西尾市をより良くしようとしたPFI事業が対立を生み、選挙の争点となって反対派が勝った。反対派や市民の不信感を助長した論点の一つに、開示資料の黒塗り問題がある。

情報開示

記者A 中村氏をはじめとして反対派の議員は、PFI事業について市民への説明や情報公開が不十分だと主張し、前市長の秘密主義を強く批判していた。情報開示請求で出てきた「黒塗り」の資料が問題となっていた。

記者C この問題については、市やエリアプラン西尾側の言い分を補足しておきたい。建設工事の正式契約前に情報開示を求められたので、市は黒塗りの資料を出さざるを得なかった。当時は、東京都の豊洲市場で情報公開の問題が取りざたされていた。朝日新聞が、黒塗り資料が写真付きの記事にしたことで、「情報公開していない」という印象を植え付ける結果になった。市は、契約後は通常のPFI事業以上に情報開示を行ったというが、最後まで黒塗りの印象を払しょくできなかった。

記者B 知的財産権や個人情報の関係で出せない部分もあったのだろうが、黒塗り問題は市民の不信感を募らせた。16年9月の議会では、鈴木規子議員が、契約締結後に議員に配付された企画提案書の黒塗り部分を例示している。SPC構成企業、協力企業各社の役割と特徴、同事業のスキーム図、資金調達計画、不測の事態の対応策の半分以上、財務リスクの提言部分など、140ページのうち黒塗り部分は164カ所あると指摘。「契約が済んでからもなお、こんな大切な部分を黒塗りにしなければならない必要がどこにあるのか」と発言している。

A エリアプラン西尾では、プライバシーの観点から個人の名前、建設工事の発注予定に関わる金額、事業ノウハウに関わるスキーム図の3つは配慮を要請したと言っている。市との契約が済んだからと言って、工事発注前の買い取り予定金額を公開させる方が問題ではないか。金額を公開したら建設会社との価格交渉もやりにくくなる。SPCでは市議会議員に配慮して個別に企画提案書の閲覧に応じていたが、閲覧した議員は1人だけだったようだ。

A ほかに指摘された問題点は?

B 「西尾市のPFI問題を考える会」のメンバーである西尾市職員組合の市川京之助氏が、自治体問題研究所の会報に「自治体の公共事業のあり方を問う〜西尾市方式PFIの考察」という論文を寄せている。ここでは、建設業法、PFI法、官公需法の三つの法律に違反しているおそれがあるとも指摘している。16年11月には、PFI事業契約の無効を求める住民監査請求が提出された。17年1月に請求は棄却されたが、その後、名古屋地裁に公金支出差し止めを求める訴訟を起こした。西尾市方式には法的な問題があるとのイメージがついたかもしれない。

A 住民訴訟の余波として、金融機関がSPCへの融資をストップしたという話も聞く。

C 訴訟が起きれば、金融機関がその影響を審査するのは当然だ。すぐに訴状を取り寄せて内容を調査したようだが、PFI事業に影響はないと判断して融資は継続している。今回のPFI事業は買い取り方式なので、施設が完成して引き渡すまでの事業費を不動産会社や建設会社が負担しなければならないが、その融資にも影響は全く出ていない。

PFI未経験の西尾市

A 西尾市の顛末から何を受け止めたらよいのか、もう一度整理したい。

B 自治体に新しいやり方を持ち込むPFIは「政争の具」にされやすいし、住民感情もコントロールできない。そして、どんなに時間をかけて練った計画も、首長選挙によって覆される恐れがあるということだ。

A 同じようなことが過去にも起きている。兵庫県加西市は水道事業へのコンセッション方式の導入を目指して準備を進めていたが、2011年5月の市長選挙で、推進してきた市長が負けて、従来通りの直営で行うことになった。「幻の第1号コンセッション」と呼ばれている。

C 榊原氏には、これまで何度か話を聞いているが、西尾市を良くしたいという強い思いをもっていた。このPFI事業については、「固定観念にとらわれることのない新しい時代を切り開く画期的な取り組み」と評していた。斬新すぎたところで、反対派から足下をすくわれたようにみえる。

A 榊原氏を応援していた愛知県の大村秀章知事が、西尾市長選挙の結果について見解を述べている。「PFIという手法に異論があったわけではない。30年間まるまる建設も運営も、ある意味で独占させることについて、おかしくないかという意見が最初からあった。そういう声に少し配慮しもよかったのではないか」と。大村知事は、愛知県の有料道路にコンセッション方式を導入したPFIの推進論者だ。

B でも、市側も反対意見に配慮して、事業規模を縮小したわけだ。それでも配慮が足りなかったということなのか。

A ある識者は、「PFI未経験の西尾市が、初めから大きなスケールのPFIに挑んだことに無理があった」と述べている。経験のないなかで、いきなり大きなリスクを負うという印象を市民に与えたことが、反省点といえるかもしれない。

B それを助長したのが、開示資料の黒塗り問題だ。反対派は執拗にこの問題を追求し、拡散していった。

地元重視

C 市の担当者は以前、「民間事業者がPFI事業にどれぐらい応募してくれるかがポイントだ」と話していた。14年12月の民間事業者向けの説明会には40社が参加したが、実際に応募したのは1社グループだけだった。これが「独占」の印象を強めてしまった面もあるのではないか。

B 一般論として、事業の規模が大きく期間が長ければリスクは大きくなるので、参加できる企業は限られてくる。市は「地元企業優先」の枠組みを設けて間口を狭めたようにみえる。募集要件を、不動産会社(開発企業)以外は愛知県内に本社がある法人事業者および愛知県内の個人事業者とし、西尾市の入札参加資格者であることとした。

A その部分の評価は難しい。応募したのは1グループだけだが、その下で事業を担うのは140社を超え、そのうち約9割が市内企業だ。「オール西尾でPFIを実現する」と榊原氏は説明していた。他の自治体でも、地元企業優先のPFI方式として期待する声は大きかった。

C でも、140社に入れなかった人たちもいる。PFIには総論賛成でも、仕事として参加できなければ反対に回るからね。最近のPFI事業を見ても、最終的に応募する事業者グループは、1社または、せいぜい2、3社のことが多い。事業者グループを組成する段階で、ほぼ勝負が付いてしまうからだ。エリアプラン西尾でも「愛知県でのプロジェクト成功には絶対に外せない」と言われるトヨタ自動車、中部電力、名古屋鉄道の3社の関係企業や、施設管理では地元最大手を取り込んでいる。地方において地元オールキャストのグループに対抗できる別のグループを組成するのは難しいだろう。

どう見直すのか

A 中村新市長は、PFI事業をどう見直すのだろう。事業が凍結となったら、市がSPCとの契約を解除して、違約金を払うことになるのか。

C わからない。8月9日の会見で中村市長に、PFI事業をどう考えているのかを質問したところ「PFIは時代の流れであり、今後も積極的に取り組んでいく必要がある」と語った。PFIそのものというより、西尾市方式に問題があるという考えだ。では、西尾市方式の何がいけなかったのかと問えば、「情報公開が不十分だった」と答えるにとどまっている。具体的な見直し案は、まだ見えてこない。

B 鍵を握るのは、中村市長が新たに立ち上げた「西尾市方式PFI事業検証プロジェクトチーム(PT)」だろう。リーダーは、今回の凍結・見直し問題で中村氏を選挙前からサポートしてきたと言われる総務部収納課長の柳瀬貴央氏だが、他のメンバー5人はPFI事業については全くの素人だと聞いている。市長会見の翌日に、SPC側に凍結・見直し協議の申し入れを郵送で行ったが、協議開始の根拠もSPCとの契約条項の中で定めている「工事の一時停止」に基づいた措置。契約見直しができるかどうかは、今後の交渉次第となる。

C SPCによると、市側からはお盆休み明けに着手する一色支所の解体工事を止めてほしいと言われたそうだ。会見で「一色支所を美術館として再利用する方向で検討したい」と中村市長が言っていたので、思い入れが深いのだろう。SPCでも当初は再利用を検討したが、それが困難なほど老朽化が進んでいたと言っている。現実問題として再利用できるのかどうかは判らない。

 市とSPCとの本格協議が始まるのは9月に入ってからのようだ。会見では凍結・見直しの対象から、8つの再配置プロジェクトのうち、すでに解体工事など終えた一部のプロジェクトと施設の維持管理・運営業務を除くとしており、建設工事に関わるプロジェクトは全て凍結・見直しの対象となる。ただ、現時点でSPCは、市側から工事停止の指示があった案件以外、契約に基づいて予定通りに工事を進めざるを得ない。工事停止によって発生した費用は、追加請求するのではないか。

A PFI事業の見直しはどのように進むのか。

B 検証PTでは、SPC側と協議を始める一方で、再配置プロジェクトの見直し案の策定作業を急ぐことになる。中村市長もPFIそのものを否定していないので、いくつかのPFI事業に分割して別の事業者グループにも発注するか、従来型の公共事業として発注するといった案を考えるのではないか。

C エリアプラン西尾の構成企業12社は、受注する仕事量に応じて資本金を出資している。見直しで受注する仕事がなくなった企業は資本金を引き上げ、残りの企業で負担する必要が出てくるが、仕事量が減るのに追加負担に応じるのは無理だ。現在の一括発注を止めるとなれば、エリアプラン西尾は存続できなくなるので、とりあえず今の契約は解除せざるを得ない。

A 新たな見直し案を検討すると言っても、6年以上もかけて検討してきた西尾市方式を上回るような案を、PFI事業のノウハウがないと言われる検証PTに作成できるだろうか。

B 確かに難しいかもしれない。SPCが納得するような見直し案が示されなければ、簡単に契約解除には応じられない。その間にも工事は進んでいくし、工事を止めれば追加費用が積みあがっていく。市側が強引に契約解除すれば、違約金を求められる可能性は高い。SPCを構成するのは地元企業なので、最後は市に配慮して泣き寝入りせざるを得ないとの見方はあるが…。

C 例えPFI事業の契約を解除できたとしても、西尾市として公共施設の再配置計画をどう実現していくのか。建設業界に配慮したような契約方法を取れば、西尾市方式の反対では協力してきた共産党などの革新系議員も納得しないだろう。中村市長としても支持基盤に混乱が生じれば、市政運営に支障を来す可能性もある。難しい判断を迫られるのではないか。

A いずれにしてもPFI事業の凍結・見直しはそう簡単ではなさそうだ。しばらくは交渉の行方を注意深く見ていく必要がある。

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