【住宅】日本のエネルギー政策の見直しは進むのか?―太陽光発電とスマートグリッドに関する議論を振り返る(1)(201105-30)

 福島第一原発事故を契機に、日本ではエネルギー政策の見直しが進められようとしている。5月26日にフランスで始まったG8サミット(先進国首脳会議)では菅首相が自然エネルギーの利用拡大と省エネルギーをエネルギー政策の柱にすることを表明したが、過去のエネルギー政策を巡る動きを振り返ると「そう簡単に方向転換できるのか?」との疑問も湧く。20世紀に入って繰り返されてきた国際紛争の多くは巨大なエネルギー利権が絡んでおり、先進国が主導する原発推進も石油に代わる巨大なエネルギー利権を握る狙いがあるように見える。日本国内でも原発推進派が黙って引っ込むとは考えられないし、現実問題として再生可能エネルギーの利用拡大がどこまで進むかも未知数だ。今後の本格的な議論に備えて、日本のエネルギー政策の流れを振り返るとともに、2008年6月の福田ビジョン以降の動きを整理する。
■記事の末尾に「日本のエネルギー政策に関連する主な出来事」を年表にまとめました。

エネルギー問題に首と突っ込むことになったのは…

 現役記者時代にエネルギー担当の経験がないので、実はエネルギー問題にはあまり深入りしないようにしてきた。最近は何かと記者クラブ制度の閉鎖性が話題となるが、民間企業の対応も役所以上に記者クラブに所属しているかどうかで違いがある。フリーの場合、事前に取材の主旨や質問内容を広報が厳しくチェックするので、ネガティブな内容と判断されれば取材にすら応じてもらえない。過去の記者クラブ人脈を生かせないゼロからの取材は結構、大変だからである。

 しかし、京都議定書の第一約束期間である2008年になると、建設・住宅・不動産分野でも再生可能エネルギーの利用は避けては通れない問題となってきた。北海道洞爺湖サミットを前に、福田康夫首相(当時)が「低炭素社会・日本をめざして」と題する福田ビジョンを発表。CO2削減目標として2050年までに2005年比60〜80%減、2020年までに同14%減を打ち出し、それを実現するために太陽光発電の導入量を2020年までに10倍の1400万kWまで増やすことを表明した(1年後には目標が2800万kWに引き上げられた)。

 当然、新たな住宅関連需要の拡大が期待できるとあって業界は色めき立つ。不動産協会からも「『太陽光発電再始動!』と題する特集を同協会が発行する広報誌の2008年9月号に掲載するので原稿を書いてほしいとの依頼があった。記事の内容としては、なぜ政府が再び太陽光発電システムの普及に力を入れ始めたのかを過去の経緯を含めて判りやすく解説するとともに、同協会の会員の多くが戸建事業よりマンション事業を手がけているので、マンションへの太陽光発電システムの導入が今後どのように進むのかを調べてまとめることになった。

電力自由化問題はアンタッチャブルなのか?

 不動産協会のサイトには広報誌の古いバックナンバーが掲載されていないので、MKSアーカイブとして特集記事「太陽光発電再始動!」(2008年9月)を掲載する。記事執筆のための取材エピソードをまとめた記事マンションに太陽光発電が普及しない理由―固定価格買取制度と電力完全自由化の議論を!(全3回)」(2008年11月)も合わせてご覧いただきたい。

 取材を通じてマンションへの太陽光発電の導入は、技術的には可能であるにも関わらず、別な理由で普及が阻まれているというのが率直な印象だった。後で知ったことだが、ドイツにおける太陽光発電の設置状況は、集合住宅5割、戸建住宅4割、メガソーラー1割であり、集合住宅に太陽光発電に普及させることは不可能ではないはずである。その努力を怠っている理由が、電力完全自由化など制度的な問題に起因していると推測された。

 ただ、その後が大変だった。理由は良く判らないが、広報誌が発行されたあと、不動産協会の広報担当と連絡が取れなくなった。その理由を調べてもらおうとメールした協会幹部からも返信が来なくなった。それまでは届いていた新年賀詞交歓会や定期総会などの案内もプッツリとなくなった。考えてみれば、不動産協会の正会員には東電不動産、関電不動産などもいるので、何かと問題になったのかもしれない。別に不動産協会との関係をこじらせる意図は全くなかったのだが、それから3年、未だに真相は藪の中である。

■エネルギー政策に関わる主な出来事■

 年月  主な出来事
 1955.12  原子力基本法制定
 1965.05  東海発電所初臨界
 1972.04  田中角栄内閣(〜1974.12)
 1973.10  第4次中東戦争→第一次石油危機
 1974.00  電源三法制定
 1979.02  イラン革命→第二次石油危機
 1979.03  スリーマイル島原発事故
 1979.06  省エネ法制定
 1986.04  チェルノブイリ原発事故
 1990.08  湾岸戦争(〜1991.02)
 1992.06  地球サミット(環境と開発に関する国連会議@リオデジャネイロ)
 1993.11  環境基本法制定
 1994.04  太陽光発電補助金制度の導入
 1995.04  電気事業法が31年振り改正→卸電力事業(IPP)導入、特定電気事業の創設
 1996.01  橋本龍太郎内閣(〜1998.07)
 1997.04  新エネルギー利用促進法制定
 1997.05  「経済構造の変革と創造のための行動計画」を閣議決定→「電気事業については2001年までに国際的に遜色のないコスト水準を目指し、わが国の電気事業のあり方全般について見直しを行う」
 1997.12  京都議定書採択→日本削減目標90年比6%減(第1約束期間2008〜2012年)
 1999.05  電気事業法改正
 1999.09  東海村JCO臨界事故
 2000.04  特別高圧(2000kW以上)市場の自由化、PPS(特定規模電気事業者)誕生
 2001.04  小泉純一郎内閣発足(〜2006.09)
 2001.09  米国同時多発テロ(9.11)事件
 2002.06  エネルギー政策基本法
 2002.08  東電原発データ改ざん事件→東電社長、歴代トップ辞任
 2003.03  イラク戦争(〜2010.08)
 2003.04  RPS制度の導入
 2003.06  電気事業法改正
 2003.07  電力自由化推進派の村田成二・経産省事務次官就任(〜2005.07)
 2003.10  エネルギー基本計画策定
 2004.04  大口高圧(500kW以上)市場の自由化
 2005.02  京都議定書発効
 2005.04  高圧(50kW以上)市場の自由化、日本卸電力取引所(JEPX)開設
 2005.10  原子力政策大綱を閣議決定
 2006.03  太陽光発電補助金制度廃止
 2006.05  新・国家エネルギー戦略策定
 2006.08  原子力立国計画策定
 2007.03  エネルギー基本計画第一次改定
 2007.07  総合資源エネルギー調査会、完全自由化の検討を5年先送り
 2007.07  新潟県中越沖地震→柏崎刈羽原発事故
 2008.05  長期エネルギー需給見通し公表
 2008.06  福田ビジョン「低炭素社会・日本をめざして」発表→2020年までに太陽光発電を10倍の1400万kWへ
 2008.07  資源エネルギー庁低炭素電力供給システムに関する研究会(〜2009.07)
 2008.10  経産省商務情報局2050研究会(〜2009.03)
 2009.01  太陽光発電補助金制度復活
 2009.01  米オバマ政権発足→グリーンニューディール政策
 2009.02  経産相、太陽光発電余剰電力の固定価格買取制度導入を表明
 2009.08  長期エネルギー需給見通し(再計算)公表
 2009.08  次世代送配電ネットワーク研究会(〜2010.04)
 2009.09  民主党連立政権→鳩山内閣発足
 2009.11  太陽光発電余剰買取制度開始
 2009.11  次世代エネルギー・社会システム協議会設置&再生可能エネルギーの全量買取に関するプロジェクトチーム発足
 2010.05  次世代送配電システム制度検討会&スマートメーター制度検討会(〜2011.02)
 2010.06  菅直人内閣発足
 2010.06  新成長戦略→グリーン・イノベーションによる環境・エネルギー大国戦略
 2010.06  新たなエネルギー基本計画→スマートメーターの全戸導入
 2010.08  再生可能エネルギーの全量買取制度の大枠決定→住宅用は対象外に
 2011.03  東日本大震災→福島第一原発事故
 2011.04  菅首相、エネルギー政策の見直しを表明

注)可能な限り間違いのないようにまとめたつもりですが、もし年月の間違いがありましたら、ご連絡ください。また、抜けている重要な出来事がありましたらお知らせください。訂正します。

つづく