ゼネコンは、もはや時代遅れの「ビジネスモデル」ではないのか―。東京大学のオープンレクチャーでそう講演させてもらってから10年以上が経過した。私が言うビジネスモデルとは、発注者から請け負って建設工事を行う「ゼネコン=General Contractor(総合請負人)」という業務形態のことである。週刊東洋経済の2022年2月12日号が掲載した特集「ゼネコン四重苦」の中で、大成建設の山内隆司会長は「足元の受注競争が厳しくなっているのは、業界が『元の状態に戻っただけ』ともいえる」と語った。2011〜20年の東日本大震災の復旧・復興需要、2015〜19年の東京五輪特需を享受しただけで、この10年、ゼネコンというビジネスモデルの変革は進まなかったのか。当時(2010年11月)の講演録をそのままアーカイブとして掲載する。本来なら情報をアップデートする必要があると思うが、その点はご容赦いただきたい。

【MKS】建設産業の明日を考える―東京大学ICUSオープンレクチャー(2010-11-10)

 

日本社会に「受託請負」というビジネスモデルが普及した理由

 「受託請負業は、DX(デジタルトランスフォーメーション)不可能業種である」―今年2月に開催された、あるオンラインセミナーで、講師の大学教授がそう言い切った。その理由は「発注者が下請け業者のDXを許さないからだ」という。

 このセミナーを主催したのはJASA(組み込みシステム技術協会)というIT系の業界団体。いまやスマートフォン、自動車、家電に至るまで様々な製品にソフトウェアが組み込まれて販売されているが、それらのソフトウェアを開発しているのが、産業分類上では「組込みソフトウェア業」と言われる受託請負業者である。

 発注者のメーカーから要求された仕様に基づいて、その機器に最適なソフトウェアを設計・開発して提供する。まさに発注者から要求された仕様に基づいて「敷地」に最適な建設構造物を設計・開発して提供するゼネコンと瓜二つのビジネスモデルである。

 日本で受託請負業というビジネスモデルが広く普及したのは、発注者にとって便利で都合が良い仕組みだったからだ、と私は考えている。契約というエサをブラ下げて集まってきた事業者に価格競争をさせ、最も安値で落札した業者に丸投げしたら、あとは納期までに成果品が納入されるのを待つだけ。

 発注者にとっては専門人材を雇ったり、育てたりする労力をかけずに、プロジェクトごとに業者と契約して仕事を任せればよい。もちろん成果品の品質管理の問題はあるが、スキルの高い労働者が責任を持って仕事を行う日本の社会風土がこうした仕組みを支えてきた。

 2005年に耐震強度データ偽装事件、いわゆる姉歯事件が発覚した時、私はこうした仕組みを、プロジェクトに関わる全ての人間が正しく行動することを前提にした「善意の上に成り立った建築生産システム」と命名した。このビジネスモデルが内包するリスクや問題点を考察したうえで、これからの時代は「発注者責任」がますます重要になるだろうと指摘した。

 ■耐震強度偽装問題を考える(2005年12月〜2006年2月)

ITゼネコンに丸投げではDXは無理

 日本では、IT市場でも「受託請負」というビジネスモデルが普及し、20年前にはNEC、富士通、NTTデータなどが「ITゼネコン」と呼ばれるようになった。発注者=ユーザー企業は従来からの業務をIT化・デジタル化するという発想で仕様を決めて発注し、ITゼネコンはその仕様通りにシステムを開発・納品する。まさに建設市場と同様のやり方で日本のIT化・デジタル化が進められてきた。

 その結果、日本企業の多くでデジタル化によるイノベーションが起こらなかった。「DXとは、ビジネスモデル・イノベーションのことだ」(JASAセミナー講師)と言うように、本来ならユーザー企業が自らのビジネスモデルを変革するためにデジタルテクノロジーをどう活用するのかを考える必要がある。

 米国ではIT人材の7割をユーザー企業自らが抱えていると言われる。それに対して、日本ではIT人材の7割をIT業界が抱えたまま。多くの日本企業はITゼネコンにシステム開発を丸投げしているわけで、ビジネスモデルのイノベーションが起こらないのも当然だろう。

 日本でも2021年9月にデジタル庁が発足し、ユーザー企業も自らIT人材を抱えてDXを進めようという動きが出てきた。これが加速していけば、ITゼネコンがユーザーを囲い込んで儲ける従来のビジネスモデルが通用しなくなり、厳しい価格競争を余儀なくされることになる。それが嫌なら受託請負業から脱却して、自らサービスプロバイダーへと進化するしかない。

 「ユーザーは電気ドリルが欲しいわけではない。欲しいのは『穴』そのものである」―IT業界では有名な例え話であるが、確かにその通りだろう。これを建設業に置き換えて考えるならば、ユーザーが欲しいのは単なるハコとしての建物ではなく、好立地で集客が見込めてオペレーションしやすい店舗だったり、ロボットを導入して効率的に荷捌きできる物流施設だったり、欲しい機能やサービスを得ることである。

建設会社はサービスプロバイダーになれるのか? 

週刊東洋経済のゼネコン特集に、私は一行も原稿を書いていない。しかし、担当者からは、企画構想段階で私の話を聞けたことで「裏テーマとして『大和ハウスの猛攻』を描くことができました」とのお礼とともに雑誌が送られてきた。

 特集では大和ハウス工業の記事に「逆算営業で挑む年商10兆円―経営戦略の根底には顧客ニーズを起点にする独自のセオリーがある」との見出しが付いていた。これこそがサービスプロバイダー的発想の「ビジネスモデル」である。特集では大和ハウス工業のほかに、積水ハウス、長谷工コーポレーション、オープンハウスを取り上げ、従来のゼネコンと対比させて「ビジネスモデル」の違いを解説していた。

 10年前の東大での講演で、建設業のビジネスモデルを変革する必要性を訴えた時に、大和ハウス工業を引き合いに出したのは、顧客ニーズを起点とするビジネスモデルが住宅以外でも開花しつつあったからだ。ちょうど2010年度に大和ハウス工業は売上高でゼネコン大手を初めて上回ったが、それから10年が経過して今では売上高の格差は2倍に開いた。

 「ハウスメーカーは以前、ゼネコンより売上高が小さかった。それが今や、ゼネコン各社を凌駕するハウスメーカーも出てきている。われわれゼネコンはこれまで何をやってきたのか、と言いたくなるほどの差だ」―週刊東洋経済のインタビューで大成建設の山内会長も率直にそう認めていた。

 もともと建設分野では、デベロッパーがサービスプロバイダーの役割を果たしてきた。不動産会社は、大規模都市再開発を積極的に進めるために自ら専門人材を雇用してデベロッパー機能を強化してきたが、それによってゼネコンの下請け化がじわじわと進行していたと考えられる。それにも関わらず、ゼネコンは昔ながらの地縁・血縁・社縁に頼ったビジネスを続けてきたわけで、このままではいつまで経っても厳しい価格競争を強いられる状況から抜け出せないのではないか。

人材育成できる持続可能性のあるビジネスモデルへ

 問題は誰がどのようにして優秀な技術者や技能者を育成していくかである。すでに巨大な3Dプリンターで建物を生産するという取り組みも始まっているが、発注者、デベロッパーも巻き込んで人材育成の仕組みを確立することが喫緊の課題である。IT分野でも慢性的な人材不足に悩まされているという点で共通しており、日本の「受託請負」というビジネスモデルにはもともと人材育成の面で欠陥があったのかもしれない。

  私自身は、10年以上前からゼネコン、ハウスメーカー、不動産会社といった従来の業種区分で企業を取材することを止めた。IT化・デジタル化によって建設・住宅・不動産分野でも、ビジネスモデルのイノベーションが起こる可能性があるのに、従来の業種区分に捕らわれても意味がないと思ったからだ。

 これからも建設構造物をつくり、それらを維持・管理し、運営していく需要はなくならない。それに応えるために、持続可能性のあるビジネスモデルへと、どう進化させていくのか。「ハウスメーカーの勢いをゼネコン業界も謙虚に受け入れて、対応を考えないといけない」(山内氏)という言葉をどう具現化するかである。

(了)

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