国土交通省の「中古住宅の流通促進・活用に関する研究会」報告書が6月26日に公表された。中古住宅の流通活性化に向けて適切な建物評価の実現に向けた提言が行われたが、10年前に執筆したコラム「家づくりの経済学」で原価法による建物評価の問題点を指摘した筆者としては感慨深いものがある。今後、国交省、金融庁、住宅業界、金融機関を含めて本格的な対策に乗り出すことになるが、しばらくお蔵入りになっていた「家づくりの経済学」を未来計画新聞にMKSアーカイブとして再掲載することにした。住宅ローン金利などの情報は10年前のままだが、基本的な考え方は現在でも十分に通用すると思っている。独自に考案した「居住コスト計算法」(記事の最後に簡単な解説)を使って住宅取得シュミレーションソフトを開発すれば、新築か、中古+リフォームか、定借か、賃貸か―を消費者が客観的に判断する指標として役立つだろう。居住コストのような共通指標で比較しながら、どの居住形態を選ぶかを消費者に委ねることで、中古住宅の建物評価が適正化されていくことが期待できるのではないだろうか。

<関連記事>

MKS「家づくりの経済学」(2003年〜06年)

人口減少時代の新しい住宅取得モデルの構築をめざして

 コラム「家づくりの経済学」は、2003年5月から住宅系のベンチャー企業のウェブサイト上で連載を開始し、中断も含めて06年10月まで84回のコラムを執筆した。ちょうど耐震強度データ偽造事件と重なったこともあって、うち9回は「耐震偽装問題を考える」と題してコラムを書いた。この9回分はすでに未来計画新聞に掲載済みである。

 「家づくりの経済学」は、戦後、右肩上がりで地価もサラリーマンの給料も上昇してきた時代の住宅取得モデルを全面的に見直し、地価下落、個人所得低下の時代に適した新しい住宅取得モデルを構築するための議論を起こそうという野心的な狙いがあった。当時、日本に導入された不動産や住宅ローンの「証券化」の考え方を個人の住宅取得にも応用するというアイデアに基づいて、試行錯誤しながら書き進めたコラムだ。

 改めて読み返すと、素人の思い付きで書いたような箇所も多く、書き直しが必要なところも少なくない。当時、取材でお会いしていたビルダーズシステム研究所(現・住宅アカデメイア)代表で、日本モーゲージサービス社長の鵜澤泰功氏から様々なヒントをいただいた。ただ、コラムを読んでいただければ、原稿を書きながら筆者オリジナルで考察を深めていったことが判っていただけるだろう。

 内容的には、金融機関や住宅業界内で常識的に行われていた原価法をベースに書いているが、当時は消費者には、不動産会社が原価法で建物を査定していることはほとんど知らされていなかった。だから、消費者が住宅を購入する時に頭金を用意することの重要性が十分に理解されていなかったのである(いまだに十分に理解されているとは言い難いが…)。「家づくりの経済学」は、消費者に原価法の存在を知ってもらっただけでも意義があったと自負している。

居住コストの「見える化」で不都合な真実が明らかに?

 当時、コラムを書きながら発見したのは、現状では新築を購入するよりも、中古を買ってリフォームした方がお得であるということだ。しかし、原稿料をいただいている先は新築で商売している会社だったので、そう書くわけにいかない。とは言え、新築の方がお得と書けばウソになる。ジレンマを抱えながら、歯がゆい思いでコラムを書いていた。

 同時に、私が提案した「居住コスト計算法」(執筆当時は名称を付けていなかったが、今回呼びにくいので名称を付けた)は、住宅業界には、なかなか受け入れられないだろうとも思っていた。当時も今も新築住宅を売りまくろうとしている住宅業界にとって、新築よりも中古住宅+リフォームや賃貸の方がお得であることが簡単に「見える化」できる方法が存在することは“不都合な真実”であるからだ。

 案の定、当時は全くどこからも反響はなかった。そんなコラムに原稿料を支払ってくれた原稿発注者にはいまも深く感謝している。それだけに2006年に住生活基本法が施行され、08年に大手住宅メーカー9社で優良ストック住宅推進協議会(スムストック)が設立された時には驚いた。一度、取材をさせてもらったが、スケルトンとインフィルで耐用年数を分けて計算するなどの改良はされていたものの、基本的には「居住コスト計算法」と同じ考え方であると判った。

 家づくりの経済学でも、様々な部位ごとの耐用年数の違いについて考察はおこなったが、その違いを「居住コスト計算法」に反映させる作業は記者個人では困難だった。同様に、維持修繕費の基礎的なデータを集めて維持管理コストに反映させることや、住宅ローン減税などの税制が居住コストに及ぼす影響をシミュレーションすることなどやってみたかったが、コラムを書きながら自前で研究するのはさすがに無理があった。

住宅取得の客観的なリスク評価はHRE戦略にも必要では?

 私が「居住コスト計算法」を提案したのは、住宅取得に関する様々なリスクを理解したうえで、自分に適した居住形態を選択するための客観的な判断指標を示せるのではないかと思ったからだ。基本的には住宅の「所有」と「利用」を分離する考え方がベースになっている。もちろん価値観は人それぞれなので、居住コスト計算法で中古住宅+リフォームが合理的だという結果が出ても、「やっぱり新築に住みたい」と思って新築を選ぶ人は多いだろう。

 ただ、新築と中古+リフォームでどちらが合理的かを判らずに選ぶのと、理解したうえで選ぶのでは、大きな違いがあるはずだ。理解して選んだ人であれば、万一売却しなければならなくなった時に備えて、少しでも高く売れるように維持管理に手間を惜しまないとか、維持管理の履歴もキチンと残しておくとか、リスクを軽減するための対策を日頃から考えるのではないだろうか。新築が減価するリスクを正しく知らなければ、維持管理が疎かになるのも当然のように思える。

 新築、中古、定借、賃貸などの異なる居住形態を比較することができる「居住コスト」のような共通基準が確立されれば、それぞれが抱えるリスクを客観的に判断しやすくなるだろう。日本不動産ジャーナリスト会議幹事の伊能肇氏が提唱している「HRE(住宅不動産)戦略」の実現にも寄与するのではないだろうか。

注)国交省は2006年12月に「企業不動産の合理的な所有・利用に関する研究会(CRE研究会)」を設置し、08年4月にCRE(企業不動産)戦略を実践するための「ガイドライン」と「手引書」を策定した。同時に06年から地方自治体の公会計制度改革がスタートし、企業と同様に国や地方自治体が所有する不動産に関するPRE(公共不動産)戦略の重要性が高まり、政府もPREの推進に力を入れている。こうした流れを受けて、個人が所有する住宅でもHRE(住宅不動産)戦略の考え方を確立する必要性を伊能氏は訴えている。

なぜ新築と中古の居住コストの比較を避けるのか?

 今回公表された研究会報告書では、「中古住宅の適切な建物評価をめざした評価手法の抜本的改善」が提言された。具体的には、従来の経年で一律減価する手法を改めて建物の期待耐用年数を算出することや、リフォームによる質の向上を金融機関が行う担保評価に反映することの評価方法の整備を支援することなどが示された。しかし、そのような課題は「家づくりの経済学」を執筆していた10年前から指摘されていたことである。

 なぜ中古住宅が適正に評価されないのか―。新築に比べて中古がいかにお得であるかを、ほとんどの消費者が正しく理解していないからだろう。

 「居住コスト計算法」のような共通指標で比較すれば、現状の住宅取得モデルでは新築より中古+リフォームの方がお得であることが一目瞭然となる。築年数が古くても建物の状態が良い中古住宅ほどお得だ(築古マンションでは建て替えリスクも考慮する必要があるが…)。それが広く知られるようになれば、中古でも建物やリフォームの価値が市場において正しく評価されるようになるのではないだろうか。

 「居住コスト計算法」については、この10年間、国交省や住宅業界の方々など多くの人に意見を求めてきた。しかし、その考え方が根本的に「間違っている」という指摘を受けたことはない。大方の反応は「う〜ん、確かにそう計算することもできるね」といったものだ。面と向かっては批判しにくかっただけかもしれないが、専門家でもない記者が間違いを指摘されたところで感謝こそすれ、恨むことなどあるはずもない。

 研究会報告書でも、中古住宅の価格評価が低いために、いくら住宅投資を行っても日本の住宅資産額が積みあがっていかない日本の現状が示されていた。しかし、中古住宅が何と比べて適正に評価されていないのか、という部分が相変わらず欠落したままだ。このままで本当に中古住宅の建物評価が適正化されるか、大いに疑問のあるところだ。

 消費者は、大枚を払って購入した新築住宅が、中古で売却する時には驚くほど安く評価されていると怒っているのである。そう考えれば、新築と中古をさまざまな角度から比較することは当然のように思うのだが、なぜ避けて通るのだろうか。不思議というしかない。やはり住宅業界にとって“不都合な真実”だから誰も触れようとしないのか。「家づくりの経済学」を書いてちょうど10年だが、まだ道のりは長そうである。

<提案> 「居住コスト計算法」に基づいて消費者向けの住宅取得シュミレーションソフト開発を進めてもいいという企業・団体・個人がありましたら、ぜひご一報ください。ご協力させていただきます。

■「居住コスト計算法」とは

「自分が住宅の貸主(所有者)になって自分に住宅を賃貸する」つもりで、家賃=居住コストを算出する方法。国の統計でも住宅所有者の住居費を「みなし家賃」で算出しているが、消費者でも計算可能な方法として考えた。 具体的には4000万円の新築住宅を3200万円の住宅ローンを借りて取得した場合、次に5項目の合計金額で算出する。

?住宅ローンの「金利負担」

?建物の経年劣化で減価する「減価償却費」

?火災や地震保険、団信保険などの「保険料」

?固定資産税などの「税金」

?住み続けるために必要な「維持修繕費」


 同じ4000万円の住宅を買うのでも、自己資金が多ければ金利負担が減るので、居住コストは小さくなる。中古住宅の場合、減価償却負担が小さくなり、建物の状態が良ければ維持修繕費の増加も小さいので、居住コストは新築に比べて小さくなる。

お問合せ・ご相談はこちら

「未来計画新聞」は、ジャーナリスト千葉利宏が開設した経済・産業情報の発信サイトです。

お気軽にお問合せください_

有限会社エフプランニング

住所

〒336-0926
さいたま市緑区東浦和

日本不動産ジャーナリスト会議の公式サイト

REJAニュースサイト

IT記者会の公式サイト