「建設業は日本社会の縮図」―建設業界では、以前からこうした声が良く聞かれた。建設業界の代名詞のように言われる”談合問題”も、実は他産業の方が悪質だったり、重層下請け問題もいつの間にかあらゆる分野に蔓延していた。一見、特殊のように見られてきた建設業と他産業とを比較することで、建設産業が抱える問題を検証してみた。
 日本印刷産業連合会会長の藤田弘道・凸版印刷会長にインタビューする機会があった。業界団体トップの立場で印刷産業の現状と将来展望について話を伺うのが目的だったが、同じ受注産業で産業構造に共通点の多い建設産業との比較で話が盛り上がった。「監督官庁からの規制もほとんどなく、競争原理が働きやすかった」という印刷産業の姿は、談合が減少して受注競争が一段と激化している建設産業の将来を暗示しているのではないか。
 
 建設業と印刷産業とは、その生い立ちから共通する面が多い。明治維新のあと、明治政府は日本を近代国家へと生まれ変わらせるために富国強兵政策を推進した。富国のための社会インフラづくりを担ったのが建設業であり、強兵のための教育インフラを担ったのが印刷産業である。
 
 現在、国内にある印刷会社は全国に3万4000社。「明治時代に官からの要請で各地域に設立された印刷会社も多く、地場の印刷会社は役所と長年、密接な関係を保ってきた」。このため公共調達分野では、中央官庁からの発注も含めてほとんどを地場の印刷会社が受注し、「大手が受注できることは滅多にない」。その一方で、民間市場では活発な自由競争が展開されてきたという。
 
 印刷市場は、年間では年末、年度末の繁忙期と2月、8月の閑散期、週間でも週刊誌の発行前と後という具合に需給ギャップが激しく、安定的に輪転機を回し続けるのが難しいという特徴がある。その需給ギャップを克服しながら企業規模を拡大できた印刷会社は限られていたと考えられる。
 
 印刷業界では、企業の二極化は鮮明だ。業界トップを争う大日本印刷と凸版印刷はともに連結売上高は1兆5000億円規模。これに対して業界3位の共同印刷の売上高は1100億円程度で、10倍以上の開きがある。日本写真印刷、宝印刷など特徴ある技術で知られる会社もあるが、ほとんどが地場の中小業者。これだけ企業規模に格差のある産業も珍しいのではないだろうか。
 
 建設業も、90年代後半から公共事業費の削減によって国内建設需要が大きく減少し深刻な影響を受けた。印刷産業も、IT化、情報のデジタル化によってピークに9兆円あった印刷需要が2004年で7兆2000億円と2割減少。今後のIT化の進展に伴って、市場はますます縮小すると予測されている。
 
 さらにIT化によってデジタル情報を通信回線で送信するだけで、海外での製版・印刷も簡単にできるようになった。米国企業が海外に発注している仕事の45%を中国の印刷会社が受注しており、欧州から発注も増えているという。いずれ日本の印刷市場にも国際化の波が広がる可能性は高い。
 
 大手の大日本、凸版は、売上高に占める印刷事業の比率がすでに半分以下となり、情報・エレクトロニクス事業を主力とする企業へと脱皮した。海外戦略も積極的に展開して企業業績を順調に伸ばしている。しかし、2社以外の印刷会社にとっては、IT化による国内印刷需要減少の影響は深刻だ。
 
 建設業界では、国内需要の減少に合わせて、ゼネコンの再編淘汰を促進しようと様々な対策が講じられてきたが、ゼネコン同士の合併はメリットが少なく、思うように進んでいないのが実情だ。同様に、印刷業界でも「同業者や異業種とのコラボレーションを積極的に進めるべき」と、藤田氏が傘下会員に呼びかけている。しかし、こちらも「大手が中小を吸収合併しても、全くメリットがない」、「地場の印刷会社は(建設会社と同様に)オーナー企業が多いため経営者が合併に消極的」などの理由で、やはり再編淘汰がなかなか進まない状況にある。
 
 ただ、印刷産業の場合は、大手は大日本と凸版の2強に限定され、それを脅かす存在も見当たらない状況。中小も系列化が進んでおり、印刷需要の減少に伴って自然淘汰も進みやすい環境と言えるかもしれない。
 
 建設産業でも、大手5社と準大手との格差が開いて二極化が進みつつあるが、印刷業界ほどは極端ではない。大手の数も、印刷、鉄鋼、製紙、金融、自動車など多くの産業で、国産企業が2―3社に集約されているが、建設は5社と多い。
 
 今年1月に改正独禁法が施行されて、大手ゼネコンが談合からの決別を宣言した。建設業界から談合がなくなれば、競争原理が働きやすくなるのは確か。それによって業界にどのような変化が起こるのか―。興味深いところではある。

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