安倍首相―トランプ大統領の日米首脳会談を終えて日米間の経済交渉のシナリオを探る動きも活発化しているようだ。先日も外資系証券会社のアナリストから筆者に「1995年の日米自動車摩擦について話を聞きたい」と面談の申し込みがあった。現時点では「対日貿易赤字」と「米国内での雇用創出」ぐらいしか手がかりがないのでシナリオを描きようがない。まずは交渉の糸口になる材料をいかに引き出すかである。

材料不足でシナリオが描けない

 現役記者時代と違って、自動車業界はたまにしか取材しておらず、基本的なデータも抑えていない。日米間で自動車摩擦が再燃したとしても真剣に追いかけるつもりはないが、自動車担当のアナリストは、自動車産業に与える影響を分析してレポートしなければならない立場なのだろう。

 40代の現役バリバリのアナリストでも、20年前の状況は全く知らないはず。できるだけ多くの情報を集めようと必死なのだと思い、面談に応じた。

 「2017年は米国が最大のテーマ」と題した自動車セクターの分析レポートをもらった。そこでは米国新政権が国境税を導入した場合の様々なケースを想定したシナリオ分析などを掲載していた。

 彼らは分析のプロなので様々なシミュレーションを行うのはお手のものだろうが、難しいのは最初の条件とシナリオをどう設定するかである。

具体的な数字を要求する米国政府

 「95年にトヨタ自動車が発表したグローバルプランで、新たに米国に新工場を建設することを盛り込んでいますね。これも交渉決着に大きく寄与したのではないですか」

 アナリスト氏にいろいろ聞かれているうちに、20年前の記憶が少し蘇ってきた。

 「確かに米国の新工場も交渉決着には大きく寄与したと思いますが、かなり交渉の早い段階で新工場の話は出ていたと記憶しています。新工場建設だけでは決め手にならなかったので、その後も交渉が難航したはずですよ」

 過去の日米経済交渉でも、米国側は具体的な数字を必ず要求してきた。1985年からの半導体摩擦もそうだったし、90年の日米構造協議でもそうだった。95年の日米自動車摩擦でも、最後は米国製自動車部品の購入金額の数字を求めてきた。

 もちろん最初から数字の要求となるわけではない。新工場建設を含めて米国現地生産の拡大という方向でまずは合意したうえで、現地生産台数の目標数値が掲げられて、そこからNAFTA(北米自由貿易協定)基準をベースにv米国製自動車部品の購入金額の具体的な数字に落とし込むことができたわけだ。

輸入車シェアが拡大しても米国車は伸びず

 「現時点では自動車分野での交渉も始まっておらず、米国側が具体的に何を要求してくるのかが不明確なんですよね。大型の米国製乗用車が日本市場で売れないことは米メーカーも百も承知のはずだと思いますよ」

 95年の日米自動車摩擦でも、日本市場への外国製自動車の輸入拡大が大きなテーマとなった。この時は米国側も「米国車の輸入を増やせ!」ではなく「外国製自動車の輸入を増やせ!」と要求してきた。米国車を買うかどうかは最終的に日本の消費者が決めることで、米国側はあくまでも「日本市場の閉鎖性」を問題にしたわけだ。

 この時は急激な円高で輸入車の価格が大幅に低下したこともあって、日本メーカー製逆輸入車も含めて輸入車のシェアが上昇。その影響を受けてトヨタ自動車の国内販売シェアが13年振りに40%の大台を割る結果になったが、輸入車でシェアを伸ばしたのは欧州車で、米国車のシェアはほとんど伸びなかったと記憶している。

「Buy American」をどう実現するか

 「現段階で、何らかのシナリオを描くにしても材料がなさすぎます。トランプ大統領が非難しているのは対日貿易赤字の問題。自動車に限らず、対日貿易赤字を減らすための対策であれば何でも良いことになる。それだけの材料でシナリオを考えるのは無理がありますよ」

 結局は、そんな他愛のない話で時間切れとなった。

 米国の対日貿易赤字を減らすとなると、まずは「米国からの輸入を増やせ!」という話になる。財務省が1月に発表した2016年の貿易収支は6年振りに約4兆円の黒字になったが、うち対米貿易黒字額は約6.8兆円で、これを減らすのは容易なことではない。

 米国から輸入を増やせそうなもので、すぐに思いつくのが防衛装備品だろう。早速、安倍首相も国会で防衛装備品の輸入拡大に意欲を示したようだが、日本の防衛費は約5兆円だから増やすにしても限度はある。

 経済記者の立場からは、米国からの輸入拡大で日本経済や国民生活に直接プラスになる効果が期待できる製品やサービスを増やす方策を考えたいところだ。

米製トレーラーハウスを災害用仮設住宅として備蓄しては?

 ここからは米国から輸入を増やせそうなものを挙げてみる。詳細に分析したわけではなく、筆者の単なる思い付きなので、異論もあるだろうが…。

 多少なりとも自動車に関係した製品としては、米国製の「トレーラーハウス」の大量購入という手もあるだろう。全国の自治体に配備して、平時にはイベント用の店舗や住居、過疎地域を巡回する移動店舗や移動診療所などに利用。災害時には日本各地から支援物資を積んで被災地に行き「仮設住宅」として利用する。

 2011年の東日本大震災では、約5万戸の仮設住宅を建設したが、プレハブ式の仮設住宅の建設には時間がかかるし、取り壊した後は再利用も難しい。当時、大和ハウス工業が建築家の吉村靖孝氏と組んでコンテナハウスを利用した仮設住宅の開発に取り組んでいたと記憶している。

 東日本大震災の後には、トレーラーハウスを規制している建築基準法と道路運送車両法の緩和が行われ、米国製トレーラーハウスを日本に輸入しやすくなった。金沢市に建設された高齢者向け住宅を併設した多世代型コミュニティ「シェア金沢」には、アーティスト向けの賃貸住居としてトレーラーハウスが2台設置されていた。

 個人需要だけでは米国製トレーラーハウスの輸入を増やすことは難しいだろうが、災害用仮設用住宅として備蓄するのであれば、少しは輸入量を増やせるかもしれない。さらに国土交通省都市局では、都市に空き家・空き地が増えて虫食い状態になる「スポンジ化」現象の対策について検討会を立ち上げたところだが、そこでもトレーラーハウスが利用できるかもしれない。トレーラーハウスの価格は1000万円程度なので、1万台輸入すれば1000億円程度にはなる。

医療分野のIT化で米製医療機器の輸入を拡大

 今後の高齢化社会に向けて需要拡大が予想される医療機器関連製品も、米国からの輸入拡大が可能な製品だろう。2年前に、世界最大の医療機器メーカーである米ジョンソン・エンド・ジョンソンを取材したが、ちょうど羽田空港国際ターミナルから多摩川を挟んで向かい側のいすゞ自動車工場跡地を再開発した国際戦略拠点「キングスカイフロント」に同社の「東京サイエンスセンター」が完成したばかりだった。

 東京サイエンスセンターは、最先端の医療機器を使って医師や看護師などが医療技術を習得するためのトレーニングセンター。羽田空港に隣接して設置したので、日本全国の医師のほかに、中国、韓国などからもセンターに来てトレーニングを受けている。日本には福島県須賀川市に工場・物流センターにトレーニングセンターを併設した拠点もある。

 政府も日本でのヘルスケア産業の育成を目指しており、3月3日には経済産業省主催のイベント「ヘルスケア産業の最前線2017」が東京で開催される予定だ。米国の医療機器メーカーにとって、欧米人とは体形や骨格が異なるアジア人種をターゲットに事業を伸ばしていくためには日本は重要な市場であり拠点であるようだ。

 日本としては医療費抑制という課題は抱えているが、もともと日本の医療現場はIT化が欧米に比べて大きく遅れていた。現場の生産性向上を図ることで医療費抑制を図りながら、最先端の医療機器の輸入拡大につなげることも可能化もしれない。(了)

<関連記事>コラム悪夢の日米摩擦は再燃するのか?(2017-01-25)

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