【編集後記】日本工業新聞の休刊に思うこと―フリー生活、20年を振り返る(2021-09-07)

 2021年6月末で出身メディアの日本工業新聞(フジサンケイビジネスアイ)が休刊になった。メディア業界では「休刊」という言葉を使うのが一般的だが、事実上の「廃刊」だろう。ある程度は予想していたことだが、出身メディアが消えてしまうのは何とも寂しい話である。ちょうど休刊のタイミングで東京・日比谷にある日本記者クラブに産経グループOBとして個人会員登録した。今年7月末に日本不動産ジャーナリスト会議(REJA)の代表幹事に就任することになり、REJAの活動拠点として日本記者クラブの施設を利用するためである。2000年末に退社して20年目に起きた出来事を通じてメディア業界の現状と10年後を考えてみる。

新聞発行部数の減少が加速

 10年前にも未来計画新聞で「フリー生活10年を振り返って―2020年のメディア業界はどうなっているだろうか?(2011-01-06〜08)」を3回に分けて書いた。この中で、日本工業新聞を退社した経緯についても書いたし、インターネットが新聞、雑誌、テレビなどの既存メディアに及ぼす影響についてもあれこれ考えてみた。

 この時に予想したことは2つある。1990年のバブル崩壊以降、日本では個人所得が伸び悩むなかで、新聞、雑誌などに支払っていた情報関連費用が、スマートフォンなどの情報端末、通信料やインターネット接続料などにシフトするのは避けられないだろうということ。もう1つは、メディアの多様化が進み、それらを活用した情報操作が進んでいくだろうということだ。

 ちょうど10年前の2010年に、新聞発行部数は5000万部の大台を割り込んだ(日本新聞協会調べ)。前年に比べて約100万部減少したので「2020年には4000万部を割り込む計算だ」と書いたが、結果は2020年で約3500万部となり、予想を超えるスピードで新聞発行部数は減少を続けている。古巣の日本工業新聞が休刊に追い込まれ、2021年3月には建設業界3紙の一角、日刊建設産業新聞が廃刊し、雑誌の日経ホームビルダーも休刊となったのは仕方がないところかもしれない。

 では、2030年にはどうなるだろうか―。1世帯当たりの発行部数は2008年に1を割り込み、2020年には0.61にまで低下した。宅配で新聞を取っている世帯はすでに5割を大きく下回っているだろう。直近1年で新聞発行部数は約270万部減少しているので、このペースで減り続ければ、2030年には1000万部を割り込む計算となる。

 もちろん10年後も新聞を紙で読みたいという固定層は残っているだろう。2030年でも日本の総世帯数は5000万世帯を維持している見通しなので、世帯当たりの発行部数が0.2を割り込まなければ1000万部を維持できるわけだが、問題は10年後も宅配制度を含む現行の紙の新聞発行システムを存続できるかどうかである。

インターネットの普及で進むメディアの多様化

 この10年で、メディアの多様化も一気に進んだ。広告業界ではメディアを「オウンドメディア」「アーンドメディア」「ペイドメディア」の3つに区分している。そのことを10年前には知らなかったが、インターネットの普及で誰もが簡単にメディアを立ち上げられるようになり、メディアの多様化が進むことは容易に想像できた。

 ちなみに3つの区分は次のように定義されている。

【オウンドメディア(Owned Media)】企業や団体組織自らが所有し、ユーザーに向けて発信する媒体。広報誌、機関誌、自社ウエブサイト・ブログなど。

【アーンドメディア(Earned Media)】企業や組織が直接運営していないが、他の運営体によって企業やブランドなどの情報を発信している媒体。ファンによるサイト・ブログ、コミュニティメディア、Amazonなどのオンラインレビューなど。

【ペイドメディア(Paid Media)】企業などが費用を払って広告掲載する従来型メディア。新聞、テレビ、雑誌、ネットメディアなど。

 記者というのは結構、潰しの効かない商売だ。ペイドメディアの記者が退社した後は、他のペイドメディアに再就職するか、広告代理店やPR会社、企業などの広報担当者などに転職するか、メディア業界から足を洗うかである。フリーランスの記者として活躍できる人は限られているし、自らペイドメディアを立ち上げる才覚のある人は一握りだ。

s-hagaki1 現役時代に記者として大した実績もない自分が2001年にフリーランスとして独立したのは、インターネットメディアの普及拡大に賭けてみようと思ったからだ。2000年代に入ると、インターネットの常時接続サービスが始まり、ポータルサイトを立ち上げる動きが活発化。アクセス数の増加に貢献するようなコンテンツの需要拡大が期待できると考えたわけだ。

 独立時にレギュラーが決まっていたのはオウンドメディアの建設系ポータルサイト(すでに休止)だけだった。その後にIT専門紙の「週刊BCN」で「e-Japan戦略」を題材した連載を開始。夕刊フジや日経BPにも建設関係の記事を提供するようになり、様々なメディアから依頼された原稿は断らずに書くことで何とか20年間、食いつないできた。

ジャーナリズムを担うのは誰か?

 インターネットが普及し始めた当初は「メディアの多様化」も、既存メディアや企業・団体が新たに立ち上げるネットメディアが中心になると予想していた。しかし、2006年頃からSNS(ソーシャル・ネットワーキング・サービス)が本格普及し始め、個人が誰でもメディアを持てるようになったことで、状況が大きく変化した。ここから「マスメディアの衰退」が始まったのではないかと、私は考えている。

 紙の新聞の最大の利点は、一定レベルの品質の情報を一覧できるところにある。自分が興味のない情報も否応無しに目にする機会が増えることになるので、多角的な視点が養われ、情報リテラシーを高める効果があると思っている。同時に、新聞紙面や放送枠、さらに記者の数にも限界があったので、マスメディアが発信する情報量には一定の制限がかかっていた。

 しかし、インターネットはそうした量的な限界を突破した。既存メディアの情報だけでなく、企業や団体、さらにSNSを通じて個人からも大量の情報が発信されるようになり、情報量が飛躍的に増大し始める。ネットを通じて様々な情報を得られるようになると、紙の新聞を読まない人が増えてきた。同時に、情報量が増え過ぎたことで、読者は自分が興味のある情報や都合の良い情報しか見なくなった。

 特定層の読者に刺さるメディアが力を付けて、固定読者を獲得するようになり、そうした傾向にますます拍車をかける。コメンテーター、ブロガー、ユーチューバーなどの「インフルエンサー」と言われる人たちの存在感が増し、多種多様な情報をバランス良く提供することを使命としてきた従来型のマスメディアの役割が低下した印象は否めない。

  問題は民主主義を支えるジャーナリズムを誰が担っていくかである。10年前にも商業ジャーナリズムが行き詰まるなかで同じ疑問を投げかけたが、結局のところ「個人」が何を取材し、何を報道するのかに尽きるように思う。その個人はマスメディア出身の記者に限られるわけではなく、ブロガーやユーチューバーの中にもジャーナリズムを担おうとしている人はいるだろう。

 逆にジャーナリストの中にも政府や大企業の利益を代弁ばかりしているような人も散見される。今回の東京オリンピック・パラリンピック大会でも、主要なマスメディアが全てスポンサーになっていたことで、報道機関としての本来の役割を十分に果たせない事態が生じた。マスメディアだから、マスメディア出身の記者だからと言って、ジャーナリズムを担っているかどうかが分かりにくくなったのは確かだろう。

日本記者クラブに個人会員登録

 不動産バブルで地価が高騰していた32年前、土地・住宅問題、都市問題に対する知見を高めようと旧国土庁記者クラブのメンバーを中心に日本不動産ジャーナリスト会議(REJA)が発足した。2021年6月に亡くなった第3代目代表幹事(2004〜2021年)の阿部和義氏(元・朝日新聞)はオープンな組織運営を進め、ジャーナリズムと土地・住宅問題、都市問題に関心のある個人であれば、幅広く入会を認めてきた。ある意味、時代の流れを先取りした対応だったのではないかと思う。

日本記者クラブ会員証2.jpg 阿部さんが亡くなって10日後ぐらいに、日本記者クラブの事務局から電話がかかってきた。「これまでは日本記者クラブの個人会員だった阿部さんを通じて、会議室など日本記者クラブの施設をREJAは利用してきたが、今後はどうするのか?」という問い合わせだった。REJAのメンバーには阿部さん以外に日本記者クラブの会員が1人いるが、80歳を過ぎているので「どなたか、日本記者クラブに入会してはどうか」と勧誘された。

 入会資格を聞くと、基本的に日本記者クラブに加盟しているメディアの出身者で、出身メディアの現役幹部の推薦が必要とのこと。日本記者クラブの公式サイトで会員社を調べてみると、日本新聞協会および日本民間放送連盟加盟の新聞、通信、放送各社などで、専門紙や雑誌・書籍、ネット専業メディアなどはほとんど加盟していない。

 REJAのメンバーも専門紙や雑誌、さらにリクルートなどマスメディア以外の出身者が増えていたので、入会資格を持つメンバーは限られていた。日本工業新聞は6月末で休刊が決まっていたが、日本記者クラブの法人会員だったこと。退社して20年が経過していたが、駆け出しのIT担当時代に仲の良かった産経新聞の記者が推薦資格のある役員に残っていて頼みを聞いてくれたこと。これが日本記者クラブに個人会員登録した経緯である。

デジタル化はメディア業界をどう変えるのか?

 記者クラブとは本来、ジャーナリズムを担う記者の活動を支援するための組織である。私自身、フリーになった後、任意団体であるREJAやIT記者会に参加させれもらって取材活動の助けになった。民間企業の記者会見なども案内をもらえるので、可能な限り出席して取材している。

 しかし、既存のマスメディアで組織する 日本記者クラブの場合、入会資格は従来の枠組みのマスメディア出身者に限定され、かつ現役幹部の推薦が得られなければ入会できない。フリーになった後も、国土交通省の記者会見にも記者クラブに申請してオブザーバー参加していたが、数年前に申請ルールが面倒になって参加しにくくなった。

 取材の基本は可能な限り1次情報に当たるということだ。そのために記者会見はもちろんイベントや講演会、展示会、見学会など利用できるものは何でも利用し、必要であれば単独取材にも協力してもらって情報を発信するのが記者の役割だと思っている。

 自分を含めて記者の活動を支援するために、REJAの代表幹事を引き受けた以上は、何とか2029年の設立40周年まで活動を継続したいとは思っている。ただ、これから10年、日本のメディア業界は激動の時代を迎えるだろう。新聞発行部数が減少するのは間違いないだろうし、ネットメディアに移行して有料化がどこまで進むのかも未知数だ。

 テレビ放送も、今回の東京オリパラ大会を機にネットフリックスやユーチューブなどに流れた人が一段と増えたのではないだろうか。3か月ほど前に娘が居間のテレビにAmazonファイアスティックを繋ぎ、家族全員がスポーツ中継に関心が薄いので大会期間中に妻の強い希望でネットフリックスに加入した。地上波を見る機会はどんどん減っており、10年後には放送業界の景色も大きく変わっているかもしれない。

 この先、メディア業界で何か起こるかは全く想像が付かない。政府や企業がオウンドメディアを通じて直接、市民や消費者に情報発信するようになれば、REJAを含めて記者クラブのような制度も不要なるかもしれない。2018年に経済産業省がDXレポートで「2025年の崖」という表現を使って警鐘を鳴らしたが、マスメディアがデジタル化の激流にどう巻き込まれていくのか。日本工業新聞の休刊は予想されていたこととは言え、メディア業界が置かれている厳しい現実を顕わにした。(了)