【コラム】ジャーナリストのたたみ方(2016-01-01)

明けましておめでとうございます。

 未来計画新聞の創刊10周年を迎える今年、ジャーナリストをたたむ準備を始めることにした。わざわざ言い訳しなくても黙ってフェイドアウトすれば良いだけなのだが、区切りをつけた方が何か新しいことを始めるにしてもやりやすいと思ったからだ。残っている仕事を終わらせ、役目を引き継いでもらって、個人事務所をたたんだら、新しい仕事を見つけたいと思っている。日本工業新聞社(現・フジサンケイビジネスアイ)を退社し、フリーランスになって丸15年。そろそろ60歳を迎えようとする人間が残りの人生をどのように生きていくのか。別に貯えがあるわけではなく、まだまだ稼がなくてはならないのだが、ジャーナリスト稼業はそろそろ潮時のようである。

ジャーナリスト稼業から足を洗う訳は?

 大学は建築学科を出たが、新卒で新聞社に入社して経済記者になったので建築の実務を知っているわけではないし、建築士の資格があるわけでもない。新聞社時代も整理部や営業局の経験はなく、30年以上も現場記者一本で働いてきたので、自分にあるスキルは取材して原稿を書くだけ。新しい仕事を始めるにしても過去のスキルを活かすことは難しいだろう。

 先の見通しもないままジャーナリストをたたもうと考えたのは、「ジャーナリスト」として取材して記事を書くのが正直、詰まらなくなってきたからだ。もともとメディアに記事を書いても、私程度の力量では全く稼げない。原稿料も最初の頃とぜんぜん変わらないままだ。それでもジャーナリスト活動を続けてきたのは、仕事そのものが面白いし、それなりに「やりがい」も感じていたからである。

 もともと使命感を持てジャーナリストを続けてきたわけではないが、やはり重要なのはジャーナリストというフィルターを通して情報を発信する価値があるかどうか。当人がその価値に疑問を持ち始めたのであれば、ジャーナリストを名乗って活動する意味はないだろう。

自主規制している自分に気付かされる

 昨年3月には「ジャーナリズムとは何か」というエラそうな原稿を書いて未来計画新聞に掲載した。私自身は経済専門なので、政治や外交・安全保障などの問題に関わることはないし、テレビに出演している有名な司会者やジャーナリストのようにどこからか圧力がかかるわけでもない。それでも産業や企業を中心としたミクロ経済の記事の中で政府の経済・金融政策に言及するだけであっても「自主規制」が働くようになっている。何とも情けない話だ。

 経済記者は別に学者や研究者のような専門家ではないのだから、記者なりの仮説を立てて企業や専門家などに取材した内容を原稿に書くことが仕事だと思ってきた。もちろん、その仮説が正しいと思いながら取材するので、その成果物である記事にもある程度の偏りが生じるのは避けられない。それは最初にどのような仮説を立てるかに起因しており、さまざまな記者がそれぞれの視点で記事を書くことに意味があると思ってきた。

 ただ、その仮説が「政府や役所の対応は正しい」というのでは読まれる記事にはなりにくい。政府や役所の施策や対応を記者が改めて「正しい」と解説したところで意味があるとも思えない。記者の立場としては「どこかに問題が隠れているのではないか」との仮説を立てるのが当然だろう。もし問題が見つからなければ「正しい」ことの証明になるし、問題が見つかれば改善策を講じれば良いだけのことだ。「偏り」があること自体が問題だと言われるようになったら取材記事など書きようがなくなってしまう。

「自分の出る幕ではない」は逃げ口上

 20年以上前に私は資本主義経済のもと金融自由化を進めれば「経済的な格差」が際限なく拡大するのではないかという仮説を立てていた。91年〜93年の日本銀行記者クラブ担当時代に金融機関の幹部らに次のような質問をよく投げかけたものである。

 「カネがあるところにますますカネが集まり、カネのないところからはカネがますます逃げていく。それが金融自由化の本質ではないのか?一億総中流と言われる日本社会にとって金融自由化は良いとは言えないのではないか?」

 しかし、その時は誰も「そうだ」とは答えなかった。改めて振り返ると、当時立てた仮説はかなり的を射ていたと思うが、取材力不足でそのことを証明するような材料を集めることができずに記事にすることはできなかった。

 安倍政権が誕生して2013年にスタートした経済政策「アベノミクス」も、経済格差を拡大するだけでトリクルダウン効果は期待できないと考えていた。それでもノーベル経済学賞を受賞した米国の経済学者やリフレ派の学者を総動員してアベノミクス批判を封じようとする政府の対応を見て「私ごときが出る幕はない」と逃げてきた。

安保法制が国内景気に与える影響は?

 年末には正月企画として「今年の市場展望」といったテーマで取材する機会が多くなる。マクロ経済にも大きな影響を及ぼす住宅市場の展望も、17年4月の消費税率引き上げに向けて新設着工戸数も増え始めて良い時期だが、あまり伸びていない。その状況を説明するのにどのような仮説を立てるか。

 「15年9月に安全保障法制が可決・成立し、今後の政府の対応次第では日本でもテロのリスクが高まるかもしれない。今、多額の住宅ローンを抱えて東京圏に住宅投資すべきなのか。しばらく様子を見た方が良いと思っている人は増えているのではないか?」

 2016年7月に実施される参議院議員選挙までは、自衛隊の海外派遣などは行われないだろうが、参院選挙で自民党が勝利すれば何らかの動きが出てくるかもしれない。「まさか日本が戦争や戦闘に巻き込まれるはずがない」と笑われるかもしれないが、毎年のように戦争をしている米国とは違って日本はこの70年間、国民の多くはそういう事態を全く想定していなかった。2020年の東京オリンピックに向けて「建設費も高騰しているし、しばらく様子を見よう」と私なら考える。

 メディアに引っ張りだこの不動産コンサルタント会社さくら事務所では、2年前からフィリピン・セブ島での海外投資を始めていたが、最近は米国西海岸のシアトル市での不動産投資に力を入れ始めた。日本の富裕層でも、東京湾岸部のタワーマンションだけでなく、テロなどのリスクが少ない海外都市などに分散投資を考えている人が増えると読んでいるのかもしれない。

 日本の安全保障の先行きに不安を感じている人はどれくらいいるのか。単なる私の思い過ごしか。今後、こうした問題がますます増えていくと思うのだが、私も含めてメディアは自主規制を続けていくのだろう。

立つ鳥、跡を濁さず?

 ちょうど5年前に「フリー生活、10年を振り返って―2020年にメディア業界はどうなっているだろうか?」というコラムを書いて未来計画新聞に掲載した。私が日本工業新聞を辞めた経緯とともに「自分自身、あと何年、ジャーナリスト活動を続けられるかは全く分からない」と書いたが、この時は2020年ぐらいまでは続けられるだろうと思っていた。しかし、メディア業界は私が想像してた以上のスピードで変化し始めているようだ。

 もともと自分自身で面白い企画を仕掛けていくタイプでも、自ら土俵をつくるタイプでもなく、自分からメディアに売り込んで原稿を書いたことは一度もない。メディアからの原稿依頼が切れてしまえば業界からアッと言う間にフェイドアウトする運命にあるわけだが、そうした状況になるまでジャーナリスト稼業にしがみついているのも「如何なものか」と思ったのである。

 以前から古巣のフジサンケイビジネスアイには、営業局の同期に頼まれて広告特集用の原稿を書いてきたし、13年春から記名コラムや一面トップの原稿執筆でも随分と協力してきた。しかし、昨年6月にフジサンケイビジネスアイの社長に退社経緯のコラムにも登場するE氏が就任すると、昨年暮れまでに全ての仕事が打ち切られるという予想通りの展開に。E氏も大変な苦労をして社長になったようなので自分の好きにしたいのだろう。

 今ならぜい肉が付き過ぎた身体を頑張ってメンテナンスすれば、メディア業界以外の世界でも5年ぐらいは働けるのではないか。新しい仕事が見つからなければ田舎で畑仕事をするのも悪くはない。ジャーナリスト稼業から足を洗う前に書き残したいものはまだあるのだが、さて、どうしたものか。できるだけ「立つ鳥、跡を濁さず」でジャーナリストをたたんだら、新しい仕事に挑戦したいので、ぜひ声をかけていただきたい。

 よろしくお願いします。