愛知県西尾市のPFI事業の見直しが始まって2年半―。2020年1月から民間事業者による国家賠償請求訴訟が始まるほか、2018年5月にスタートした特定目的会社(SPC)の損害賠償請求訴訟の判決は20年3月に言い渡される。19年4月からは西尾市の申し立てによる民事調停も始まったが、話し合いは暗礁に乗り上げている模様だ。これまでPFI事業見直しを主導的に進めてきた中村健市長の任期も20年7月で残り1年となる。次期選挙に向けて見直し成果をアピールしなければならない時期だが、事態は混迷を深め、泥沼の様相を呈している。

SPC、地元デベロッパー育成で新会社

 西尾市のPFI事業見直しについて、インフラビジネスJapanでも18年5月に詳しく報じているが、改めて経緯を整理しておく。

 西尾市は2011年に幡豆郡3町(一色町、吉良町、幡豆町)との合併によって増えすぎた公共施設を統合・整理するため、12年に公共施設再配置基本計画を策定。14年に具体的な実施計画をPFI事業として進めることを決め、16年6月にSPC「エリアプラン西尾」(社長・岩崎智一氏)と契約を結び、PFI事業をスタートさせた。

 SPCでは「PFI事業を担える地元デベロッパーを育てたい」との西尾市経済界の要望を受けて、若手経営者を中心に新会社「西尾地域開発」を設立。名古屋鉄道グループで東証一部上場の矢作建設工業の子会社デベロッパー「矢作地所」と連携し、2社体制で事業を進めることにした。

 矢作地所は、吉良地区の「きら市民交流センター(仮称)支所棟(以下、きら支所棟)」と「同アリーナ棟(以下、きらアリーナ棟)」の新設を担当。残りの「きらスポーツドーム(仮称)」の新設、一色地区の「旧一色支所」の解体、学校施設関連の「吉良中学校」の改修、「一色B&G海洋センタープール(以下、BGプール)」の解体などを西尾地域開発が受け持つことになった。

 その一方で、16年春頃から共産党系市民団体や地元建設会社を中心にPFI導入に反対する動きが表面化。17年6月の市長・市議会議員選挙では、PFI事業見直しを掲げた中村健氏が当選し、10月に工事の即時中止を通知したうえで18年3月にPFI事業の見直し方針を策定・公表した。それに基づいて西尾市とSPCとの間で見直し協議を開始したところまでをレポートした。

西尾市、「業務要求水準書」変更で契約見直しを強行へ

 SPCでは、見直し方針が出て協議が始まった当初、西尾市側の一方的な対応に損害賠償を請求し、「SPC側からPFI事業を早期に解除しよう」との意見も出ていた。しかし「契約解除で喜ぶのはPFI見直し推進派の方だ。賠償金の原資は、自分たち西尾市民が支払った税金であり、今回のPFI事業の混乱を招いた責任を明確にしていく必要がある」として、PFI契約や関係法令に基づいて対応していく方針を決めた。

 西尾市のPFI契約には、もともと契約解除の条項が盛り込まれていなかった。見直し方針では「きらスポーツドーム」など新設施設4事業や吉良中学校など改修2事業の取りやめを打ち出したが、西尾市では各施設について取り決めている「業務要求水準書」を変更することで事実上の契約解除が可能と解釈。18年6月にSPCに業務要求水準書の変更案を通知した。

 SPCでは、西尾市側の解釈は国が定めたPFIガイドラインに基づいているかどうかを内閣府民間資金等活用事業推進室(PPP/PFI推進室)に確認した。国からは「一般論として業務要求水準書の見直しで契約解除することはできない」との回答を得た。

 これを受けて、PFI見直し問題で西尾市副市長を辞任した増山信也氏が中心となって9月に住民監査を請求した。今回の見直しで西尾市に損害が発生するとしてPFI契約の変更差し止めなどを求めた。

 しかし、西尾市は「内閣府の見解は一般論で、西尾市には当てはまらない」として11月に請求を棄却。19年2月に正式に業務要求水準書の変更通知を送付して、SPC側に3月末までの回答を迫った。

県会議員選挙前に市の単独工事の発注決定

 西尾市が業務要求水準書の変更を急いだ背景には、19年4月に愛知県会議員選挙が迫っていた事情がある。2年前に中村市長が当選したのは、市役所内でPFI見直しを画策していた幹部職員が所属する共産党と、建設談合を仕切っていた地元建設業者が支援する自民党が、PFI見直しの一点のみで結託したためと言われる。

 しかし、それから2年が経過したものの、PFI見直しが進まず、地元建設業者への見返りが実現しない状態が続いていた。

 19年2月に過去最多得票で3選を果たした愛知県の大村秀章知事は、西尾高校OBでPFI推進派として知られる。PFI問題が影響しているかどうかは分からないが、西尾市での県発注の公共工事が絞られている状況が続き、市内建設業者の不満が高まっていた。

 そうした状況のもと、定員2人の西尾選挙区に現職2人に加えて増山前副市長が立候補を決断。自民党公認の現職県議としては、再び共産党と手を組むわけにもいかず、西尾市発注の公共工事を増やすことを約束して、地元建設業界に選挙協力を要請したと言われる。そのためにはSPCから工事を取り上げ、市の単独事業として工事発注した実績を見せる必要があった。

 選挙直前に、西尾市は、きら支所棟改修とBGプール解体の2工事を市の単独事業で実施することを決定する。結果的に増山氏は落選し、選挙後に2工事の補正予算を市議会で可決。西尾市は、業務要求水準書の変更に基づく契約変更をSPCに求めて、民事調停の申し立てを行った。こうして事態は一段と混迷を深めていく。

 ■西尾市PFI事業の動き

2016年 6月・SPC「エリアプラン西尾」と契約を締結し、PFI事業がスタート

2017年 6月・西尾市の市長・市議会議員選挙を実施

     7月・市長にPFI見直し派の中村健氏が就任

     8月・PFI事業見直しを正式表明

     10月・SPCに工事の即時中止を通知

2018年 1月・矢作地所、きら支所棟の工事を中止

          3月・PFI事業の見直し方針を発表

    5月・SPCが西尾市を相手に損害賠償請求訴訟

    6月・業務要求水準書の変更案を通知

    7月・一色B&G海洋センターのプール(BGプール)の屋根が台風で破損

    9月・BGプール閉鎖を発表

     ・きら支所棟の工事を再開

     ・元副市長、PFI事業で住民監査請求→棄却(11月)

   12月・きら支所棟を未完成のまま引き渡し

2019年 2月・SPCに業務要求水準書の変更通知を送付し、回答を要請

                    →BGプール解体は単独事業としてSPCに発注する検討を表明

    3月・SPC、業務要求水準書の変更通知に回答

                   →BGプール解体への対応を表明(25日)

     ・BGプール解体をPFI事業から除外し、市での施工を表明

                   →SPCは契約違反と意見表明(28日)

    4月・SPCに業務要求水準書の変更決定を通知(3日)

        →SPCが意見書を送付

     ・民事調停申し立てを市議会で議決

                    →きら支所棟改修とBGプール解体を単独事業での実施を表明(5日)

      ・愛知県会議員選挙(7日)

     ・きら支所棟改修費とBGプール解体費の補正予算を可決(12日)

     ・SPCに調停申し立ての通知を送付(15日)

     ・きら支所棟改修を矢作建設工業に依頼

                   →設計と施工を随意契約で発注

    5月・BGプール解体工事入札を公示し業者を決定

    7月・きら支所棟の改修費予算オーバーで、工事を入札に変更

                  →矢作は解約→西尾市は違約で処分へ

    8月・入札参加資格審査会での矢作の処分を継続審議に

   12月・西尾地域開発がBGプール解体で国家賠償請求を提訴

2020年 3月・SPCの損害請求訴訟で判決(予定)

下につづく

お問合せ・ご相談はこちら

「未来計画新聞」は、ジャーナリスト千葉利宏が開設した経済・産業情報の発信サイトです。

お気軽にお問合せください_

有限会社エフプランニング

住所

〒336-0926
さいたま市緑区東浦和

日本不動産ジャーナリスト会議の公式サイト

REJAニュースサイト

IT記者会の公式サイト