週刊東洋経済の2015年12/5号の第1特集「これからのマンション選び―資産価値をどう守る?」の記事作成で取材・執筆を担当した。ご存じ、横浜のマンション傾き問題を題材に特集を組んだわけだが、最終的にはマンション選びの方に力点を置く内容になった。パート1で「繰り返される“欠陥”問題」、パート2で「マンションは資産価値が命」という流れで、私は主にパート1を取材したが、記事の執筆は東洋経済編集部が行った。そんなわけで私なりの編集後記をまとめておく。(2015-12-08:未来計画新聞掲載)

 今回のマンション傾き問題に対する私の見方は、10月27日付で東洋経済オンラインに掲載された「傾きマンション事件が起こるのは必然だった―民間建設工事にも問われる発注者責任」で書いた。マンションを開発して消費者に販売した三井不動産レジデンシャルが全責任を負うのが当然のことである。もし私に記事を書かせたなら「優等生・三井でも防げない欠陥」なんて見出しは付かなかっただろう。

 消費者は、三井不動産レジデンシャルからマンションを買ったのであって、三井住友建設を選んで設計・施工を依頼したわけでもなく、旭化成建材に杭打ち工事を発注したこともどうでも良いことだ。要は三井不動産レジデンシャルが売るマンションの品質が信用できるのかどうかの問題である。原因究明や責任の所在などは後で工事関係者の間でやればよいだけのこと。最初に杭打ち工事のデータ偽装問題を持ち出したこと自体、当事者意識が欠如していることの表れだ。

 2005年に発覚した姉歯事件のときも、筆者は発注者であるヒューザーに全責任があると主張した。マンションの購入者は、姉歯建築士を選んで設計を依頼したわけではない。低コストで設計する構造設計者を重宝して使っていたのは発注者であるヒューザーである。姉歯建築士のデータ偽装が見抜けなかったというのなら、デベロッパーとして消費者にマンションを供給する能力不足だったということだ。

 2011年3月の東日本大震災後に、未来計画新聞にコラム「安全・安心の家づくりを考える(4回シリーズ)」を掲載した。その中で、正直に筆者なら「自分で設計者も施工者も選べない分譲住宅は買わない」と書いた。住宅の品質を決めるのは設計者および現場監督と職人の能力であるが、デベロッパーが本当に優秀な現場監督と職人を選んで仕事をさせていたのかどうかを消費者が確認するのは不可能だからだ。

 結局のところ消費者が分譲住宅を購入するのはデベロッパーのブランドを信用して購入する以外にない。問われているのはゼネコンや専門工事業者の施工品質ではなく、三井不動産レジデンシャルのマンションそのものの品質である。旭化成建材の杭打ち工事のデータ偽装問題を確かめるよりも、三井不動産レジデンシャルが供給したマンションの品質をチェックする方が先決ではないだろうか。ただし販売済みのマンションや住宅すべてで施工品質チェックを行ったら、クレーム殺到で収拾がつかなくなるかもしれないが…。

 マンション傾き問題がメディアに取り上げられるとすぐに、三井不動産レジデンシャルは居住者に対して全棟建て替えを基本とする対応策を提示した。これに対して「さすが三井。万一、問題が生じても安心だ」と評価する声が上がったが、カネで解決すれば済む問題なのだろうか。建物に何か問題が生じるたびにゼロから建て替えとなれば、そうしたリスクを価格に転嫁するか保険でカバーするか、いずれにしてもマンション市場全体に影響が及ぶ。

 居住者へのアンケート調査では7割が全棟建て替えに賛成しているようだ。しかし、裏を返せば3割が全棟建て替えしなくても良いと思っている。全棟建て替えに賛成する居住者の多くはマンションの資産価値を心配しているのだろう。そうであるならデベロッパーに高値で買い取ってもらって資産価値の高いマンションに買い替える方法もある。傾きマンションをデベロッパーの責任で改修したうえで資産価格が下がった分を補償しもらって住み続けるという選択もある。

 外部の人間がとやかく言うことではないが、700戸超の大規模マンションを取り壊せば、大量の産業廃棄物が出るし、工事期間中は近隣住民にも迷惑をかける。マンションは「資産価値が命」と言っても単純に割り切れない人も少なくないだろう。確かに利便性の高い立地に集まって住むマンションには様々な経済的なメリットがある一方で、トラブルが生じた場合にはリスクが大きいことも改めて認識する必要があるのかもしれない。

 問題発覚から2か月近くが経過して、今回の三井不動産の対応に疑問を投げかける声を多く聞くようになった。マンションや住宅に問題が生じた場合、デベロッパーとして供給責任をどう考えているのか。今後も同様の問題が発生した場合には全棟建て替えに応じるのか。リーダー企業である三井不動産による今回の対応が前例となって、業界全体に与える影響をどう考えているのか。聞きたいことはたくさんあるが、中間決算発表以外、正式な記者会見は一度も行っていない。

 ちょうど今回の問題が発覚した直後の10月15日に、東日本大震災で地盤が液状化して傾いた浦安市の分譲住宅の住民が三井不動産と三井ホームを訴えた裁判の二審判決が出された。東京高裁は「液状化は予測できなかった」として一審判決と同じ無罪を言い渡した。東日本大震災が原因かどうかは判らないが、マンションに2センチの傾きが生じて全棟建て替えに応じることと、東日本大震災による液状化で住宅が傾いても損害賠償に応じないことの違いはどこにあるのか。建物の傾きと施工不良との因果関係をたまたま推定できたかどうかの違いだけのように思える。

 もし基礎杭の問題が発覚しなければ、三井不動産は横浜のマンションでも損害賠償に応じない可能性もあったのではないか。「さすが三井。万一、問題が生じても安心だ」と評価するは早計だろう。本当に三井不動産が消費者にとって信頼できるブランドなのかどうか。それを評価するのは、マンションの欠陥問題に対する基本的な考え方、マンション工事の発注者責任を今後どう果たしていくのかを聞いてからである。

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