(おわりに)

  新聞記者として4年目の1887年に、新聞連載していた記事が一冊の本にまとまって中央経済社から「コンピュータ・セキュリティ」という表題で本を出版したことがある。単行本化に当たって、新聞連載した記事に加筆してほしいとの要請があり、1章分を加筆した。

  その加筆部分で、コンピュータ産業、ソフト産業という区分で整理されていた産業分類を見直して、もっと大きな区分で産業分類を再構築する必要があると提言した。他の産業のことなども知らない駆け出し記者が直感だけでそう書いたわけだが、方向性としては間違っていなかったと思う。本は絶版になって私の手元にも残っていない(その後、Amazonで中古本を入手)ので、多少記憶違いはあるかもしれないが、おおよそ次のような内容だった。

 考え方は単純明快だ。『情報』を産業全体の中心に据えて、情報を取り扱って流通させている新聞社や放送局、通信事業者などの「情報メディア産業」、情報を加工・処理するための道具を作っているコンピュータ産業を「情報ツール産業」、情報そのものを制作している映画制作会社やアーティスト・作家などを「情報コンテンツ産業」の大きく3つに区分するというものである。

  「産業分類の再構築」というのはオーバーな表現だが、総務省が管轄する情報メディア産業、経済産業省が管轄する情報ツール産業、文部科学省・文化庁が管轄する情報コンテンツ産業を、トータルに考えて『情報産業』を論じる必要があるのではないかという問題認識である。

  建設業や不動産業も一見すると土地や建物を取り扱っているように考えられがちだが、実は取り扱っているのは『空間』である。人間が生活するための住宅という空間、人や車が通るための道路という空間、水を貯めるためのダムという空間、自動車などの工業製品をつくる工場という空間―。あらゆる空間を作って提供するのが建設業なのである。

 【産業分類比較のまとめ表】

産業分類

情報(主にデジタル情報)

空間

産業インフラ

情報通信網、放送網(保有者は国からNTTなどの民間企業へ)

土地(保有者は国・民間企業から個人・ファンドへとシフト中)

サービス提供者

通信事業者、ネット企業

放送事業者

不動産業者(デベロッパー、流通業者、プロパティマネジメント)

システム構築者

システムインテグレーター、システムベンダー

建設業者(元請け業者、専門工事業者)

部材メーカー

情報機器メーカー、パッケージソフトメーカー

セメント、鉄鋼、木材、設備機器メーカー

計画・設計

情報処理・通信技術者

建築設計者、土木技術者

デザイナー

コンテンツ制作

アーティスト、デザイナー

(作成・千葉)

 二つの産業をこうした形で対比しながら、産業構造の全体像を考えてみることも有益と考えられる。

  例えば、最初の産業インフラでは「所有のあり方」という視点が面白いだろう。バブル時代に国家のインフラである「土地」を誰もが我先に所有しようとして、社会的に大きな混乱が生じた。その反省から、適切な収益を判断する基準(収益還元法)を整備した上で、証券化手法によって個人やファンドなどの投資家が所有する形態が広がってきている。

  不動産会社は、以前は土地を所有して賃貸事業を展開してきたが、不動産を所有して収益を上げるビジネス(自らが投資家となる)と、証券化によって収益を上げるビジネス(投資家に利益を提供する)とでは利益相反となることから、不動産を自ら所有するビジネスモデルからの脱却し、サービスプロバイダーへと特化しつつある。

  一方、通信網、放送網も、かつては国が通信回線や電波を国のインフラとして整備して各事業者に配分していたわけだが、85年の通信自由化で通信回線を民間企業が保有できるようになった。NTTが民営化されたあと、我先にと第二電電などのNCC(ニューコモンキャリア)やVAN業者が通信市場に参入して、通信回線を所有しようとしたわけである。

  しかし、従来の通信サービスはどれも似たり寄ったりで、結局はNTTグループ、KDDIグループ、ソフトバンクグループのほぼ3社に集約され、光通信回線では再びNTTグループの寡占化が進みだしている。

  通信業者が通信だけで儲けようとすれば、通信料はある程度高く設定せざるを得ないし、付加価値サービスで儲けようとすれば、サービス利用を拡大するためにできるだけ通信料は下げた方が良い。土地と似たような利益相反が起こってくる。つまり、土地や通信回線といった産業インフラを最大限に有効活用するには「所有と利用の分離」が不可欠なのかもしれない。

  ソフトバンクの孫正義社長が、ユニバーサル回線会社の設立を提言してみたり、ボーダフォン買収のあと、通信事業を証券化して売却するとのニュースが流れたりしているが、その意図は「所有と利用の分離」であると考えられる。

  さらに不動産賃貸ビジネスと、情報処理システムのASPサービスやパッケージ販売などを対比してみるのも良い。不動産賃貸にも実に様々なビジネスモデルがあり、成功している事例は数多い。通常の賃貸契約でも、明治時代から続く普通借家契約から、最近では不動産証券化に対応して定期借家契約への移行が進んでいるほか、ウイークリー・マンスリーマンションのような短期賃貸契約、大東建託などの資産活用型の賃貸ビジネス、焼肉の牛角を展開するレインズのように商売と賃貸店舗をセットにしてオーナーに提供する賃貸ビジネスまで、「空間を貸す」のも実に様々な「契約」形態がある。

  情報産業でも、オープンソースソフトウェア(OSS)の普及や、多様なネットサービスの登場で、それに合わせてビジネスモデルや利用者との契約形態も多様化していくことになるだろう。「空間の貸す」のも、「ソフトウェアサービスの利用を認める」のも、同じ貸借契約であり、重要なのはやはり「契約」の中身である。

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