「安全・安心」と納得して住める立地をどのようにして探すのか―。そのようなノウハウを私もほとんど聞いたことがないし、住宅購入に関する本などで読んだ記憶もない。そもそも立地は、会社や学校への通勤もあるし経済的制約もあり、安心・安全だけで決められるものではない。通常は住みたい場所が先に決まり、後から立地に合わせた安全策を考える方が一般的だろう。これから書く話も私の経験談であり、これが正解というつもりはないが、土地探しで守ったポイントは次の4つである。 ■平地の高台を選ぶ→洪水リスクの回避
ハザードマップを調べる→活断層、液状化などのリスクチェック
土地の履歴情報を古地図や地元住民から収集→田んぼや沼地などの埋め立て・盛り土かどうか
役所や区画整理事務所などで地盤調査データを調べる→地盤の状態をチェック
やはり、大切なのは自分で調べて納得して土地を購入することだと思う。

地域の風土・歴史を文献などで調べる

 土地の安全性を論じる時に具体的な地名を出すのは問題かもしれないが、イメージしやすいように地名を言うと、さいたま市緑区東浦和である。JR京浜東北線の南浦和駅でJR武蔵野線に乗り換えて一駅目の東浦和駅が最寄駅だ。駅のすぐ近くには見沼田んぼという広大な市街化調整区域があり、その中央を芝川が流れている。見沼田んぼと住宅街を分けているのが見沼代用水で、その岸には延々と桜並木が続き、いまや桜の名所となっている。

 さいたま市に住むことになったのは、女房の勤務先の関係で、結婚当初は南浦和駅近くの賃貸マンションの3階に住んでいた。1990年に東浦和周辺で中古の一戸建て住宅を購入した時も、南浦和周辺ではとても高くて戸建住宅に手が出なかったので、仕方がなく東浦和で物件を探したというのが正直なところだ。しかし、札幌市出身で全く土地勘のない私も、住み始めるといろいろなことが判ってくる。同じ東浦和駅の周辺でも、大雨の時に道路が冠水したり、床下浸水したりするところがあったり、区画整理前はどのような地域だったのかもだんだんと知るようになった。

 関東平野では、荒川・隅田川の西側に広がる武蔵野台地が高台の地域で、江戸時代には台地の東端が「山の手」と呼ばれてきた。埼玉県では所沢や狭山が武蔵野台地の上にある。荒川の東側にあるさいたま市は、文献などで武蔵野台地に位置しているとは書かれてない。ところが、荒川と中川(江戸時代は利根川の本流)の間に挟まれた東浦和周辺は武蔵野の面影を残す高台となっている。旧建設省記者クラブに在籍していた頃、河川局で作成した記者発表資料で、武蔵野線が高台(線路北側)と低地(線路南側)の境目を走っている路線であることを知った。

 高台に位置する東浦和駅北側の住宅地は、結構なアップダウンがある地域でもある。ここを、江戸時代初期に陣屋のあった川口市赤山周辺で岩槻街道(国道122号線)から分かれ、今の与野駅近くで中山道に合流する「赤山街道」が通っていた。今では区画整理されて分かりにくくなってしまったが、古い神社や寺院を結ぶ赤山街道の名残をなぞって歩くと高低差がほとんどなく、高台の尾根部分をたどるように街道が通っていたことが判る。つまり、赤山街道から外れて窪んだ低地は、昔は沼・湿地、田んぼだった可能性があることが推察できた。

土地の履歴情報を地元住民に聞く

 東浦和で最初に購入した中古住宅は、地盤があまり良くなく、土台にも亀裂が生じているという物件だった。当初から建て替えるつもりで購入したが、建て替えるなら地盤改良が必要となりそうで、建て替えと買い替えの両面作戦でその後も土地探しを続けていた。しかし、区画整理事業の保留地なども見てまわったものの、なかなか良い物件にめぐり合えない。もう建て替えようと考えていた1999年に、赤山街道沿いの高台の区画整理地区で売り物件が出た。

 売り物件と道路をはさんだ向かいには、古くから東浦和に住む盆栽農家があり、そこの孫と私の娘が保育園で同じクラスだった。すぐに売り出し物件の土地履歴を聞きに行くと、「自分たちが買いたいぐらいの物件。立地、地盤とも問題ないだろう」という。ついでに「あそこは昔は鴨の狩場の沼だった」とか「あそこは湿地で埋立地だ」とか、周辺の履歴情報も聞かせてくれた。当時は阪神・淡路大震災の4年後で、ハザードマップの整備もあまり進んでいなかったが、さいたま市の液状化マップで改めて確認すると、東浦和にもところどころに危険区域が記されており、地元住民の情報とほぼ一致していた。

 次に東浦和にある区画整理事務所に話を聞きに行った。東浦和の区画整理事業は現在も進行中で、住宅地の一角に「東浦和まちづくり事務所」が設置されている。区画整理前の古い図面を見せてもらって、長年、区画整理に携わってきた職員から売り出し物件の立地と地盤についてアドバイスを受けた。区画整理事業は時間がかかる事業で、事務所内はバタバタと忙しく動き回っている様子もなく、突然の訪問ながら親切に対応してもらった。

地盤強度データを市役所で調べる

 売り出し物件が、立地・地盤ともかなり良好であると納得することができた。しかし、この土地に新築するとなれば、地盤強度データもほしくなる。地盤杭を打つ必要がある土地なら、工事費にも影響するからだ。しかし、購入する前に地盤調査をさせてくれ!と言ったところで応じてくれないだろう。新築の設計を依頼することになっていた友人の建築家に相談すると、「市役所に行けば、付近にボーリングデータがあれば見せてもらえる」と教えてくれた。

 早速、さいたま市役所(当時は浦和市役所だったが…)の建築指導課に行ってボーリングデータをみせてほしいと頼んだ。建築指導課は、建築確認申請を行うハウスメーカーや工務店などの作業服を着た人たちでごった返していた。市の職員も業者とばかり接しているためか、ボーリング調査の台帳をカウンターの上に乱暴に放り投げて「必要なところを言って!」と一言。見ると、住宅地図にいくつも赤い印が付けられている。売り出し物件を取り囲むように付近3箇所のボーリングデータを依頼すると、調査票を出してくれたが、また一言「コピーはできないから…」。仕方がないので、持参したノートに情報を書き写した。建築学科卒の知識が少しは役立ったが、その情報を建築家の友人に見てもらって納得、安心した。

 こうして土地購入を決めたのだが、決済当日の重要事項説明の時になって物件が「縄文時代中期の遺跡群のあとにかかっているので新築する場合に教育委員会の許可が必要です」と、教育委員会が作成した遺跡群の地図を見せられた。さすがに絶句したが、仲介業者は「周りにも住宅が建っていますから問題ありませんよ」と涼しい顔。女房と顔を見合わせ「それだけ古い地盤なら、かえって安全だろう」と思い直して取引を済ませた。

両手仲介業者がリスク情報を提供するか?

 震災前にこの話をすると、大方の反応は「そんなことをやる人はまずいない」と呆れられるのがオチだった。そうでなければ「建築学科卒だから判るので、一般の人には無理だ」という反応である。別に、私は特別なことをやったとは思わない。活断層の位置などは主要なものだけが公表されて全て把握できていないので「絶対に安全」とは思っていないが、自分がやれる範囲で情報収集を行って納得して土地を選んだとの思いはある。

 こうした情報の収集は、不動産仲介業者に頼めばやってくれると考えるかもしれない。国交省の不動産業課でも「宅建業者に言えば調べてくれますよ」と言っていた。しかし、以前にブログでも書いたが、売り手と買い手の双方から仲介手数料を取る「両手取引」を行う仲介業者を、私自身はあまり信用していない。実際、契約直前まで物件が遺跡群にかかっていて教育委員会の許可が必要であることを告知せず、不都合と思われる情報はギリギリまで隠していた。

 立地と地盤の安全・安心を調べるのは、現状では第三者としての客観性が担保されていない限り、買主自らでやるしかないと思っている。その代わりに、公的機関などで、詳細なハザードマップや昔の地形図などの土地履歴情報、ボーリングデータや汚染などの地盤情報を、住民が簡単に調べられるように環境を整備することが必要だろう。(つづく)

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