「社会資本『整備』から社会資本『経営』の時代へ」―2年前に東京大学のオープンレクチャーで建設産業の将来像をテーマに私が講演した時のメッセージだ。公共事業費の削減が進む中で、土木関係の研究者・技術者はいつまでも「整備」の話ばかりするのではなく、既存の社会資本を最大限に活用して「国土をどのように経営していくのかを語れ!」という意味である。3年前の総選挙の前には「公共事業を政治の道具とする時代に終止符を!」とブログに書いた。政治的な思惑に左右されることなく、客観的なデータに基づいて必要な公共事業を着実に実施するための環境整備が必要と感じたからだ。そして、12月16日の総選挙―。相変わらず公共事業が選挙の争点になっている。再び自民党が政権を取って「国土強靭化」の名のもとに公共投資を増額するにしても、まずは日本の将来にとって本当に必要な社会資本を具体的に論じるべきではないか。急速に人口減少が進むなかで、社会資本にも『経営』感覚を取り入れていくことが不可欠だ。

公共投資と民間設備投資とで何が違うのか

 公共投資が、民間企業が行う設備投資と目的が全く同じと考えているわけではない。国民の安全・安心を確保するために行わなければならない公共投資もある。しかし、経済活動を活性化させるための投資という観点では同じはずだ。国の景気対策として公共事業が活発に行われてきたのも、国がカネを使えば国民にカネが流れるというだけではなく、社会資本を利用して民間の経済活動が活性化されてGDP(国内総生産)を押し上げるという効果を狙っていくのは当然である。

 経済記者が民間企業を取材する時、設備投資計画は最も重要なテーマである。市場の状況や将来予測に基づいて、何に、どのタイミングで、いくら投資するか。投資に対するリターンはどれぐらい期待できるのか。株式市場や金融機関などで評価してもらうためには、それぐらいの情報は発信する必要がある。その内容を見て、企業の成長性や将来性が判断され、結果が出なければ経営者は責任を厳しく問われることになる。

 この半年ほど、民間企業ではシャープの経営状況が注目されてきた。同社が大阪・堺に巨額の投資を行い、世界最先端の液晶パネル工場を完成させたのはわずか3年前のことだ。いくら巨額の投資を行ったところで、投資先とタイミングを誤れば、民間企業は一気に窮地へと追い込まれる。設備投資に対する判断は、民間企業とくに製造業にとっては「経営」そのものである。

公共投資の「無駄」とは何か?

 かれこれ20年近く公共投資に関する議論を聞いているが、推進派と慎重派の議論が噛み合っていないという“もどかしさ”を感じてきた。その原因は『無駄』に対する考え方の違いではあるまいか。

 多くの国民は市場経済の中で日々の生活を送っているので『無駄』と言えば、市場原理に基づく経済合理性から判断する習慣が付いている。シャープの堺工場のように、計画発表当初は、成功間違いなしを考えられていた戦略的な投資でも結果的に失敗に終わってしまえば「無駄」と評価される。株や債券などの金融資産への投資と違って、設備投資や公共投資は簡単に損切りして投資先を変更するのは難しい。それだけに、将来の社会や市場の状況を的確に予測しながら、慎重かつ大胆に投資を行っていくことが求められる。

 ところが、公共投資を行う方にしてみれば、「無駄」との批判に強く反発する。プロジェクトを実施するに当たっては、地元の要望を聞き、きちんと費用対効果の分析も行い、工事発注では競争入札を行い、コスト縮減のための様々な努力を行って無駄を省く努力を行っている。つまり、彼らにとっては全ての公共事業は法律に基づいて行ったものであり、「無駄」な事業は一つたりとも無いという立場なのだ。

 マスコミなどが公共事業の「無駄」を批判するのは、数多くのプロジェクトの中で、現状では利用率が低かったり、ほとんど使われていなかったり、地域経済にあまり貢献していなかったりと、経済合理性に基づいた投資効果の観点からだ。一方、公共事業を推進する方は、経済合理性だけで公共投資を行っているわけではないとの意識がある。それだけに、無駄との批判は、全ての公共事業に対する批判との受け取り方をする。マスコミの批判が理不尽で的外れだと強く反発する声を聞くのもそのためだろう。

内需拡大策としての公共投資

 国内経済が右肩上がりで成長していた時代には、社会資本は道路も下水道も空港も何から何まで不足していた。それだけに経済合理性を考えるまでもなく、各地域から要望のある場所に予算を箇所付けしていけばよかった。社会資本を整備することが、日本経済の活性化につながり、GDPを押し上げるという効果を発揮していた。公共投資も経済成長に直接リンクしていた時代である。

 しかし、1986年の前川レポート(注)を機に、公共投資の意義付けが大きく変化する。大幅な経常収支不均衡を是正するために積極的な内需拡大策を推進することになり、具体的には住宅対策と都市再開発事業の推進、消費生活の充実(労働時間短縮)、地方の社会資本整備の推進に取り組む方針を打ち出した。注)前川レポート=中曽根政権が大幅な経常収支不均衡を是正するための方策を検討するために設置した「国際協調のための経済構造調整研究会」の報告書。研究会トップの前川春雄元日銀総裁の名前を取って前川レポートと呼ばれる。

 さらに1987年に策定された第四次全国総合開発計画(四全総)では、基本目標として「多極分散型国土の形成」、開発方式として「交流ネットワーク構想」を打ち出した。つまりは、交流の拠点となる施設(ハコモノ)を全国各地いたるところにつくり、それらを結ぶ高速交通体系を整備するというものだ。これを実現するための国土基盤投資(公的資本形成+民間住宅投資+民間設備投資)は2000年までの15年間で1000兆円程度が見込まれていた。加えて1990年の日米構造協議では、日本は積極的な内需拡大策として2000年までの10年間に430兆円の公共投資を行うことを約束した。

 改めて振り返ると、マスコミが公共事業の無駄と批判するハコモノは、四全総の時代につくられたものも少なくないだろう。91年にはバブル経済が崩壊し、公共事業は内需拡大に加えて景気対策の役割を背負わせられて年間30兆円台の公共事業が行われてきた。中には投資効果よりも景気対策としてカネをバラ撒くことが優先されたプロジェクトもあったかもしれないが、今になって批判しても仕方がない話ではある。重要なのはこれからの社会資本をどうするかだ。

国土強靭化は200兆円より「中身」が大事

 自民党が打ち出した国土強靭化に対しては、マスコミから「バラマキだ!」との批判が噴出した。その矛先は「10年間に200兆円」という数字に集中している。しかし、200兆円という数字は年換算では20兆円で、2000年代後半の公共投資17兆〜18兆円と比べても目をむくほど増加するわけではない。しかし、過去を振り返っても、数字が先行すると、その中に「無駄」と思われる事業が紛れ込みやすくなる。そこにマスコミは「バラマキ」の匂いを嗅ぎ取ってしまうのだ。

 「200兆円を前面に出すのは止めてほしい。積み上げでやってくれ、と自民党にはっきりと言っている」―日本建設業連合会の副会長土木本部長の中村満義鹿島社長も、バラマキ批判の高まりを懸念する。200兆円という数字ばかりがセンセーショナルに取り上げられて、肝心の中身が全く注目されていないからだ。建設業界としても国民の理解を得て公共事業を推進していくために「もっと中身で議論してくれ!」との思いは強い。

 今年6月に日本不動産ジャーナリスト会議の研修会に、自民党衆議院議員の福井照氏を講師に招いて「国土強靭化」の中身について話を聞いた。自民党国土強靭化総合調査会の二階俊博会長の名前でまとめられたパワーポイント240枚の詳しい資料もいただいた。その中身を読むと、興味深い提案が数多く含まれている。もし、選挙の争点とするのであれば、金額ではなく、南海トラフ地震への備えとして、国土のリダンダンシー(多重性)確保のあり方や、事前防災への取り組みなど強靭化の中身で勝負するべきだ。

 さらに自民党の資料を見ると、最初の方に成長戦略として公共事業として、道路関係では「日本風景街道」、河川関係では「自然再生事業」、砂防関係では「日本まるごとジオパーク」など観光振興に貢献する事業が紹介されている。観光振興として公共投資を行う事例は過去にあまりなかっただけに、こうした取り組みの必要性も国民に堂々と問えば良いのである。

GDP500兆円の維持に必要な公共投資の規模とは?

 少子高齢化・人口減少社会が進む時代に、公共投資とは、どのような考え方に基づいて行われるべきものなのか。そこから議論する必要があるはずだ。設備投資も、明確な経営戦略に基づいて決定されるものであり、その経営戦略に問題があって企業の成長や収益拡大が期待できなければ、金融機関も設備投資資金を融資しない。

 公共投資も、将来の国家経営の戦略が策定されて、その中身や投資額も決まるのが本来の姿だろう。防災や減災のための公共投資にしても、国が策定する具体的な防災計画に基づいて効果的な対策を積み上げていけば良い。日本の進むべき将来像も示さずに、公共事業の金額だけが強調されることに違和感を覚える国民も多いのではないだろうか。

 公共事業の推進派としては、1998年に策定された最後の「五全総」で国土基盤整備額の規模を数字で示さずに、小泉政権時代にズルズルと公共事業費が削減されたとの苦い経験がある。それに歯止めをかけるためにも金額を明示したいのだろう。確かに民間の設備投資にも、企業の経営規模に応じて適切な投資規模はあると言われる。設備投資を絞り過ぎると設備が老朽化し、生産基盤も縮小してしまうからだ。

 日本が、今後もGDP500兆円の経済規模を維持していくのに必要な公共投資額の水準はあるはずである。そこからどのぐらいの成長をめざすのかで、公共投資の戦略を練っていく。もちろん、国民の安全・安心のために必要な投資はあるが、民間企業でも社会的責任に応じて労働安全、環境対策、防災などの投資は設備投資の範囲内で計画的に行っている。そうした観点からも、社会資本「経営」の考え方が重要になってくるはずである。

既存施設の維持管理データの重要性

 総選挙公示直前の12月2日に中央自動車道の笹子トンネルで天井板の崩落事故が発生し、9人が死亡した。老朽化するインフラをどのように維持していくか―。もう随分前から議論になっている問題が改めて突きつけられた格好だ。自民党の国土強靭化の資料にも、公共投資を削減したままでは、既存の社会資本の維持・更新費すら賄えなくなる状況が目前に迫っていることを示すグラフを加えていた。ただ、このグラフをどう解釈するかは立場によって大きく異なる。

 公共事業の推進派は「新規投資もできないような状況では経済成長も見込めないから投資額を増やせ!」と主張するし、慎重派は「維持・更新もできないのになぜ新規投資を認めるのか!」と言う。これでは、いつまでも議論は平行線のままだ。こんな時に民間企業の経営者なら、既存設備の稼働率や維持管理運営費用、稼働期間などの客観的なデータに基づいて新規投資の必要性を判断するはずである。

 社会資本「経営」の基本も、既存施設の維持管理にあるだろう。施設・設備の状態を点検し、老朽化した部品や不具合を修理・補修するだけでなく、利用状況や維持管理・運営費もモニタリングしながら、社会資本の将来計画を策定するうえでの客観的データを蓄積していく。それらを国民がチェックしやすいように見える化することで新規投資の必要性を問うのである。

JMがめざすライフサイクル・マネジメント

 既存施設の維持管理を戦略的に行うためのビジネスモデル構築に取り組んでいる企業がある。ゼネコン準大手、前田建設工業の関連会社であるJM(社長・大竹孝弘氏)だ。セブン-イレブン・ジャパンと2001年に提携して、全国約1万5000店舗のコンビニ店舗の維持管理業務を受託している。他にも出光のガソリンスタンド、「すき家」「なか卯」などを展開するゼンショーの店舗などの維持管理を行っており、最近では公共施設のライフサイクル・マネジメントにも取り組み始めている。

 JMでは、最初に建物の「定期点検」と破損や不具合が発生した時にコールセンターで連絡を受けて作業員を派遣する「緊急修繕」を全国規模で行える仕組みを構築した。これによって、セブンイレブン店舗の年間維持管理運営費はJMに委託する前に比べて10%削減されたという。続いて、定期点検のデータに基づいて耐用年数が過ぎている部材や設備を予防的に取り換える「計画修繕」を実施し、経費はプラス15%削減の25%減となった。

 さらに耐用年数の前でもLED照明など省エネ対策など、維持管理運営費の削減が見込まれる戦略的な修繕を進めていくことでプラス10%削減の35%減をめざしている。コスト削減分は、新規出店や新規事業のための設備導入など戦略分野へと投資していく。民間企業であれば、当然の取り組みである。

政治家、官僚は日本の「経営」を語れ!

 建設構造物や製品などの費用について、建設コストや製造コストだけで考えるのではなく、企画設計、建設・製造、維持管理、廃棄までのライフサイクル全体で考える必要性は以前から指摘されてきた。公共施設もつくってお終いではなく、その後も維持管理運営費を削減し、施設そのものの長寿命化に取り組むことでライフサイクルコスト(LCC)を低減していく努力を加速していく必要がある。

 さらに既存の公共施設を有効に活用することで地域コミュニティの活性化や地元産業の育成につなげていくような取り組みも必要だ。これから急激に人口減少が進むなかで、利用状況や維持管理負担を見ながら、住民のサービスレベルをできる落とさずに、適切なタイミングで既存施設の統合・廃止を進める必要も出てくるだろう。

 財政状況がひっ迫し、急速な高齢化が進むなかで、90年代までと同じ感覚で社会資本「整備」だけを語れば「バラマキ」との批判が出てくるのも仕方がないところだ。今後も適切な公共投資を行い、安全・安心な国土を維持管理していくためにも、政治家や官僚たちは国民に対して「経営」を語るべき時代に来ていると思うのである。

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