愛知県西尾市は、PFI事業見直しで2019年4月にSPCとの契約変更を通知し、2工事を市で単独発注した。世論に訴えてSPC「エリアプラン西尾」側の抵抗を抑え込もうとしたが、2工事のうち一つは国家賠償請求訴訟に発展。もう一つも西尾市が申し立てた民事調停の足枷となる事態に陥っている。2つの工事の経緯を振り返るとともに、改めて西尾市に現状を突破する打開策があるのかを検証する。

SPC、市側の二重契約と判断し国賠訴訟へ

 西尾市が単独発注した工事は「一色B&G海洋センタープール(以下、BGプール)」の解体、吉良地区の「きら市民交流センター(仮称)支所棟(以下、きら支所棟)」の改修の2件だ。

 最初にBGプールから経緯を見てみよう。

 BGプールは、公益財団法人ブルーシー・アンド・グリーンランド財団が建設し、旧一色町に寄贈した屋根付きプールで、当初のPFI事業では老朽化が進んでいるため解体することが決まっていた。しかし、18年3月に西尾市が打ち出した見直し方針で「大規模修繕が必要となった場合に解体」となり、しばらくは現状のまま使用し続けることになった。

 その年の7月に発生した台風でBGプールの屋根が破損するという事態が起きた。さらに9月の台風でも被災し、BGプールを閉鎖し、解体せざるを得なくなった。SPCでは、契約通りにPFI事業として解体工事を行うことを主張してきたが、早急に解体しなければ危険な状態であることを理解したうえで、“特例”として西尾市側が求める単独事業で解体することに応じる姿勢を示した。

 PFI事業見直しを進める西尾市では、19年2月25日に業務要求水準書の変更通知をSPCに送付し、3月25日までに回答を求める措置に打って出てきた。ただし、この段階では、BGプールの解体のみをSPCで実施する場合は、事業日程とサービス対価を明らかにした書面を提出することを条件に、「SPCでの事業の実施を検討する」と明記していた。

 SPCでは、3月25日の回答期限までに西尾市とBGプール解体の協議を行ったが、市側の条件提示などが遅れ、時間的に間に合わなくなった。事前に見積もり書の提出は4月5日になると伝え、3月25日のSPC回答には「法令や契約に基づき、両者の合意をもって適法かつ適切な手続きにより契約変更を行うこと」「業務要求水準書の内容を適法かつ適切なものにすること」「事業日程を実務的に実現可能な内容にすること」などの合意条件を記載した。

 しかし、3日後の3月28日になって、西尾市はSPC回答に事業日程とサービス対価の書面提出がなかったことを理由に、BGプール解体を市で行うことを一方的に通告。4月12日には解体費用の補正予算を市議会で可決し、5月に解体業者を決める入札を実施した。4月7日の県会議員選挙の前に、SPCから工事を引き剥がしてPFI見直しの成果を示したかったためとみられる。

 西尾市としては、手続き上、問題ないとの立場だが、SPCはこの時点で契約変更には応じておらず、二重契約状態になったと判断。工事を担当するデベロッパーの西尾地域開発では、BGプールの解体工事が完了するのを待って、19年12月に市に約1200万円の支払いを求める国家賠償請求訴訟に踏み切った。

西尾市が解約した建設会社を処分できない訳

   次にきら支所棟の見直し経緯を見てみよう。

 当初のスケジュールは、2016年度中に設計を行い、17年度に施工して18年3月末までに完成する計画だった。中村健市長が就任してPFI事業見直しが始まって工事の即時停止通知が出た17年10月には、ほぼ外観も仕上がり、内装や外構などの工事を残した状況だった。

 矢作地所では、納期が迫っていたので工事を急いでいたが、工期を9か月間先送りにすることを条件に、18年1月に工事を中止した。3月に出た西尾市の見直し方針で、きら支所棟は、当初予定していたフィットネススタジオ機能は整備せずに用途変更することになり、新たに改修工事を行うことになった。

 しかし、西尾市との協議が進まないままにタイムリミットとなったため、矢作地所では予定通りに9月に工事を再開。建築完了検査が通るレベルで工事を終わらせ、未完成のまま2018年12月に建物を西尾市に引き渡すことになった。この段階で、きら支所棟はPFI事業の対象から外れ、改修は市で行うことになり、市はBGプールの解体費用と合わせて19年4月に予算化した。

 ところが、西尾市の担当者は、きら支所棟の改修の依頼先として、これまで設計・施工を行ってきた矢作建設工業が最適と判断したようだ。矢作建設に、設計・施工分離の随意契約で支所棟の改修工事を発注したのである。

 矢作建設が7月に改修設計が完了して提出した見積もり額は、当初予算の1億円を大幅に上回る2億5000万円だった。市の担当者は慌てて工事費引き下げを交渉するものの、矢作側が応じないため、当初の随意契約から入札方式に変更。憤慨した矢作建設は解約してしまった。

 西尾市では、矢作建設に契約違反があったとして「違約」で処理できると考えたようだ。しかし、公共工事で違約した事業者には入札参加資格審査会で何らかの処分を行わなければならない。そうなると「違約」として処分する事実関係を明確にする必要が出てくる。

 8月の審査会では、矢作建設の処分は異例の継続審議となった。事実関係を明らかにすると市側の対応も問われることになるからだ。市議会からは「(継続審議は)違約金の徴収義務違反ではないか」との指摘があるが、現在も宙ぶらりんの状態が続いている。

 公共工事では、国や自治体などの審査会で指名停止などの処分を行うと、他の自治体などでも同様の処分が行われる。矢作建設の場合、国や県の仕事もしているので影響は甚大だ。西尾市が処分を行えば、矢作建設は事実関係を明らかにして西尾市に対して巨額の損害賠償を請求する可能性が出てくる。それを恐れて「西尾市としても身動きが取れないのではないか」と推測されている。

民事調停でも「違約」処分問題がネックに

 西尾市が19年4月に申し立てた民事調停も、市の思惑通りには進んでいない。市が3月に送付した業務要求水準書の変更通知では、変更後のサービス対価は総額約140億円と算定し、変更前の約199億円から3割近く削減する内容だ。この変更通知に伴うSPCの損害賠償額を、調停を通じて合意することで、SPCに変更通知を一括で受け入れさせようというシナリオだった。

 しかし、変更通知は、全ての業務で見直しを求めているわけではなかった。施設によって事業内容を見直さなくても良いものと、見直しが必要なものがある。見直しが必要ない事業は、損害賠償額を算定する必要はないわけで、わざわざ調停に持ち込む必要がない。調停員会では、見直しが必要ない事業は、調停から切り離して両者で合意するように差し戻した。

 一方、見直しが必要な事業は、今後の協議次第できら支所棟のように切り離されてPFI事業でなくなる可能性がある。それによって損害賠償額は大きく異なる。調停員会も、まずは見直し内容を確定するように西尾市に求めたが、見直し事業の最大の目玉である「きらアリーナ棟」を担当しているのは「違約」処分問題で継続審議となっている矢作建設工業の子会社である矢作地所だ。今後の協議は難航するとみられている。

 さらにPFI事業の見直しで、事業全体の収支見通しが立たなくなり、金融機関などから民間資金を調達できない状況となっている。工事が完了した時点で西尾市が一括払いで施設を買い取り、民間資金を使わないのであれば、もはやPFI事業ではなくなる。

 当然、市内建設業者などから「PFI事業でないのなら工事を再入札にかけろ!」との声が出てくるのは必至だ。そうした要請に応じれば、損害賠償額がさらに増えるのは避けられない。

PFI見直しに子どもたちから不満の声

 今回のPFI事業の見直しによって西尾市では、サービス対価を大幅に削減したことをアピールする。その一方で、損害賠償額などの増加費用はまだ明確になっていない。SPCでは、17年10月の工事中止に伴って発生した損害を請求しているが、係争中で賠償額は確定していない。

 この裁判では、2019年秋に裁判所から和解案が示されたが、西尾市側が受け入れを拒否した。これまで市議会に対して賠償額はさほど大きくならないと説明してきただけに、予想以上に賠償額が大きかったので和解案を受け入れられなかったとみられている。しかし、2020年3月には判決が言い渡される予定で、損害賠償額が公表されるのも時間の問題だ。

 今後、国家賠償訴訟などの裁判が進み、民事調停で損害賠償額の算定も進むと、徐々に増加費用がどれぐらい膨れ上がるのかも見えてくるだろう。それを市議会や西尾市民がどう評価するかである。

 前回の17年6月の市長選挙では、約1年前の16年春頃からPFI反対派の動きが活発化して選挙の争点となっていった。次の2021年6月の市長選挙では、中村健市長が推進したPFI見直しの成果が問われることになる。

 PIF見直しに対して、市民の間でも賛否が分かれる。PFI見直しによる寺津温水プールの建設中止問題では、寺津中学校の学生会議で生徒たちから「大人の請願だけを聞いて、僕らは新しいプールが欲しかったのに、生徒の意見を聞かないままで建設中止にすることは残念だった」との意見が出ていた。

 19年2月の市議会で、尾崎智教育長が「その意見を表に出さないことになっていた」と答弁して大問題となった。尾崎氏は、3月に辞職したが、近くPFI事業に対する住民監査請求を行う準備を進めている。

 今後、西尾市でのPFI見直しの実態が、どこまで市民に伝わっていくか―。プラス面とマイナス面の両方の情報をできるだけオープンにし、次世代の子どもたちの声も聞きながら、次の市長選挙で有権者が判断を下す以外に、西尾市のPFI事業をめぐる混乱を打開することはできないのではないだろうか。

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