建設労働者の就労履歴情報をICカードやインターネットの活用で一元的に管理する「建設共通パスシステム」の本格運用に向けてシステム開発がスタートした。3月19日に都内で開催されたシンポジウムでは、3年間の研究成果として「導入に向けた技術的な課題は十分に解決できる」との報告が行われたあと、システム開発委員会の委員長となった東京大学の坂村健教授が講演し、社会基盤としての建設共通パスの必要性を強く訴えた。今後は建設業全体への本格普及に向けてICカードの配布方法などの体制を整えるとともに、新しい社会システム基盤を積極的に活用して建設業の構造改革をどのように進めていくか。社会全体が建設業界の新しい取り組みを応援して、労働環境の改善、産業の活性化につなげていくことが必要である。

 ――建設業の再生を透明性の確保という視点から書いたコラム「建設業に求められる「透明性」とは何か?」8本(2002年11月〜03年3月)をMKSアーカイブとして掲載しました。住基カードを利用した就労履歴管理についても考察しています。

総務省の「ユビキタス特区」事業に採択

 建設共通パスシステムは、様々な建設会社の現場で働く建設労働者の就労履歴を、1枚の共通ICカードを使った入退場管理によって一元的に管理できるようにする仕組みだ。2006年に竹中工務店、大林組、鹿島、清水建設、三井住友建設などの大手ゼネコンの有志によって検討がスタート。07年度に東京大学生産技術研究所所長の野城智也教授が委員長となって「就労履歴管理制度研究会」が発足し、国土交通省住宅局の助成を受けて研究に着手した。

 09年度には国交省総合政策局の「建設技能者確保・育成モデル構築支援事業」に採択された。すでに建設共通パスシステムと同様の仕組みを導入している韓国の建設業を視察する一方で、基本システムの開発を進めて、今年1月からは、異なるゼネコンの4つの建築現場を対象に入退場の記録を一元的に管理する実証実験を1か月かけて実施。全ての作業所で記録を一元管理できることを確認した。

 2010年1月には、総務省が08年1月から実施している「ユビキタス特区」事業に採択された。ユビキタス技術を活用してICT産業の国際競争力強化、地域活性化、産業再生を推進するプロジェクトを支援するもので、建設共通パスは「産業人材の士気安心向上のための就労履歴ユビキタス情報基盤の整備〜 建設業を例として 〜」の名称で、坂村教授が所長を務める(株)横須賀テレコムリサーチパークを代表機関に、2011年度末まで事業を実施する。

 建設業界でも、新たに「就労履歴管理制度推進協議会」を設立し、坂村教授のチームと連携しながら、建設共通パスの本格普及に向けた具体的な仕組みや運用ルールなどの検討を進めていく。2012年度からの本格導入をめざす。

建設業者、労働組合の双方が導入に前向きだが…

 建設業界では、すでに大手ゼネコンを中心にICカードや磁気カードを使った現場への入退場システムの導入が進んでいる。今回の建設共通パス導入に、元請業者であるゼネコンが前向きなのは、システムの共有化でかなりのコスト削減が見込める点が大きい。他のゼネコンで経験のある職人でも新規労働者として現場に配属する場合には、身元確認、各種技能資格の確認、新規入場教育、新規ICカードの発行などが必要になるが、共通化によってこれらの手間が大幅に削減できる。シンポジウムでも、従来コストに比べて63%に軽減できるとの試算が発表された。

 一方、労働者側も、建設共通パスの導入には前向きだ。東京土建一般労働組合情報戦略事務局長の徳森岳男氏に聞くと、組合でも韓国の実情を視察。労働履歴が退職金給付に結びつく仕組みなどは「労働者とっても大きなメリットがある」と評価している。日本の建設共通パスも、独立行政法人勤労者退職金共済機構の建設業退職金共済事業本部(略称・建退共)との連携を進めていく考えだ。研究会が実施した職長クラスへのアンケート調査でも約7割が導入メリットがあると回答しており、専門工事業者からも高い評価が得られたとしている。

 建設共通パスの導入は、ゼネコン、専門工事業者、建設労働者の双方にとってメリットがあり、今後は本格普及に向けて取り組みが活発化していくことが期待される。シンポジウムに参加していた鹿島の金子宏副社長も「坂村教授の話は、非常に判りやすくて良かった」と評価していたが、余計な心配とは思いつつ「この仕組みをどのように活用するかは、ゼネコン経営者の責任だと思いますよ」と申し上げた。

 シンポジウムでも、国土交通省総合政策局建設市場整備課の松本貴久労働資材対策官が「(建設共通パス導入の)利害関係はそれほど多くはないと思うが、透明化されると光と影の部分が出てくる」と指摘したように、計画の具体化が進めば、必ず反対する勢力が出てくるものである。そうした障害を乗り越えるためにも、なぜ建設共通パスを導入するのかについて、もっと議論を深めていく必要があるだろう。

重層下請け構造を解消して労働生産性の向上へ

 『建設業に携わる人たちが、誇りを持って、それぞれの技術や技能を発揮し、その正当な対価を得られる“真っ当な産業”に再生する』――MKSアーカイブに再録した2002年執筆のコラム「建設業に求められる透明性とは何か?」の冒頭に、建設業が再生する道はそれ以外にないと書いた。製造業などに比べて労働生産性が低く、かつコンプライアンスも守られていないと思われたままでは、優秀な労働力も集らず、技術力も低下して建設業が衰退してしまうのでは、と懸念したからだ。

 建設業において労働生産性が低い最大の原因は、重層下請け構造にあるのは間違いないだろう。これまでも丸投げ禁止など下請の重層化を防止するための様々な対策が講じられてきたが、十分に機能していない。7年前のコラムで、「ヒト情報の透明性」確保の必要性について考察したのも、重層下請け構造を解消するための方策として最も有効だろうと考えたからである。

 シンポジウムで、坂村教授も建設共通パスを導入する意義について「産業人材の士気を高め、安心して働くことができる環境を構築することが、日本の成長戦略にも直結する」と強調した。重層下請け構造の解消といった表現は避けていたが、まさにポイントはそこにある。建設共通パスの情報基盤を上手く活用して、重層下請け構造が解消され、労務費が適正に支払われるような、元下契約のあり方やプロジェクト管理の方法などを構築していくことが必要なのではないだろうか。

 未来計画新聞に掲載したコラム「ピンはね社会に吹き荒れる雇用削減の嵐(上)―重層下請化する労働者たち(2009-02-02)」でも書いたように、私自身も坂村教授と共通する問題意識を持ってきた。建設業で働く人たちが正しく評価されて、「個」として力を発揮できるような建設業をめざすべきだ。建設共通パスを、建設現場への入退場管理のツールや、08年度から厚生労働省が導入を進めているジョブ・カード制度のような、求職活動のための単なるキャリア形成支援ツールに終わらせてしまってはならないだろう。

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