建設業は、市場規模だけをみれば、いまだに50兆円近い巨大産業だ。しかし、建設業界で働く500万人以上の人たちは希望と誇りを持って働いているだろうか。明るい未来を信じて建設業に就職する若い人たちはどれぐらいいるだろうか。建築界に明日はあるか?―そう問われて真っ先に思うのはそのことだ。

建築界をリードしているのは誰か?

 今、日本の建設業は大きな岐路に立っているのは間違いない。必要なのは従来の考え方や仕組みを変えることであって、既存の延長線上で市場や業界動向を予測したところであまり意味はないだろう。建築界にとって不幸なのは、建設業・建設市場の未来を描き、切り拓いていこうとするリーダーたちが見当たらないことだ。

 建築界には、建築をつくることに優れた人や、建築とは何かを語る人たちは有り余るほどいるが、建設業とは何か、建設市場はどうあるべきかを論じる人に、残念ながら会ったことがない。建設会社や設計事務所から、ソニーの盛田昭夫さんや本田技研工業の本田宗一郎さんのような著名な経営者は現れていないし、現役経営者の中に日本、さらに世界の経済界のリーダーになりそうな人も見当たらない。まだ建築家の方が有名かもしれないが、芸術家、アーティストとして評価されているのであって、建築界のリーダーとは誰も思っていないだろう。

 学会からも建設産業論、建設市場論などを聞いたことはなく、せいぜい建設マネージメント論止まりだ。1995年の建設産業政策大綱、2007年の建設産業政策2007を策定した国土交通省の役人たちも、公共工事市場は判っていても、民間市場の実態をほとんど把握できていないのが実情である(*1)。

 今回の寄稿の前に渡された企画趣旨のメモ冒頭には「我が国の産業構造の変容(重厚長大からソフト化へ)」というキーワードが書かれていた。そうした問題意識があるのなら、まずは建設業・建設市場の変容について議論すべきではないのか。

建設市場の構造変化

 建設市場の変容というと建設投資額の規模ばかりに目を奪われがちだが、それは単なる需要変動を表しているだけで、構造変化の本質を示しているわけではない。人口減少や少子高齢化が進めば、当然、国内建設投資額は縮小する。それに合わせて建設業者数や就業者数を削減していかざるを得ず、いくら議論しても事態を回避することは不可能だ。

 筆者が考える建設市場の構造変化とは、1990年代後半に不動産証券化やPFI(民間資金を活用した社会資本整備)の仕組みが導入されたことで、建設構造物の「流動性」が飛躍的に増大し始めたことである(*2)。それが建設工事の発注者側に大きな変化を及ぼした。

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 従来の建設市場は、建設構造物の新設需要(建設1次市場)を中心として発注者と請負業者(設計事務所も含む)でほぼ完結する単純な構造だった(図1)。発注者の多くは建設構造物の所有者(投資家)であり、使用者でもあったので、請負業者は発注者だけを考えて事業を行えばよかった。1990年のバブル崩壊まで不動産取引の最大の関心事は土地であり、既存建物の流通市場(建設2次市場)は未発達のまま放置されてきた。

 不動産証券化の導入は、発注者、投資家、使用者の分離を促した。投資家は、建設構造物が投資商品として流通する建設2次市場の形成を求め、使用者は財務会計の視点から戦略的な不動産マネージメント(CRE、PREなど)を強く意識するようになった。その結果、発注者、投資家、使用者がそれぞれに利益の最大化を求めるようになり、そのシワ寄せが請負業者を直撃している(*3)。

 近い将来、住宅市場にも構造変化の波は押し寄せるだろう。「家づくりの経済学(*4)」では「自分が投資した住宅を自分に賃貸する」(所有と使用の分離)と考えることで、新築、中古、定借、賃貸の住居費負担の比較を可能にする「HRE(家計不動産)戦略」の原型となる考え方を示した。国土交通省でもようやく2008年からHREの検討を始めたが、住宅投資の「見える化」を進めることで、住宅投資も新築偏重からの転換を図る必要がある。そのためにも既存住宅の流通コストをできるだけ引き下げ、使用者が既存住宅の修繕・改修に投資しやすい環境を整える必要があり、その方策として筆者は不動産仲介の両手取引禁止を提案している(*5)。

建設業が迫られている変革とは?

 建設業は、1949年に制定された建設業法で「建設工事の完成を請け負う営業をいう」と定義された。日本産業分類区分では、建設業は製造業と同じ大分類に、建築設計業はサービス業の中の小分類に区分されているが、建設業と産業構造が非常に似通っている産業に情報通信産業や印刷産業が、これまでも筆者は両産業との比較を通じて建設業のあり方を考察してきた(*6)。

 情報通信産業や印刷業は情報通信システムを構築したり、本や雑誌をつくったりする産業だが、その本質は「情報」というコンテンツを加工・処理して流通させる産業である。90年代半ばの情報のデジタル化とインターネットの普及による市場の構造変化で、コンテンツの流動性が飛躍的に増大。その結果としてIBMやマイクロソフトなどのシステム開発会社に対して、グーグル、アマゾン、セールスフォース・ドットコムなどのサービスプロバイダーが急成長を遂げ、業界勢力図を大きく塗り替えつつある。

 【産業分類比較のまとめ表】

産業分類

情報(主にデジタル情報)

空間

産業インフラ

情報通信網、放送網(保有者は国からNTTなどの民間企業へ)

土地(保有者は国・民間企業から個人・ファンドへとシフト中)

サービス提供者

通信事業者、ネット企業

放送事業者

不動産業者(デベロッパー、流通業者、プロパティマネジメント)

システム構築者

システムインテグレーター、システムベンダー

建設業者(元請け業者、専門工事業者)

部材メーカー

情報機器メーカー、パッケージソフトメーカー

セメント、鉄鋼、木材、設備機器メーカー

計画・設計

情報処理・通信技術者

建築設計者、土木技術者

デザイナー

コンテンツ制作

アーティスト、デザイナー

(作成・千葉)

 建設業も、単に建設構造物をつくる産業ではなく、「空間」というコンテンツを提供する産業として捕らえ直してみると、異なる視界が開けてくるだろう。不動産証券化の普及に伴って、ハードベンダーの建設業とサービスプロバイダーの不動産業との収益格差が拡大した背景も、単に建設業者が供給過剰状態にあるからだけではなく、「経済のサービス化」が大きく影響している。今後「空間」市場の流動性が増大していくと、建設業の事業領域はますます縮小し、収益力の低下は避けられないと考えられる。

建設業が目指すべき新たな事業領域

 ひとつの方向として、「空間」の流動性の増大が事業収益の拡大に結びつくビジネスモデルを構築することが考えられる。例えば、先に紹介した中古住宅流通に建設業自らが手がけることで、仲介手数料とリニューアル工事費用をパッケージ化する。中古住宅の平均価格3000万円として仲介手数料は片手で約100万円。年間10万戸程度だった中古住宅流通を50万戸に増せば手数料分だけで5000億円となり、これを工事費に上乗せしてリニューアルサービスを提供すれば消費者も喜ぶし、リニューアル市場の拡大にもつながる。

 もうひとつの方向は、建設業だから得られる空間に関する「情報」を有効に活用してサービスプロバイダー化をめざすことだろう。例えばCO2排出量を削減するためのビル改修工事とその実績データを蓄積することで、CO2排出量削減のコンサルティングサービスやソリューション提供ビジネスへの展開を図る。それも建物単位ではなく、地域や都市単位でモニタリングできる仕組みを、ITなどを活用して構築できれば国際展開も可能だろう。

 こうしたビジネスを拡大するためにも、建設生産システムの標準化は避けては通れない課題だ。都市の景観や建物の外観は建築家の表現の領域だとしても、「空間」に関する情報が建物ごとにバラバラでは、CO2排出量やエネルギー消費量などのデータをいくら集めてもソリューション提供は難しい。すでに米国などではBIM(ビルディングインフォメーションモデリング)の導入が進み、建設生産システムの”オープン化”に向けた動きが進み出している。相変わらずゼネコンやハウスメーカーごとに異なるクローズドなレガシー(旧式)システム(*7)のままの日本で、単純にBIMを導入しても思うような成果は期待できないだろう。すでに土木分野を中心に2008年から国交省で検討が始っている(*8)が、発注者サイドから建設生産システムのオープン化を推進するようにリーダーシップを発揮するのが学会の重要な役割であると考える。

(出典・脚注)

1.「国交省の懊悩―公的支援か、自己責任原則か、ゼネコン政策で問われる姿勢」(千葉利宏『週刊ダイヤモンド』2008.9.6)

2.「新型発注者・投資家への対処法」(千葉利宏『建設トレンドウォッチ→未来計画新聞』2001.3.8〜4.15)

3.経済設計の行き過ぎが招いた耐震強度データ偽装事件や、劣悪なマンション工事契約条件による連鎖倒産など。

4.「家づくりの経済学」(千葉利宏『アーキテクツ・スタジオ・ジャパン』2003.6.9〜2006.11.15)

5.「建設業の将来ビジョンを考える―建設2次市場をどう育てるか?」(竹中工務店社内報2009年4月号→千葉利宏『未来計画新聞』2009.3.14)

「ゼネコン再生三つの提言」(千葉利宏『週刊ダイヤモンド』2009.6.6)

「不動産仲介の両手取引は禁止すべきではないか?―中古住宅市場の活性化を考える」(千葉利宏『未来計画新聞』2009.7.5〜12)

6.「産業比較:情報サービス・ソフトウェアvs建設」(千葉利宏『IT記者会レポート』2006.8.14)

「産業比較:建設vs印刷」(千葉利宏『未来計画新聞』2006.9.24)

「産業比較:建設vs印刷(2)―アウトソーシング需要を狙え!」(千葉利宏『未来計画新聞』2008.10.20)

7.90年代中ばからIT市場では、特定のITベンダーに依存せざるを得ない汎用コンピューターを使ったレガシーシステムから、どのITベンダーでも扱える標準化されたオープンシステムへの移行が進んでいる。

8.国土交通省の情報化施工推進会議(2008.2.25〜)

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