第1章 情報サービス・ソフトウェアと建設―その共通性に関する仮説

 日本標準産業分類によると、建設業は製造業と同じ第二次産業の「建設業」に、情報サービス・ソフトウェア産業は第三次産業の情報通信業のなかの「情報サービス業」に区分される。2つの産業とも「非製造業」という点では共通しているが、分類上は大きく異なる産業である。

 しかし、最終的に提供しているのは、建設業は「建設構造物(建物および土木構造物)」であり、情報サービス・ソフトウェア産業も「情報処理システム」という”製品”である場合が多い。製品を作り出している“ものづくり”産業でありながら、両方とも製造業には分類されないできた産業なのである。

 なぜ、製品を作り出していながら、製造業ではないのか?

 2つの産業を共通の枠組みのなかで定義づけるとすれば『製品をつくるための専門的な役務・サービスを提供する産業』と言うことができるだろう。

 この定義に当てはまる産業を日本標準産業分類の中から改めて探してみたのだが、大項目、中項目レベルでは見当たらない。そのような定義付けが可能な産業は、「建設業」と「情報サービス業」の2つしかないのである。

 2つの産業が『製品をつくるための専門的な役務・サービスを提供する産業』として成立した理由は、2つの産業が作り出している製品の特性に起因していると考えられる。

 建設構造物は、土地に設置して使うもので、設置場所で職人たちが作り上げる必要がある。価格も戸建て住宅で数千万円、超高層ビルでは数百億円と高額なため、その多くは個別注文生産でつくられてきた。

 情報処理システムも、当初はコンピュータそのものが非常に高額(現在も決して安いわけではない)であり、処理したい業務に合わせて最適なプログラムを注文生産で開発することが求められてきた。

 現在では、パソコンなどのハードウェアの低価格化が進み、ソフトウェアもパッケージ製品が増えてきた。しかし、法人の基幹業務システムや電力、通信などの社会インフラを担う大規模システムや、全く新しいビジネスモデルを実現するための戦略システムは、パッケージソフトでは対応できないため、建設構造物と同様に個別注文生産で開発する必要がある。

 ただ、個別注文生産ということであれば、船舶やプラント機械などの製品もある。それらの産業は、製造業の中の「機械器具製造業」に区分されており、個別注文生産だけで製造業と建設業の違いを説明するのは無理があると思われるかもしれない。しかし、一定規模以上の大型船舶では個別注文生産でも、需要の多いモーターボートなどの小型船舶を考えると、自動車と同様に「製品の汎用化」が実現している。それで消費者も十分に満足しており、わざわざ個別注文を要求することはない。

 これに対して建設構造物の場合は、小規模な戸建て住宅を新築するときでも、個別注文生産のニーズが強い。戦後、住宅の工業化が進められるなかでハウスメーカーが誕生し、自動車や小型船舶のように汎用化した住宅、いわゆる「企画型住宅」が数多く発売されたものの、消費者にはほとんど受け入れられなかった。

 建築構造物には「土地」という絶対的な制約条件があるからだ。土地は、形状も地盤の状態も千差万別であり、場所によって容積率や高さ制限などの規制も異なる。しかも土地は高価で選択肢も限られるため、土地と居住者のニーズの両方を満足するには、どうしても個別注文生産にならざるを得ない。

 マンションや建売住宅などの分譲住宅の場合でも、居住者が決まっていない段階で製品開発を行うわけだが、やはり土地ごとの個別設計・生産が必要になる。建設構造物は、大規模なダムや道路はもちろん、戸建て住宅のような小規模なものまで、汎用化するのが非常に困難な製品である。

 その点は、情報処理システムも同じだ。例え業種が同じでも、企業規模、取扱商品や仕入れ方法、経理処理の方法などは企業ごとに異なるわけで、それぞれの企業が自社のやり方に合わせた情報処理システムを構築しようとすれば、個別注文生産するしかない。結局、建設業と同様に、発注者の要求仕様に基づいて設計・生産するのに必要な専門的な役務・サービスを提供するという産業構造形態とならざるを得なかったと考えられる。

 製品の汎用化が難しい建設分野では、古くからモジュール化や部品・部材の汎用化が進められてきた。これに対して、汎用化して大量生産が可能になった工業製品では、部品レベルから最適設計を行い、専用化することが多い。生産手法の面で、全く正反対のアプローチがとられているのである。

 「製品=専用化、部品=汎用化」か、「製品=汎用化、部品=専用化」か―。

 そう対比させてみると、情報処理システムはこれまでのところ、建設構造物の方に近い生産手法に向かってきたと考えられるだろう。

 初期の情報処理システムが、ハード、ソフトのゼロ開発からスタートして、その後は徐々にモジュール化やパッケージ化が進み出し、現在ではサーバー、パソコン、パッケージソフトなどの汎用部品を組み合わせて、システム構築する手法が一般的である。

 もし、将来的に全てのユーザーが汎用製品だけで満足するような時代になれば、情報サービス・ソフトウェア産業も製造業に近い産業へと転換していく可能性も考えられる。企業のやり方に情報処理システムを合わせるのではなく、汎用パッケージのやり方に合わせて企業の方が変わっていく。郵政公社の民営化に当たって、新しく情報処理システムを構築するのではなく、りそな銀行が開発したシステムを譲り受けようとしているのも、そうした流れを示した事例とも考えられる。製品の汎用化が進めば、現在のような情報サービス・ソフトウェア産業のサービス形態は徐々に衰退していくかもしれない。

 果たしてどちらの方向に進むかは判らないが、最後は「ユーザーがどのような情報処理システム・サービスを求めているのか」という点に行き着く。ユーザーが求めるサービスやシステムに応じた生産手法を、産業としてどのように確立していくか。それによって、産業構造のあり方も大きく変化していくと考えられるのである。

(3)につづく

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