【建設】建設業に求められる「透明性」とは何か?(7)―技術や技能を客観的に評価する基準(2003-03-12)

 2002年12月、経済産業省が中心となって、IT業界が1年半がかりで作成してきた「ITスキル標準」が公表された。このITスキル標準とは、IT分野の技術者のスキルを客観的に評価するための枠組みで、従来の資格制度をも包含する体系と位置付けられている。今後、この体系に基づいて技術者の教育制度やスキル評価、人事・給与体系などが再構築されていく方向だ。建設業にとっても、大いに参考になる事例ではないだろうか。

客観的な評価基準が透明性の基盤

 建設・住宅・不動産分野と、IT産業分野を並行して取材していると、建設産業とIT産業が産業構造の上で非常に共通点があることが判ってきた。ある意味でオールドエコノミーの代表格である建設と、最先端産業のIT産業との共通点が多いというのも面白い話ではあるが、両方とも基本的には「受注産業」であり、日本のビジネス風土に根差して成長すれば、似通ってくるのも自然のことかもしれない。

 ITスキル標準について経済産業省の担当者を取材した。その話を聞いて納得したのは、「ヒト情報の透明性」を確保するためには、このITスキル標準のような体系が基盤として必要だということである。確かに、技術者のスキルを客観的に評価する体系と尺度がなければ、いくら「腕の良い大工」というヒト情報を公開したとしても情報の信頼性が判断できず、透明性は確保できないと考えられるからだ。

様々な技術資格が氾濫するIT業界

 ITスキル標準とはどのようなものか。IT業界でもこれまで様々な資格制度が作られてきた。経済産業省が行っている情報処理技術者試験では1級技術者、2級技術者とか、システム監査技術者、データベース技術者など様々な種類があり、数多くの技術者が資格を取得している。さらにデータベースソフトの大手である米オラクル社など大手のソフトベンダーが認定する資格制度もあり、建設業界と同様にあらゆる資格が氾濫している。

 しかし、資格とは技能的にある一定レベルをクリアしていることを証明するものであって、その技術者のスキルレベルを必ずしも正しく反映しているものではない。建築の場合でも、1級建築士の登録者数は右肩上がりで増え続け、02年3月末でついに30万人を突破、2級建築士も約65万人に達しているが、スキルレベルは千差万別である。

発注者の要求と技術者のスキルをどう合致させるか

 ある不動産会社のIT責任者を取材したとき、こんな話が飛び出してきた。「システム開発を依頼して、こちらが要求したレベルに対して、派遣されてきたエンジニアのスキルがあまりにもヒドイので、出入り禁止にした大手ITベンダーがこれまで2社ある」というのである。ユーザーの要求レベルとITベンダー側のスキル評価レベルとが合致しなかったために起こった問題と言えるだろう。

 さらにITベンダーの間でも、それぞれにスキルの評価基準が異なっているようだ。情報システムの公共調達問題がクローズアップされたときに、中小ソフトベンダーからはこんな声が上がった。「実際に丸投げされてシステムを開発しているのは我々であり、技術レベルでは大手ITベンダーと遜色ない」。以前に書いた“一流ゼネコンの三流所長”の話と共通するような話である。

スキルレベルを7段階に分けてキャリアパスを示す

 ITスキルに関する様々な問題を解決しようと、開発されたのが「ITスキル標準」と言える。IT技術者の職種を、マーケティング、セールス、コンサルタント、ITアーキテクト、プロジェクトマネジメント、ITスペシャリスト、アプリケーションスペシャリスト、ソフトウェアデベロップメント、カスタマサービス、オペレーション、エデュケーションの11に分類。さらに専門分野をITスペシャリストであれば、プラットフォーム、システム管理、データベース、ネットワークなど6種類に分け、全体では38の職種を設定。さらに、これらの職種をスキル(熟練度)によってレベル1〜7の7段階に分けるという枠組みを作った。

 各スキルレベルには、そのレベルをクリアするための要件が示されているほか、若いエンジニアがソフトウェアデベロップメントのレベル1からスタートしてITアーキテクトのレベル7をめざそうとした時、どのようなキャリアパスを積んでいけば良いのかという道筋も示している。スキルレベルの要件には、コミュニケーション能力やネゴシエーション能力といったものも含まれているという。

スキルレベルごとの報酬体系で価格も透明化

 このITスキル標準が社会に普及・定着すれば、IT産業も大きく変わる可能性がある。発注者側からみると、先の不動産会社のような技術者のスキルレベルに関するトラブルもかなり減るかもしれない。建設分野で例えれば、欠陥住宅が大幅に減少することに等しいことだ。発注する時も「プロジェクトマネジメントのレベル5の技術者を1人、データベースアプリケーションのレベル3の技術者を3人」と要求レベルを示しやすくなる。

 スキルレベルごとにサービス料金相場もほぼ決まっていて、開発費を算出できるようになれば、価格の透明性も格段にアップすることになる。技術者にとってもスキルレベルがどのようにアップしていけば、市場の需給バランスなどから自分の報酬がどう増えるのかが見通せるようになるかもしれない。キャリアパスを経ていく過程で技術者の流動化が図られ、労働市場も活性化し、ひいては日本のIT産業のレベルアップにつながるだろう。

 ITスキル標準は、技術者のスキルを客観的にかつ公平に評価しようという新しい試みである。これから細かな制度や仕組みをまだまだ作りこんでいく必要はあるが、IT産業が成長していくためには避けては通れない課題であると考えられる。

材工分離方式による価格の透明化にも必要なヒト情報

 では、建設業はどうだろうか。1級、2級合わせて約100万人もの建築士がいるにもかかわらず、いまだに欠陥住宅や手抜き工事の問題が後を絶たない。そんな現状を考えれば、技術者のスキルをきちんと評価し、その情報をオープンにしていく必要があるのではないだろうか。

 発注者から最も不満の大きい「建設コストの不透明さ」という問題も、突き詰めていけばヒトの問題だ。材料費と労務費をどんぶり勘定で計算する“材工一式”から、コストの透明性を高めるために“材工分離方式”にしたとしても「工」の部分、つまり技能者のスキルレベルが明確になっていなければ、コストを客観的に判断することが難しい。

 現場の技能者にとっても、入社したばかりの若手と、50過ぎのベテランとでフィーに大差がなければ、スキルアップのためのインセンティブも働かない。技術者や技能者のスキルレベルが明確化され、客観的かつ公平に評価され、その情報がオープンになってはじめて、健全な技術競争が行われているのではないだろうか。建設業が構造的に抱えてこんでいる建設業者の供給過剰問題を、中・長期的な視点で解決していくための糸口になると考えるのである。
つづく