今月から「テレワーク月間」がスタートした。総務省、厚生労働省、経済産業省、国土交通省、学識者、民間事業者などで構成するテレワーク推進フォーラム主催で、国民にテレワークの推進を広く呼び掛けるのが狙いのようだ。「テレワーク」と聞くと、2005年に総務省が最初に行ったテレワーク実証実験に筆者も取材を通じて関わったことを思い出す。10年前と現在を比べて大きく変わったのは、日本中どこでも高速インターネット網に接続できること、スマホなどのモバイル端末の普及、クラウド環境の整備など、テクノロジーが大きく進化したことだろう。問題は労働環境や企業や役所の意識がどこまで変われるか―。当時、総務省からの依頼でテレワークについて筆者が書いた原稿が残っている。「テレワークによって『組織』の壁を乗り越えて『兼業』も可能になる」―そう10年前に筆者が予見したような自由な働き方改革は実現するのだろうか。
2004年に総務省が行ったテレワークの試行とは?
「テレワーク」という言葉はかなり古くから使われている。情報通信技術を使って場所や時間に縛られない柔軟な働き方をめざして活動している日本テレワーク協会が「日本サテライトオフィス協会」の名称で設立されたのが1991年。日本ではインターネットの商用サービスがまだ始まっていない時期だ。その後、日本テレワーク協会に名称変更したのが2000年1月。その何年か前から「テレワーク」という言葉は使われ始めていたと考えられるので、もう20年近い歴史はある。
日本政府は2000年11月にIT基本法(高度情報通信ネットワーク社会形成基本法)を制定し、2001年からIT国家戦略「e-Japan戦略」をスタートした。2003年に策定された「e-Japan戦略?」には「テレワークの推進」が盛り込まれているので、政府としてかなり早い段階からテレワークの普及に取り組み始めていた。この時には「2010年までに適正な就業環境の下でのテレワーカーが就業人口の2割となることをめざす」という目標が掲げられた。
しかし、インターネットのブロードバンド普及も始まったばかりで、テレワークを本格導入する民間企業の動きも鈍かった。そこで、2004年11月に総務省自らテレワークの試行を始めることになったわけだ。この時は、情報通信政策局の若手官僚4人と総務省のCIO補佐官2人のわずか6人で、実際に在宅勤務を行いながら、その施行状況を「テレワーク日記」と題するブログにアップした。筆者は、そのブログをモニタリングしながら、テレワークについての考察を原稿にまとめ、ブログに掲載してほしいとの依頼を受けていた。
10年以上前に書いたテレワークに関する考察
総務省のテレワーク日記は、2005年3月には報告書にまとめられて、筆者の原稿も掲載されていた。総務省のホームページを見ても、当時の報告書は掲載されていないので、ここに筆者の原稿を転載しておく。
【テレワークに関する考察】(2005年1月19日執筆)
4年前に新聞社を辞めたあと、フリーでジャーナリスト活動を続けています。仕事の中身はほとんど変わっていないのですが、原稿執筆する場所は会社のオフィスや記者クラブから、自宅へと変わったので、一見すると通勤から開放されて「毎日がテレワーク」状態です。
もちろん、私の場合は、会社員から自営業になっただけの話で、「テレワークしている」とは一般的には言わないでしょう。通常の業務が行われているオフィスなどの場所から、離れたところで情報通信手段を使って仕事を行うような場合に、イメージされる言葉ではないでしょうか?
そう考えると、テレワークとは「組織に属している人が、組織から離れた場所で、組織の一員として仕事を行うワークスタイルを可能にするもの」と言えそうです。ある意味、個人と組織の関係を根本から問い直すテーマのようにも思うのです。
少し、極端な例を考えてみましょう。例えば、国民から見れば、国家公務員も地方公務員も、本来は公務員であることに変わりはありません。中央省庁とか、県庁とか、市役所とか、組織の違いで公務員の種類も区別されてきました。しかし、国民が期待する公共サービスは縦割り組織の壁を乗り越えて、本来は連続的に提供されるべきものであるはずです。
テレワークは、物理的な距離を解消するだけでなく、やり方次第で組織の壁も乗り越えられる可能性を秘めています。介護サービスなど国、都道府県、市町村などそれぞれの組織がかかわっている公共サービスで、一人の公務員が、回線のスイッチを切り替えるだけで、国の仕事をしたり、市町村の仕事をこなしたりすることも可能になるからです。
民間の場合は、企業間で利益相反が起こりやすいので難しい面もありますが、仕事が競合しない二つの企業に勤めて、4時間ずつ仕事をすることも可能でしょう。もちろん、一足飛びに、組織の壁を乗り越えられるとは思いませんが、テレワークが普及するなかで、ワークスタイルの多様化が進み、組織そのもののあり方が問われていくことになると思うのです。
もうひとつ、テレワークを考える上で欠かせない視点が、家の問題です。「家は家族団らんの場で、仕事は外」、「家庭に仕事は持ち込まない」との考え方が、日本のサラリーマン世帯には強かったように思われますが、テレワークが普及すれば、家の中に絶えず仕事が持ち込まれることになります。
自営業を自宅で営んでいる場合でも、居住部分と仕事場を分けることが多いように思いますが、一般住宅の場合、家で仕事をすることがこれまでほとんど考慮されていませんでした。情報セキュリティの面でも、企業や役所のオフィスに比べれば、全く考慮されていないのが実情です。
もともと、日本の住宅の専有面積は、それほど余裕があるわけではありませんから、ワークスペースをどう確保するかという問題もあります。
さらに、家の中に仕事が絶えず持ち込まれることに対して、改めて家庭のあり方を問う意見も出てくるでしょう。テレワーク導入は、家と仕事の関係を、さまざまな角度から考えるきっかけになるかもしれません。
(以上)
テレワーク普及で働き方改革はどう進むのか
当時、テレワークの定義は「情報通信手段を週8時間以上活用して、時間や場所に制約されない働き方」だった。これに当てはめると、テレワークの普及率は約6%という調査結果が得られていたが、本当に「時間や場所に制約されない」テレワークが10年前に実現できていたかどうかはかなり怪しい印象もあった。
総務省では、2005年には参加人数も増やしてテレワークの検証を進め、人事院や厚労省とも協力してテレワークに関する法・制度を整備したうえで、06年度には全省での本格導入をめざす計画だった。しかし、実際にマイクロソフト製のテレビ会議システム「スカイプ・フォー・ビジネス」を全職員に導入し、国会対応の職員を除いてテレワークを全面的に導入したのは2015年6月から。結果的に10年近い時間がかかったことになる。
今から考えれば、社員が外から本社のサーバーに自由にインターネット経由でアクセスしながらテレワークするのは、やはりハードルが高かったのは確かだろう。セキュリティの高いクラウド環境が整備されたことで、民間企業もテレワークを本格導入しやすくなったのは確かだ。
クライドビジネス拡大のキラーコンテンツとしてテレワーク普及に取り組む日本マイクロソフトでは、自らテレワークを社員の満足度向上や生産性向上などを実現する目的で導入を進めてきた。その結果、テレワーク導入前の2010年と2015年を比較して下記のような成果が得られたという。
・ワークスタイルバランス(社員満足度調査)+40%
・事業生産性(社員1人当たり売上高)+26%
・働きがい(Great Place to work)+7%
・残業時間 ▲5%
・旅費・交通費 ▲20%
・女性離職率 ▲40%
・ペーパーレス ▲49%
(▲はマイナス)
本当にテレワーク導入が事業生産性の向上につながるなら、日本企業でも導入に踏み切るところが増えるだろう。しかし、日本マイクロソフトのような成果を出すには、社員が働きやすいような勤務体制の見直しや上司の意識改革を進めることが不可欠のようだ。
この10年間、テレワーク普及の必要性が指摘されながらも、働き方改革がほとんど進まず、テレワークの普及も進まなかった。その一方で、非正規雇用の拡大、過労死問題、パワハラ・セクハラ問題など雇用・労働環境は厳しさを増してきた。テレワークによって労働時間の管理が難しくなり、過重労働を心配する声もある。
果たしてテレワークの普及によって働き方改革はどのように進むのか。個人の能力を発揮できる自由な働き方が可能になり、ワークライフバランスが充実する方向に向かうのであれば良いのだが…。