第3章 『生産システム』の視点から見た産業構造のあり方

  政府が建設業の産業構造に深く関わってきた背景には、建設業と一般製造業の「生産システム」の違いが大きく影響していると考えられる。建設業と産業構造の類似性が高い情報サービス・ソフトウェア産業のあり方を考えるうえでも『生産システム』の視点は重要なポイントと言えるのではないだろうか。

<自動車産業における下請け構造=系列化>

  自動車産業などの製造業をみても、下請け業者は存在しており、生産システム全体の中で重要な役割を担ってきた。1956年(昭和31年)には「下請法(下請代金支払遅延等防止法)」が制定されるなどの配慮が必要な取引形態であるものの、下請け構造が建設業や情報サービス・ソフトウェア産業ほど重層化して問題になっているという話は、あまり聞いたことがない。製造業においては、下請け構造の重層化に歯止めがかかる何らかの「ブレーキ機能」が組み込まれており、それが上手く機能していたとも考えられる。

  なぜ、下請けの重層化が、製造業においては深刻化することがなかったのか? 

  自動車の生産システムでも、完成車メーカーと部品メーカーはいわゆる元請け・下請けの関係にあり、部品メーカーの存在が、自動車生産の効率化やコストダウンに大きく寄与してきた。

  自動車生産システムで重要なのは、いかに効率的に部品を組み立てられるか―。そのためには部品点数をできるだけ減らし、作業員やロボットが組み立てやすい設計とすることが有効とされる。昔はネジ・ボルトなどの汎用部品が多く使われていたかもしれないが、世界規模で展開される厳しい価格・性能競争に勝ち抜いていくために、部品レベルの設計から最適化を図り、複数のパーツで構成していた部品をユニット化して同時にコストも下げる、といった取り組みが恒常的に続けられてきた。

  部品の専用化が進めば、完成車メーカーと部品メーカーの関係は緊密化し、元請け・下請け関係というよりも「パートナー関係」に近くならざるを得ない。専用化された高度な部品を製造するのに、下請けの重層化は明らかに非効率である。むしろ、連携を強化するために資本参加を含めた「系列化」が進んできた。

  ただ、系列化も、日産自動車のカルロス・ゴーン社長が就任したあとに“系列解体”に着手したように、行き過ぎると競争原理が働かずにコスト面でマイナス影響が出てくる懸念がある。それでも、系列化のメリットが製造業では大きいと考えられるのは、部品の専用化に起因しているのではないだろうか。

<系列が希薄な建設業の下請け構造>

 建設業でも、主要なゼネコンは下請け業者を「協力会」という形で組織しており、一見すると製造業と同様に系列化が進んでいるように見える。しかし、建設業における系列の目的は、自動車のように部品を専用化するためではなく、主に施工品質を確保するため。ゼネコンが要求する品質とコストをクリアできる技術力があれば、下請け業者に入り込むのは製造業ほど難しくはない。

  建設業での系列が、製造業と比べて関係が希薄なことを証明したのは、連鎖倒産の少なさだ。製造業企業が倒産した時には、まず系列の下請け業者の連鎖倒産が心配される。90年代後半に不良債権問題でゼネコンの経営危機が表面化したときも、当初は建設業界でも連鎖倒産の発生が危惧されたが、実際には予想されたほどの影響はなかった。建設業での系列化は、優秀な下請け業者や職人を“囲い込む”といった程度ものだったのだろう。

  元請け業者と下請け業者の関係が、製造業における系列ほど緊密なものにはならず、流動的な関係であるならば、建設下請け業者の経営者なら何を考えるだろうか。

  いつ仕事を切られたとしても、リスクを最小限で食い止めることができるように、固定費をできるだけ抑制する。つまり、正社員の雇用をできるだけ抑えて、足りない分は下請け業者でカバーすれば良いと考えるのが当然だろう。

  建設業の場合、特殊な技術や工法が必要な工事は限られており、部品の多くは汎用化されていて、代替可能な下請け業者の数も多い。元請け業者にしても、第一次下請け業者が請負契約どおりに工事を行ってくれれば良いわけで、その下に第何次まで下請け業者が入っているかは関心がないし、知らないのが普通。つまり「生産システム」の中に系列化のような歯止めをかける機能が欠落しており、下請けの重層化が進みやすい産業構造となっているのである。

  しかし、発注者にとっては、下請けの重層化は大きな懸念要素ではあるはずだ。いくら元請け業者が責任を取ると契約書に明記したとしても、いわゆる“ピンはね”ばかりが行われて、手抜き工事の原因になるのは明らかだからである。さすがに建設業法では「丸投げ」は禁止されているものの、正しい契約行為が行われている限り、下請法などの現行法体系で下請けの重層化を禁止することも難しいのではないだろうか。

  「発注者は、“良いものを安く”というのではなく、“良いものを適正な価格で”と考えるべきだ」

  建設業界では、厳しいコスト削減を要求されている下請け業者から、こうした意見・要望がよく聞かれる。建設業法でも「不当に低い請負代金の禁止」が明記されてはいるが、発注者にとっては何を持って「不当」というかの判断は難しい。さらに適正な価格を払ったところで、手抜き工事が行われない保証はないし、“楽して儲けたい”との心理が働く以上、下請けの重層化が解消されるとも考えにくい。

  発注者が個人や私企業である以上「良いものを安く」は当然の要求と考えざるを得ない。

  その要求に応えられる「生産システム」を構築することが、その産業の社会的使命であり、国際競争力の源泉にもなる。実際に、自動車産業でトヨタ自動車やデンソーが、家電産業では松下電器産業やシャープが実現して、産業全体の発展に大きく寄与している。

  「良いものを適正な価格で…」と要望せざるを得ない産業や、1円入札が横行する産業は、残念ながらその「生産システム」に欠陥があると考えざるを得ない。過当競争によるデータ偽装や手抜き工事などの問題に歯止めをかかるような「ブレーキ機能」を、生産システムの中に組み入れることを考えるべきだろう。

 ただ、リーディング企業の生産システムが“系列”を通じて産業全体に波及しやすい製造業と、多様な生産システムが乱立したまま相互干渉しやすい建設業や情報サービス・ソフトウェア産業では、置かれている状況が大きく異なっているのも事実だ。

  加えて、請負契約が、もともと「片務性」が生じやすい契約方式である。昔から、建設業には「ケガと弁当は手前(自分)持ち」との言葉がある。つまり、労働災害も含めて「請負」による自己責任での処理を求められてきた歴史がある。

  請負契約であれば、直接の雇用関係があるわけではないので、雇用保険や年金などの社会保障費も負担しないで済むという考えに陥りやすい。最近になって製造業でも「偽装請負」が密かに浸透していたことが話題となっているが、建設業や情報サービス・ソフトウェア産業ではずっと以前から「下請けの重層化」という形の「偽装請負」が進行していたわけである。

  建設業の生産システムが、大手ゼネコンを中心として民間だけで構築するのは、やはり不可能だったと考えざるを得ない。今回の耐震強度偽装問題を見ても、第三者の民間検査機関が検査する制度があったからこそ大幅な強度不足が発見できたわけで、政府が何らかの形で関わらざるを得ない部分は少なくないだろう。

  しかし、政府自身も最大の発注者という立場であったためか、請負契約の「片務性」を解消する努力が不十分だったとの印象は否めない。発注者にとっては都合が良いからであるが、そのしわ寄せは、発注者から元請け業者、元請け業者から下請け業者、そして「一人親方」という形で“偽装請負”を強要されている建設労働者へと及び、優秀な人材が寄り付かないような“3K職場”が形成されてきた。

  10年前に、大手電力会社の建設発注責任者が取材で、建設業に対してこんなことを語ったことがある。

  「建設業界は、いつまで建設労働者の社会的な地位を低いまま放置しておくつもりなのだろうか?」

  建設生産システムの根幹を支える建設労働者を取り巻く環境は、とくに地方を中心にして、今も悪化の一途をたどっている。

<情報サービス・ソフトウェア産業の「生産システム」とは?>

 情報サービス・ソフトウェア産業の産業構造について、「生産システム」の視点から議論されたことがあっただろうか。急激な技術革新ばかりに目を奪われ、利用者の観点から市場を整備する努力を怠ってきたのではないか。

  利用者からの信頼を得られない市場では、産業が育たないのも当然である。

  もし、市場原理に任せ、自由競争を促進させれば、自動車や家電などの製造業と同じように情報サービス・ソフトウェア産業も発展すると考えてきたとしたら、産業構造の根本的な違いについて認識不足だったのではあるまいか。

  2005年8月にスタートした経済産業省の産業構造審議会経済分科会情報サービス・ソフトウェア小委員会の議論では、産業構造のあるべき姿を描いたうえで、それを実現するための施策の検討が進められている。先に公表された中間とりまとめでは、情報サービス産業の産業構造を次のような概念図(クリックで拡大)で描いている。

【図3-1】情報サービス産業の産業構造(現状)

 まさに、建設業と同じ重層下請け構造を示したものだが、重層化した元請けと下請けとの間で、業務がどのように流されていているのか。プロジェクト管理がどのように行われているのか。この概念図だけでは、情報サービス産業が置かれている状況や課題が十分に分析できているとは言えまい。なぜ、情報サービス産業において、建設業と同じ重層下請け構造が生じたのか。その原因が特定されていなければ、対策を講じることも不可能である。

 さらに「在るべき姿」も、一般的なプロジェクトマネジメントの概念図のようなものが示されているだけで、これも「絵に描いた餅」と言わざるを得ない。少なくとも、指示や報告などの「情報」、実際に開発した設計図や製品などの「モノ」、そして開発に必要な資金などの「カネ」の3要素の流れを分析した上で、「在るべき姿」を描かなければ、ユーザー企業にとって本当に有益であるかどうかを判断することもできないだろう。

【図3-2】情報サービス産業の産業構造(在るべき姿の一例)

   一方で、国土交通省の建設産業政策研究会で議論のたたき台として示された概念図は、民間建築と公共土木に分けて作成され、課題の所在についても分析が加えられている。

【図3-3】建設生産システムのフローと課題(民間建築の例)

  建設業では、図が示すように、建設生産システムのフローが、そのまま産業構造となっていることが判る。産業全体が、様々な建設構造物の作るためのひとつの「生産システム」として機能してきたわけだ。しかし、緻密(?)に構築されているはずの「生産システム」も、顧客ニーズや資金調達方法などの外部環境の変化によって上手く機能しなくなる。建設業も、90年代後半から、そうした問題に直面して苦しんでいるのである。

  情報サービス・ソフトウェア産業でも、最初に産業構造の在るべき姿を議論するのではなく、生産性が高く、効率的で透明性の高い「生産システム」の業務フローを検討したうえで、それを実現するための産業構造の在るべき姿をどのように実現するかを考えるのが正しい順序だろう。

  情報サービス・ソフトウェア小委員会の中間とりまとめでは、ユーザー企業の「強い発注コーディネーション能力」を前提と「在るべき姿」が描かれている。確かに「生産システム」のなかで、「発注者」や「ユーザー企業」が重要な役割を担っている。しかし、ユーザー企業の「強い発注コーディネーション能力」を前提に「生産システム」のあり方を考えるのは、あまり現実的な解決方法ではないだろう。

  また、中間報告では、情報サービス・ソフトウェア産業の「サービスモデル」の類型を示しているが、産業構造のあり方を議論するうえで「サービスモデル」は「生産システム」と並んで重要なテーマである。

  建設構造物を考えた場合でも、建設業が担っているのは基本的には建設構造物の「生産システム」である。建設構造物の「サービスモデル」を担ってきたのは「不動産業」であり、95年頃に欧米から不動産価格の評価方法として「収益還元法」が導入され定着したことで、過去10年間に劇的にサービスモデルが変化してきた。

  企業が自ら発注者になって本社ビルの建設を発注するケースはバブル前に比べて大幅に減少。機関投資家などから資金を集めて建設し、それを上場ファンドであるJ-REITに売却するなどのスキームが広く利用されるようになっている。さらに、公共分野でもPFI(プライベート・ファイナンス・イニシアチブ)やPPP(パブリップ・プライベート・パートナーシップ)といったスキームが導入され、今後さらに拡大すると予想されている。

  建設業の「生産システム」の不具合がバブル崩壊後に大きくなってきたのも、不動産業や公共事業における「サービスモデル」が大きく変化してきたためである。不動産関連の金融商品が増えるなかで、今年6月には投資家保護の観点から金融取引法が成立、その影響が今後、じわじわと建設業の「生産システム」にも及ぶことになるかもしれない。

  情報サービス・ソフトウェア産業においても、「サービスモデル」の観点から、産業構造のあり方を議論することは有益であると思われる。利用者に信頼される市場を形成していく努力を続けることが、産業の発展にとって最も重要な要素である。

(5)につづく

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