働き方改革で自宅でも仕事をする人が増えると、住宅はどう変わるのか―。そんな問題意識から「テレワークに適した住宅を考えてよ」と住宅業界関係者には、かなり以前から言ってきたのだが、なぜか反応が鈍い。「書斎があれば良いんでしょ」といった答えが関の山だった。自宅に仕事机だけを持ち込めば、効率的に在宅勤務ができるのか。「仕事を自宅に持ち込む」ことの意味を改めて考える必要があるのではないか。

仕事の持ち込みに不適だった「LDK住宅」

 筆者の実家は工務店で、自宅に作業場が併設され、祖父と父が仕事をしているのを見ながら育った。「家業」を営む「家」では、「住まい」と「仕事」が密接につながっていて、「仕事」を考慮して「家」がつくられてきた。例えば、古い農家を見ると、農作業のために自宅にも土間スペースを広く設け、トイレは肥料として利用しやすいように母屋の外に設置されていた。 

 戦後の日本では、資本主義経済が発達し、都市のオフィスや工場で働くサラリーマンが急増した。都市への人口集中が進み、「家」は仕事から切り離され、食事してテレビを見て風呂に入って寝る「住宅」になったわけだ。郊外には大規模な団地がつくられ、ベットタウンと呼ばれるようになり、住宅の間取りもいわゆる「LDKタイプ」が主流となった。 

 「LDK」は、テレビなどを見てくつろぐリビング(L)、料理をして食事をするダイニングキッチン(DK)に、寝室・子供部屋といった個室の数を加えて、2LDKとか3LDKと表示される。地価が高い都市部では、客を招くための「応接間」、読書や書き物をする「書斎」、工作や手芸を行う「作業室」などの空間を設ける余裕はなく、必要最小限の部屋と「収納スペース」を効率的に配置しただけの住宅が大量につくられてきたわけだ。 

住宅の中で仕事スペースをどう確保するか 

 戦後につくられた都市部の住宅の多くは、最初から仕事を家に持ち込むことを想定していなかった。そんな住宅の中に、働き方改革を機に仕事を持ち込もうとすると、狭い住宅の中に仕事ができそうなスペースを見つけて仕事ができる環境を整えるという涙ぐましい努力が必要になる。 

 日経新聞の2017年3月8日夕刊に「在宅勤務はかどる空間―自作で机/キッチン職場」という記事が掲載されていた。「間取りやデットスペースを工夫すれば専用スペースを確保でき、自宅も立派な業務空間に様変わりする」と言う記事である。そこではホームセンターの工房を利用してリビングのソファで仕事ができる高さに合わせた仕事用の机をつくった事例、キッチンを仕事場にした事例、押入れをオフィスコーナーにした事例などを紹介していた。 

 現在の「LDK」タイプ住宅のなかで、何とか仕事のスペースを確保しなければならない現状を物語るような記事である。政府の働き方改革で、日本企業に在宅勤務が急に広がってきたことを考えると、急場しのぎとしては仕方がないところだろう。 

 総務省の調査では、2015年の在宅勤務導入企業は前年に比べて1ポイント上昇して3.7%となった。将来的に在宅勤務制度がどこまで普及するかは予想が難しいが、確実に在宅勤務を利用する人は増えていくだろう。いつまでもLDKの片隅で仕事するといった環境のままで良いとは思えない。 

自宅電話も玄関チャイムも仕事の邪魔に 

 新聞社を退社して17年間、フリーランスの記者として自宅を拠点に仕事をしてきたが、仕事とプライベートの切り分けの難しさを感じてきた。近くで仕事をしている人がいれば、家族も何かと気を遣わなければならないし、私の方もテレビの音や家族の笑い声が聞こえてくれば気が散ってしまう。扉1枚で仕切られているだけなので、気持ちの切り替えも難しい。 

 自宅用の電話と仕事用の電話を分けているが、自宅用の電話が鳴れば取らないわけにもいかない。玄関のドアホンもオンオフできないタイプなので、宅配便や書留郵便の配達、新聞の集金から宗教の勧誘までチャイムを鳴らされれば出ないわけにもいかない。そんなわけで宅配便の再配達問題がクローズアップされる前から、戸建住宅でも宅配ボックスの必要性を強く感じていた。 

 現在の自宅は、新聞社を退社することを全く想定していなかった時に建てた郊外の戸建てで、玄関から最も遠いLDKの奥にある個室を仕事場兼寝室として使っている。もし、自宅で仕事を始めるつもりだったら、「間取りも変えたのになあ」と思うこともしばしばだ。余裕があればリノベーションでもしたいところだが、この17年間で日経新聞の記事のようにリビング用の低座椅子に合わせて、仕事用の机をつくったぐらいである。 

仕事部屋として「離れ=小屋」をつくる

 自宅に仕事を持ち込めば、どうしても「仕事=ワーク」と「生活=ライフ」の境界があいまいになってしまう。過労死問題がクローズアップされ、ワークライフバランスの重要性が叫ばれるようになったが、在宅勤務の普及で「むしろ労働時間が増える懸念がある」との指摘もあるほどだ。やはり自宅に仕事を持ち込む場合には、ワークとライフと切り分けしやすい空間構成や間取りを考える必要はあるだろう。 

 最も手っ取り早いのは、敷地に余裕のある戸建て住宅であれば、「離れ」を建てて仕事部屋にする方法だ。筆者の実家も、敷地内に母屋とは別に、作業場、事務所、車庫が別棟で建てられていたが、空間として完全に切り離すことで仕事と生活の境界も明確になる。

 タマホームとカヤックが2013年に設立した住宅関連子会社のSuMiKa(社長・玉木克弥氏)では、2014年から「小屋」というアイテムにこだわって商品開発を行っている。使い方として「書斎」といった事例も上げているが、子供時代の「秘密基地」感覚で遊びの空間として売り込もうとしている印象が強い。筆者としては、在宅勤務用の仕事部屋に適した「小屋」が登場することを期待しているのだが…。 

 以前、自宅にホームセンターで売られているようなカーポートと物置小屋を置こうとしたら、自宅を設計してくれた友人の建築家から怒られたことがある。「せっかく敷地全体を考えてデザインしたのに、余計なモノを置くな!」と。確かに何千万円もかけた住宅の脇にプレハブ小屋を建てたくはないが、手軽に建てられる小屋もないのが現状だ。 

仕事スペースは玄関近くに配置するのが便利?

 では、離れを建てるほど敷地に余裕がない場合はどうか。ポイントになるのは「玄関」ではないか。家業として商売を行っている家では、仕事場は玄関近くに、プライベート空間は最も奥まったところに配置しているケースが多いように思えるからだ。京町屋の商家の造りが典型的な事例である。 

 専用住宅でも、応接間は玄関を入ってすぐの場所に設けられている場合が多いだろう。新聞記者時代に夜回り取材して大企業の経営者・役員の自宅に上げてもらった経験が何度もあるが、今から思えば応接間がある住宅に住んでいる場合に限られていたように思う。玄関先での立ち話で済まされたケースは、記者を自宅に上げられるスペースがなかったからかもしれない。 

 「仕事を自宅に持ち込む」のが当たり前になった住宅では、玄関近くに仕事場を確保しやすい間取りや空間構成とした方が便利であるように思う。理想的には外玄関と内玄関に分かれていた方が仕事のプライベートで気持ちを切り替えやすいかもしれないが、玄関を入ってすぐに、パブリック的な空間があるだけで使い勝手が良くなるのではないか。もし在宅勤務をしなくなっても友人や近隣の人を招き入れやすくなり、かつての縁側のように人と人を繋げるパブリック要素が入った空間として利用できる。 

 マンションの場合は、マンションの共用部分にシェアオフィスとして利用できる空間を設けて利用料金を取る方法もあるだろう。自動車を所有する人も減っているので、駐車場を削ってシェアオフィスにした方が管理組合としても稼げるようになるかもしれない。サテライトオフィスなどを利用するよりは自宅に近いし、効率的である。 

プライベートとパブリックが共存できる「家」をつくろう!

 さて、テレワークに適した住宅として、具体的にはどのようなプランが良いだろうか?まず思い浮かんだのが、日本建築士事務所協会連合会(日事連)主催の2016年度日事連建築賞で国土交通大臣賞を受賞した「たまプラーザの家」(石井秀樹建築設計事務所)だ。石井秀樹氏は、私が卒業した東京理科大学の初見研究室の後輩だが、住宅分野で非常に高い評価を得ている建築家である。 

 たまプラーザの家は、4世帯家族6人が住む多世帯向け住宅である。敷地を縦断する街路と中庭が配置され、親夫婦と若夫婦のプライベートな住棟が分節してつながり、中庭に面して他の住棟とつながっていない「離れ」がポツリと建てられている。図面には「茶室」書かれているが、オーナーに聞くと「親戚が遊びに来たときに泊めたり、孫たちが遊んだり…」と使い方はとくに決めていないようだ。 

 パブリックな空間である「街路」を敷地内に引き込むことで、家族が地域コミュニティと自然な繋がりを生む場となることを期待しつつ、プライベートな空間とも上手く切り分ける効果をもたらしている。住宅のなかに、パブリックとプライベートの空間を上手く共存させているところが、筆者が在宅勤務に適していると考えた最大のポイントである。「仕事を自宅に持ち込む」ことの意味は、そこにあるように思うのだが、どうだろうか。 

 急速に人口減少が進み、人手不足の深刻化が予想される中で、AIやIoT、VRによって業務の生産性向上を図ることが、日本企業にとって喫緊の課題となりつつある。長時間の通勤時間をかけて都心部のオフィスに出社しながら、同時に子育てや介護などを行うのはどう考えても無駄だろう。新しい働き方や生活に合わせて、住宅やまちづくりのあり方を見直すべき時期が来ている。

(了)

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