総額198億円。民間事業者1者に最長30年にわたって業務を委託する「西尾市方式」と呼ばれるPFI事業が、契約後に見直しを迫られている。2017年6月の市長選挙で、PFI事業の凍結・見直しを公約に掲げた新市長が当選したからだ。どこに問題があるのか。

記者A まず、西尾市とPFI事業の特徴について整理したい。

記者B 西尾市は、愛知県西三河地域の中核都市だ。名古屋駅から名鉄名古屋本線で約50分。抹茶、一色うなぎなどが有名だが、市内にはデンソーやアイシン精機などの自動車関連工場が数多く立地している。2011年に周辺の3町を合併して、人口が約11万人から約17万人になり、公共施設の数は約2倍に増えた。

記者C 市は、より効率的で効果的な維持・管理・運営を実現するために、350以上ある公共施設を再配置する方針を打ち出した。「再配置」は、複数の施設の新設、建て替え、改修、解体、運営などを総称する言葉として用いている。2012年3月に基本計画、14年3月に実施計画を策定し、18年度までに着手する8つの再配置プロジェクトを決定。これらを一括で民間企業グループにPFI事業として発注することになった。建設工事を伴うPFI事業の委託先には、従来であれば建設会社を中心とする事業者が選ばれていたが、市では施設の運営・維持管理サービスを提供する事業者と、事業期間30年間で契約を結ぶ「サービスプロバイダー方式」を採用。欧米では実績があるが、日本では全く新しい契約方式のため「西尾市方式」と呼ばれ、注目されていた。

327億円の事業を198億円に縮小

B 当初、市が予定していたPFI事業は、予定価格約327億で、16年1月にスイミングクラブや温浴施設などを運営する豊和(愛知県西尾市)を代表とする地元企業グループを優先交渉権者として選定。その後の16年3月の市議会で、事業予算約327億円の議案を可決した。

  ところが6月の議会では、一部の施設新設の契約を先送りし、維持管理や包括マネジメントなどの期間を15年に短縮した事業費約198億円の修正案を採決している。賛成15票、反対11票で議案は可決されたが、反対票が多かったことは、西尾市方式PFI事業への不信感が強いことを物語っている。

C 16年3月に議案が可決した後、地元企業グループは事業契約先となる特定目的会社(SPC)「エリアプラン西尾」を設立。5月に仮契約を結ぶ段階までに、市側が給食センターやスケートボート場の建設地を確定できず、先送りせざるを得なかったのが真相のようだ。事業期間の短縮も「エアコンなど設備機器の更新費用を30年先まで契約するは現実的ではない」とSPC側が申し入れたと聞いている。その辺の詳しい事情はあまり説明されていなかった。

A 規模が縮小されたといっても198億円は大きな金額だ。どんな事業が含まれているの?

B 5施設の新設(建て替え)と、12施設の改修、14施設の解体、それに約160施設の維持管理などの業務だ。差し引き11施設が削減され、約6400m2の延べ床面積が減る計算だ。新設するのは、アリーナ棟を有する市民交流センター、スポーツドーム、市営住宅、小中学校給食室、温水プール。施設整備費だけで93億円に上る。

C 西尾市によると、市が直接この事業を行う場合の財政負担額は約216億円。PFI事業にすることで約18億円(8.3%)削減できる計算だ。

<西尾市における公共施設再配置の動き>

2009年 7月 市長に榊原康正氏が就任

2011年 4月 西尾市と幡豆郡三町が合併(人口約11万人→約17万人)

     5月 公共施設対策プロジェクトチームを設置

2012年 3月 公共施設再配置基本計画を策定

     6月 第1回公共施設再配置検討WGを開催(計8回)

2013年 3月 公共施設白書2012を公表

    7月 榊原市長が2期目に

     8月 にしおFM・PPPスクールを開講(職員向け6回、市民向け1回)

    12月 市議会への公共施設再配置実施計画の説明を開始

        再配置検討WGを開催(計4回)

2014年 3月 公共施設再配置実施計画2014→2018を策定

        公共施設白書2013を公表

     6月 実施計画の市民説明会を開催(4地区)

     7月 にしお未来まちづくり塾(市民ワークショップ)の開催(計7回)

    11月 PFI事業の実施方針を公表

2015年 3月 PFI事業の要求水準書(案)、特定事業の選定、募集要項等

      (公募型プロポーザル)の公表

     7月 応募者1グループから参加表明書の提出

     9月 応募者の一次審査結果

    12月 応募者から企画提案書が提出

2016年 1月 応募者による市民向け公開プレゼンテーションを開催

        優先交渉権者の決定

     2月 西尾市長期財政計画(2016−2025年)を策定

       3月 優先交渉権者選定報告書の公表

       市議会、特定事業仮契約と債務負担行為に関する議案を可決

     4月 市民団体「西尾市のPFI問題を考える会」、ホームページ「PFIで西尾死ぬかも!?」

       を開設

       西尾市建設業災害防止協会、PFIの見直しを求める「意見書」が提出

     5月 SPC「エリアプラン西尾」と特定事業仮契約を締結

     6月 PFI事業に関する市民説明会を開催 

       市議会、仮契約議案および債務負担行為の再設定議案を可決

    11月 市民団体、PFI事業契約の無効を求める住民監査請求を提出

2017年 1月 西尾市監査委員、住民監査請求の棄却を公表

    2月 PFI事業に関する第1回全体モニタリング会議を開催

    6月 市長・市議会議員選挙を実施

    7月 市長に中村健氏が就任

    8月 市議会全員協議会を開催

若さに敗れた?

A このPFI事業の雲行きが怪しくなってきた。17年6月の市長選挙で、PFI事業を推進してきた前市長の榊原康正氏(77)を破り、PFI事業の凍結・見直しを前面に打ち出した中村健氏(38)が当選したからだ。中村氏は政策目標(公約)で、「約200億円もの巨額な費用を使い、たった1社に最長30年もの長期にわたって委託する」というスキームを問題視。新たなスポーツ施設や10階建ての市営住宅の建設を「ハコモノ中心」と批判した。

C 榊原氏は民主党公認で愛知県議会議員を務め、前任市長の受託贈収賄容疑による逮捕・失職で市長になった。今回のPFI問題では、建設業界が支援する自民党系無所属や公明党などの保守系議員と、西尾市職員組合が支持する共産党議員が手を組んで反対に回ったという構図だ。

A 榊原氏が77歳という高齢で、中村氏の若さに敗れただけとの見方もある。

B 中村氏が5万8000票あまり、榊原氏が3万1000票あまりで、2万票以上の大差がついた。確かに、中村氏の若さに投票した人もいたが、同時に行われた市議会選挙でも、16年6月の市議会で反対票を投じた議員が軒並み上位で当選した。そう考えると、年齢の問題だけではないだろう。

代表企業はデベロッパー

A 結果だけ見れば、PFI事業に対する市民の理解が十分に得られていなかったと受け止めるしかない。反対する動きが強まったのはいつごろからか。

B 反対意見は以前からあったが、それが一気に強くなったのは契約の手続きに入ってからだと思う。16年3月の市議会でPFI事業の議案が可決された後から、市民団体が反対キャンペーンを強めている。16年4月には、西尾市建設業災害防止協会が、PFI見直しの意見書を市長に提出した。

A ネット上には「西尾市のPFIがおかしい」という情報がたくさん流れている。PFIという手法に対する反発が強かったということか。

C 16年6月の市民説明会では、西尾市方式のPFIに対する市民からの疑問への説明に終始していた。その後の市議会で、当時は市議会議員だった中村氏が行った反対討論の内容も、PFI事業の債務負担行為に問題があり、契約手続きが適正に進められていないとの主張だった。

B 別の議員は、契約者のSPC(特別目的会社)から建設会社を外していて、建設の経験がないことが問題だと指摘している。

C 市は当初から、SPCから建設会社を外し、プロの工事発注者であるデベロッパーと契約して、そこから設計会社や建設会社に発注するサービスプロバイダー方式にしたいと言っていた。建設工事の発注方法は、いわゆるコンストラクション・マネジメント(CM)方式を導入して、建設工事の透明性を高めようとしていた。国土交通省が今年7月にまとめた「建設産業政策2017+10」には、10年後の建設産業の将来像として、国として初めて「CM制度の創設」を盛り込んでおり、西尾市方式は時代を先取りしていた。

ただ実際には、代表企業の豊和が、地元建設関連企業にも配慮して、建設、設計、管工事、電気工事の業界4団体に声をかけ、SPC参加を要請したと聞いている。この申し入れを建設業界は断ったが、設計、管工事、電気工事の3団体の代表企業はSPCに参加しており、建設の専門家がいないわけではない。

B 従来のPFI方式と違って、西尾市方式は建設会社主導ではない。その点に違和感を抱いた建設会社もいたのだろう。

A 議会での反対討論には、包括方式によって市役所の権能が民間業者に移ることを疑問視する発言もあった。公共事業の延長線上で行われる方が安心という人も少なくない。

C 西尾市方式では、SPCに30年間、事業を丸投げするのではなく、外部モニタリングによってPFI事業が適正に行われていることを担保する仕組みになっていた。外部モニタリングの実効性は、PFI事業が始まってみないと判らないので、市民には理解しにくかったかもしれない。

ていねいだった住民説明

A 住民説明の手続きはどうか。

C 慎重かつていねいに、やってきたと思う。市民が専門家の意見を聞くワーキンググループ、実施計画に関する市民説明会、市民の意見を反映するワークショップ、応募者による公開プレゼンテーションなど、市役所のウェブサイトにも経緯が載っている通り、回数も多い。

B 例えば、14年度に開催された公共施設再配置実施計画の市民説明会には、4地区で600人以上が参加。その後のアンケート調査で「説明会は分かりやすかった」との回答が約8割を占めた。合併で公共施設の数が増え、既存施設の老朽化が進む一方で、人口が減少して財政も厳しくなるので、市民も公共施設再配置の必要性を十分に理解していたと思う。

C 市が公共施設対策プロジェクトチームを立ち上げたのが11年5月だから、そこから数えると6年もの歳月を費やして計画を練っている。この事業は、市民を巻き込んでいる点や、質と量の見直しが総合化されている点などが評価されて、14年に公益社団法人 日本ファシリティマネジメント協会(JFMA)の奨励賞を受けている。

B ほかの自治体のPFI事業の審査委員にもなっている識者は、「これ以上、手厚い市民説明の方法があったら教えてほしい」と言っていた。

(下につづく)

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