2021年は「建設DX元年」だそうである。こうした「○○元年」といったキャッチフレーズは、マスメディアが流行を作ろうという時に良く使うのだが、一方で「間違いだらけの○○」といったフレーズも良く出てくる。マッチポンプを展開することで読者の関心を盛り上げる作戦だ。いずれにしても注目されているのは間違いないのだが、さすがに何でもかんでもDX(デジタル・トランスフォーメーション)として取り上げるのでは節操がない。ポイントは「何をトランスフォーム(変態)するのか?」である。

 

40年も「革命」と言われ続けてきたが…

  DXは今に始まったことではないと思っている。記者という商売を始めた1980年代には「高度情報化革命」と言われていたのが、90年代の「インターネット革命」から2000年代の「IT革命」、2010年代には「第4次産業革命」「デジタル革命」「DX」へと変遷してきた。この40年間、デジタルテクノロジーによって社会に革命が起こると言われ続けてきたわけだ。

  確かにコンピューターや情報通信網の発達によって様々な新しいサービスが生まれ、生活は便利になった。しかし、社会全体に「革命」と言えるほどの大きな変革がもたらされたという実感は無いだろう。

 コロナ禍になる前までは相変わらず満員電車に乗って都心部のオフィスで働かなければならなかったし、働き方もボールペンがキーボードに、手紙がファックスや電子メールに代わったくらいで、やっている作業は昔と大して変わりがない。

  選挙となれば、スピーカーを付けた車が近所を走り回り、投票所まで行って投票用紙に名前を書かなければならない。病気になっても、具合が悪い状態で待合室に待たされ、カルテが病院ごとにバラバラなので問診票に持病や常用薬などをいちいち記入しなければならないし、薬を受け取るのにも時間がかかる。劇的に変わったモノと言えば、通勤電車で新聞を広げている人は皆無になり、全員がスマホ画面を見ているぐらいだ。

 かれこれ40年近く「革命が起こる、起こる」と騒がれてきたわけだが、日本では「革命」など全く起こらなかったというのが現実なのである。

 産業構造も企業の顔触れも変わらない

  産業・経済記者としてエレクトロニクス・IT、金融、自動車、建設・住宅・不動産などの業界を主に取材してきたが、この40年間で急成長したと言える日本企業は「ソフトバンク」「任天堂」「楽天」ぐらいだろう。

  筆者が担当記者として関わった業界を見ると、多少は合従連衡があったものの、上位企業の顔触れはほとんど変わっていない。IT業界も、電電公社の生き残りであるNTTグループが相変わらず幅を利かせ、旧電電ファミリーのNEC、富士通などが牛耳っている。

 建設・住宅・不動産業界でも、100年以上前に創業した竹中工務店、清水建設、鹿島、大林組、大成建設のゼネコン大手5社や、三井、三菱、住友の財閥系総合不動産3社は盤石だ。その中で大きな変化は、10年前に大和ハウス工業が売上高で大手ゼネコンを抜き、日本最大の建設会社に躍り出たことぐらいだろう。今では大和ハウスの売上高はゼネコン大手の約2倍まで成長したが、それによって建設業の産業構造が大きく変わったというわけでもない。

  建設業界では、発注者から物件ごとに価格競争を強いられ、そのシワ寄せで下請け叩きが続いている。住宅業界は、全国各地に住宅展示場やマンションモデルルームを作って集客し、豪華な内装やポエムで販売する手法は相変わらずだ。

  不動産業界も、1980年代に導入された不動産取引情報システム「REINS」や、週刊住宅情報などの雑誌をネット化しただけの不動産物件検索サイトから進化が止まったまま。消費者との情報格差を利用して高い収益を上げるというビジネススタイルは全く変わっていない。

立ちはだかる既得権益の壁

 1980年代に日本でもコンピューターやデジタル通信の普及が本格化した頃、それによる社会変革は「情報化」なのだろうと筆者は理解した。コンピューターを使えば、人間には簡単に解けない複雑な計算でも一瞬で答えが出るし、本などを調べなければ分からなかった知識も世界中から集めてデータベースに蓄積することができる。つまり「情報量」が飛躍的に増大することで、知識革命が起こって労働生産性が格段に向上するというシナリオだ。

 それを実現するには、大量の情報やデータを集めて利用しやすいように「標準化」を進めると同時に、知的財産を有効活用するために「セキュリティ」を強化する必要がある。そうした話をいろいろな人から聞いたので、筆者はコンピューター担当記者だった80年代に「標準化」と「セキュリティ」の取材に力を入れ、20代最後に「コンピューター・セキュリティ」という題名の本も出した。

 しかし、期待は途中で失望へと変わっていく。日本の企業や社会が「標準化」や「セキュリティ」に不熱心であることが分かってきたからだ。顧客や市場を囲い込んで楽して儲けるためには「ガラパゴス化」した方が、都合が良いと大企業の経営者たちは考えていたのだろう。ITは単なる事務効率化のための道具に過ぎず、それを使って「革命」を起こそうなどとは思っていなかったのである。

 最大の障壁は、政治家と厚生労働省や文部科学省などの官僚たちだった。彼らは既得権益の塊のような集団である。企業経営者であれば、社会に変革を起こすことでビジネスチャンスが生まれ、利益を得られるというインセンティブが働く。しかし、政治家や官僚には「革命」的なことが起こることのメリットは全く無かったからだ。

 2001年からスタートしたIT国家戦略「e-Japan戦略」を約5年間、取材してIT専門紙に週1回ペースで連載した。この時に中央省庁やIT業界を幅広く取材して回ったが、最も保守的と感じたのが「選挙」「医療」「教育」の分野だった。その他にもあらゆるところに既得権益の壁が立ちはだかっていて、IT革命を起こすために必要な基盤整備は遅々として進まなかった。

産業構造に着目して原稿を書き続けた6年間

 e-Japan戦略の取材を進めるなかで、IT革命を実現するには日本の経済社会や産業構造が抱えている課題を明らかにする必要性を認識するようになった。1997年のゼネコン危機の頃に旧・建設省の記者クラブに在籍し、建設業や不動産業が抱える様々な問題を取材してきたが、日々の業務に追われて、新聞社時代にはそれらの知見をまとめて原稿にする時間がなかった。

 2000年末に退社後、チャンスをくれたのは、CAD(コンピューター支援設計)システムの販売を行っていたIT企業「ダイナウェア」の社長だった藤井展之氏である。残念ながらダイナウェアは2000年代後半に倒産してしまったが、彼はIT革命によって建設業界や住宅業界を変革したいとの野望を持ち、新聞社を辞めたばかりの筆者をオウンドメディア「kensetsu.com」のライターとしてスカウトして原稿を書かせてくれた。

 2001〜2006年までの間、kensetsu.comで掲載した主な記事は下記の通りである。

「新型発注者『投資家』への対処法」(6回、2001年3-4月)

  不動産証券化が建設市場に及ぼす影響について考察。一括請負方式が際限なき値下げ競争を招く危険性を指摘した。

建設業が進めるべき産業構造改革に関する一考察(2001-08-10)

私見・ゼネコン再編論(5回、2001年8-9月)

  建設業界で企業再編が進まない理由を分析し、設計、施工、保守・メンテナンスなどの機能を明確化し、機能ごとに再編することを提言した。

建設業に求められる『透明性』とは何か?(8回、2002年11月-2003年3月)

  建設コストの不透明性が競争入札や見積合わせを求められる原因であると指摘。材工分離を実現して価格の透明性を確保するには技能労働者を客観的に評価して管理できるICカードシステムを導入するべきと提言した。

家づくりの経済学(84回中、6回分を公開、2003年5-6月)

  住宅の価格が築20年を経過すると、ほぼゼロとなってしまう現状を指摘したうえで、住宅価格を「みなし家賃」で割り戻して計算すると、新築で元を取るのは大変であるという「不都合な真実」を明示。資産価値下落のリスクを十分に認識したうえで家づくりに取り組む必要性を強調した。

耐震強度偽装問題を考える(9回、2005年12月-2006年2月)

建築設計における品質とは何か?―建築基準法の見直しに関する検討会で判ったこと(2010-10-22:未来計画新聞)

  現行の建築生産システムは全ての関係者が正しい行為を行っていることを前提とした「善意」の上になり立っていると指摘。建築確認検査機能を強化しただけでは問題解決にはならず、混乱を招くと警鐘を鳴らした。その後、建築確認検査の規制強化が行われ、2007年に官製不況が発生。民主党政権時の見直し論議も尻すぼみで終わった。

 「ITゼネコン」がIT産業の成長を阻害?

 今でも藤井さんに感謝しているのは、何も口出しせずに、好き放題に原稿を書かせてくれたことである。おかげで原稿を書きながら自分の考えをまとめる作業に没頭でき、その成果を元に夕刊フジや日経BPなどの商業メディアに記事を提供することができた。

 さらに2006年には、IT記者会代表理事の佃均氏に依頼されて、IT産業と建設業の産業構造の類似性に着目したレポート(約2万5000字)を書いた。IT業界では、2000年頃からNEC、富士通、NTTデータなど大手ITベンダーが「ITゼネコン」と呼ばれるようになり、それが日本のIT産業の成長を阻害する要因と考えられていたからだ。

 このレポートでは改めて建設業の産業構造の成り立ちについて考察し、自分なりに仮説をまとめた。注目したのが「建設許可業者1社あたりの就業者数」である。下記のグラフは、国土交通省などから拝借したものではなく、筆者の思い付きで独自に作成したものだ。学問的な根拠を検証したわけではないが、建設業界の重層下請けの状況を見事に表していると思ったのである。

産業比較:情報サービス・ソフトウェアvs建設(6回、2006-08-14:IT記者会レポート)

 この当時、建設業だけでなく、不動産業の歴史を学ぶ機会にも恵まれた。2002年に不動産協会から設立40周年記念誌の執筆を依頼され、1980年代初めの不動産バブル発生から崩壊、不良債権処理に至る20年間の産業史を約9万字の原稿にまとめた。その後も、整理回収機構(RCC)と死闘を演じた中堅不動産会社の原稿(未刊行)を書き、不良債権処理問題の実態を知ることもできた。

 こうした経験を積んだことで、2008年頃から週刊東洋経済や週刊ダイヤモンドなどのメジャーな経済雑誌で原稿を書かせてもらうようになった。現在でも何とかフリーで記者活動を続けられているのも、2000年代前半に建設・住宅・不動産の産業構造を学んだことが力になっていると思っている。

重要なのはUXの変革による価値創造

 「週刊東洋経済Plus」というニュースサイトに「ゼネコン『デジタル革命』」という連載が2021年4月に掲載された。その中の記事「ゼネコン界でDX化がなかなか進まないわけ―『DX元年』に渦巻くゼネコンの期待と不安」の中で、筆者のコメントが使われた。

 「国交省は一括請負方式というビジネスモデルの変革に取り組む意思があるのか疑問だ。いま打ち出しているDXの方針は部分最適にすぎず、業界全体をどう変えていくのかという視点が必要」

 こんなコメントしたのは、建設業がこの半世紀、ほとんど構造改革してこなかったからである。この30年間を振り返っても、ゼネコン汚職事件から始まり、不良債権処理問題、入札談合問題、入札制度改革、ダンピング(不当廉売)入札、構造計算書偽造の品質問題、技能労働者の人材不足など次から次への構造的な課題が表面化。対処療法的な対策が講じられるだけで、抜本的な解決が図られてこなかった。

 筆者が20年前に指摘した建設技能労働者の透明性確保も、2020年4月から「建設キャリアアップシステム(CCUS)」が稼働して、ようやく実現しつつある。しかし、深刻化する人材不足を改善するための待遇改善ばかりが強調され、構造改革につなげていく次の一手が見えない。

 DXで最も重要なのは、UX(ユーザー・エクスペリエンス:顧客体験)を変革することで価値を創出するという視点である。いろいろな企業や人からDXについて話を聞いたが、UXで評価するのが最も分かりやすいと納得できた。

 コロナ禍で国民の多くが、日本は世界に比べてデジタル革命で大きく出遅れていたことを理解するようになった。今後、政府が本格的にDXに取り組んでも、顧客=国民にその利便性やメリットが実感できなければ、これまでの二の舞になるだけだ。

DXで未来を創造するために

 国土交通省では、2018年6月に建築BIM推進会議を立ち上げて、3次元設計システム「BIM(ビルディング・インフォメーション・モデリング)」の普及に力を入れ始めた。すでに先進国では2000年頃からBIM導入が始まり、日本でも2009年頃に「BIM元年」と騒がれたが、その後も遅々として普及が進まなかったからだ。

 筆者は2018年11月発売の週刊東洋経済で「BIMは不適切コンサル問題の救世主か―3Dの建設設計図で『見える化』」という記事を書いた。

 当時、マンションの大規模修繕で、工事費を水増し請求する“不適切”な建設コンサルタント会社の存在が大きな社会問題になっていた。その解決策が見いだせないなかで、BIMを使えば設計図から部材の数量を自動算出して工事費の透明化を実現できると指摘した。BIMがマンション管理組合のUX改善につながるわけで、筆者としてはDXの見本のつもりで書いた記事である。

 国土交通省は、建築BIM推進会議の目的を建設業界の生産性向上としている。BIM導入にはカネがかかるし、人材育成の時間もコストも必要になる。将来的に生産性向上が見込めたとしても、投資採算に合うかどうかは未知数だ。しかし、BIM導入でUXを向上できれば競争優位は確実に高まるし、日本経済にも活気が出てくるだろう。

 デジタル技術を活用して何をトランスフォームするのか―。これから10年が日本の正念場である。

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