営者や社員だけでなく、国民一人ひとりの意識の問題もあるように思う。データ駆動型社会を実現するには、デジタル技術を使って様々なデータを収集できるように社会の仕組みや環境を変革するところから始めなければならないが、その段階でマイナンバーカードのように強く抵抗されてしまうと、いつまで経っても先に進まないのだ。

 コロナ禍では、台湾のデジタル担当大臣であるオードリー・タン氏が進めた成功事例が紹介され、日本のデジタル化が世界から大きく遅れていることが認識されるようになった。日本人の意識を変えるには、こうした成功事例や具体的な将来予測イメージを描いて示すことも記者の仕事ではないかと思っている。

 未来計画新聞でも一度書いた古い話で恐縮だが、1990年に「98帝国が崩壊する日」という記事を書いた時に、そんな経験をしたことがある。この1本の記事のおかげで、新聞社を辞めたあともIT業界からも声をかけてもらってフリーランスで仕事を続けられたと言って過言ではない。

NEC社長の故・関本忠弘氏から広告出稿停止の圧力がかかった日のこと―記事「98帝国が崩壊する日」後日談(2007-12-02)

 80年代の日本のパソコン市場ではNEC製パソコン「PC-9800シリーズ」(愛称・98)が70%以上のシェアを占めていたが、価格は40万円以上と高額だった。従業員「一人一台」で企業がビジネスに活用する状況にはほど遠く、日本語ワープロ専用機という“ガラパゴス商品”が普及している時代だった。

 日本でパソコンを本格普及させるには、価格を大幅に下げ、アプリケーションソフトの利用環境を大幅に向上させる必要があった。その時に日本IBMが、英語仕様のIBM互換パソコンに搭載可能な日本語版基本ソフト「DOS/V」を開発したと聞き、日本のパソコン市場を変革する可能性があると確信して予測記事を書いた。

 記事が掲載された約半年後の1991年3月に「DOS/V」の普及団体「PCオープン・アーキテクチャー推進協議会(OADG)」が発足。NECとNEC互換パソコンを発売していたセイコーエプソン、アップルの3社を除くパソコンメーカーが参画し、「DOS/V」搭載パソコンを相次いで製品化。92年10月にはIBM互換パソコン大手のコンパック(2002年にHPが買収)が従来価格の約半額となるDOS/Vパソコンで日本市場に参入し、「コンパックショック」と呼ばれる価格破壊現象が起きる。

 そして1995年に米マイクロソフトがマウスとアイコンで簡単にパソコンを操作できる基本ソフト「Windows95」をリリース。インターネットとともに日本でもパソコンが一気に普及することになり、NECの98はひっそりと姿を消していくことなる。

 この将来予想の基本シナリオを描いたのは日本IBM元常務でパソコン担当だった堀田一芙氏のチームである。現在は一般社団法人・熱中学園代表理事兼「熱中小学校」用務員として地方での社会人教育の活性化に取り組んでいる。記者は堀田さんのシナリオを脚色してストーリー仕立てにしただけだが、そのストーリーが実現しない可能性も十分にあったわけで、そのリスクをどこまで取るかが「産業ジャーナリズム」には求められる。記者の役割は、デジタルテクノロジーの進化と新しいビジネスモデルによって起こるであろう変化を客観的かつ大胆に予測することだと思う。

ビッグピクチャーを描こう!

 2021年を振り返って、果たして「正鵠を射る」記事を書けたのかどうかは、読者に判断していただくしかない。現役時代のようには記事は書けなくなって、執筆本数も年々減っている。昨年も愛知県西尾市のPFI問題を除けば、建設・住宅・不動産の領域でのDX関連の記事に偏ってしまった。

 実はPFI分野でもデジタル技術を活用して公共施設の包括管理委託を進める地方自治体が増えてきている。西尾市は市長の再選で先行き不透明になったが、新しい取り組みを始めた地方自治体はどんどん増えているので、今後はそうした動きにも注目していきたい。

 2021年に執筆した記事一覧を下記に掲載する。昨年中に取材して年明けに記事にした2本も加えたが、今年1月に東洋経済オンラインで書いた「不動産ID」の記事は「98帝国が崩壊する日」を強く意識して書いた。果たして5年後、10年後に不動産市場はDXによってどう変わっているだろうか。

 堀田さんのような「ビックピクチャー」を描いた方がいたら、ぜひ、ご一報をいただきたい。大手メディアの記者は、とても怖くて書けない(?)ような話でもしっかり取材しますので。

2022年もよろしくお願いします。

○コロナ禍の「自宅DIY」に立ちはだかる意外な壁―求められる「住宅履歴」の適切なメンテナンス(2021-01-11:東洋経済オンライン)

IBM互換ビジネスは富士通に何を残したのか?―関澤義・元社長・会長を偲んで(2021-03-20:未来計画新聞)

「出社削減」その先に起こるオフィスの大変化―「5G」と「AI」が今後のオフィスづくりのカギに(2021-04-23:東洋経済オンライン)

西尾市PFI見直し問題の行方―PFI事業とは何か?(2021-04-29:未来計画新聞)

何をトランスフォームするのか?―まじめに建設DXを考えてみる(2021-05-06:未来計画新聞)

「IT重説」の解禁で不動産売買の重要事項説明が非対面で可能に!―不動産取引のオンライン化の展望は?(2021-05-29:ダイヤモンド不動産研究所)

不動産登記「オンライン申請」実践して見えた課題ーどこまで行政手続きの電子化を進められるか(2021-05-31:東洋経済オンライン)

愛知県西尾市、泥沼化した「PFI事業見直し」の行方―4年前から協議進まず再び選挙へ突入のワケ(2021-06-08:東洋経済オンライン)

マンション価格「人工知能の査定」が高精度なワケーデジタル化の遅い不動産業界でAIが本格普及へ(2021-07-15:東洋経済オンライン)

大和ハウス、デジタル化で挑む売上高10兆円の壁―ハウスメーカーの雄は建設業の何を変えるのか(2021-07-28:東洋経済オンライン→東洋経済プラス)

日本工業新聞の休刊に思うこと―フリー生活、20年を振り返る(2021-09-07:未来計画新聞)

マンション修繕費問題「ドローン」が救う納得の訳―人手に頼ってきた点検・維持管理をDX化する技術(2021-09-29:東洋経済オンライン)

経済安全保障を考える(1)(2021-10-04:未来計画新聞)

部屋探しで「オトリ物件」が排除される驚きの未来―「不動産ID」が導入された不動産業の将来を予想(2022-01-20:東洋経済オンライン)

日本の住宅設備「デジタル化が進まない」根本原因―「スマートホーム」が本格普及しない理由とは(2022-02-10:東洋経済オンライン)