【IT】挫折から学んだ人生哲学を実現した「FAQサイト」ナンバーワン企業―オウケイウェイブ・兼元謙任社長(上)(2006-07-07)

 いまや判らないことがあれば、何でもインターネットで調べる時代。「オウケイウェイブ」は、インターネットの特性を最大限に生かしたFAQサイト「OKWave」を2000年1月から運営している。ユーザー同士が「質問」と「回答」というシンプルな形で情報交換ができるサイトの利用者数は、月間500万人以上。2006年6月には、会社設立7年で名証セントレックス市場に上場を果たした。
 FAQサイトは、どのようにして誕生したのか。その原点には、社長の兼元謙任氏が30歳になって経験した2年間のホームレス生活を通じて学んだ人生哲学があった。

生きる希望を見出した老婆の一言

 兼元氏は、在日3世(現在は日本国籍に帰化)として愛知県で生まれた。小学生の頃からイジメにあい、苦しい少年時代を過ごす。高校生になると自律神経を病んで入院、車椅子生活を余儀なくされるほど、精神的に追い詰められたという。

 ある日、病院で出会った老婆が手相を見てくれた。

 「あなたの前世は、非常に悪いことをした。それが原因で今は苦しんでいるが、我慢していれば、必ず良くなる」

 自殺も考えていた兼元少年は、藁にもすがる思いで老婆の言葉を信じた。ようやく生きる希望を取り戻した時、病院の中で自分の身近に居た老人や身障者たちの姿が目に飛び込んできた。

 「彼らの役に立ちたい」」

 そう思い立って高校卒業後に進学したのが、愛知県立芸術大学美術学部。学生時代から、大学の仲間などを集めて人的ネットワークを作り、自らの車椅子生活の経験を生かして、身障者の生活に役立つ道具などの創作活動を開始したのである。

 デザイナーとしての兼元氏の実力は、デザインコンペで受賞するなど高い評価を得た。しかし、身障者向け市場は規模が限られるため、いくら賞を取った作品でもなかなか商品化に至らない。それでも自分の思いを実現することに夢中で、その活動を支えてくれている仲間たちも、自分を理解してくれていると思い込んでいた。

 大学卒業後、兼元氏は日本の工業デザインの第一人者である栄久庵憲司氏が経営するGK京都に入社。サラリーマン生活を送りながら、学生時代につくった人的ネットワークの協力を得て独自の創作活動を続けた。3年後、地元名古屋に戻って仲間の1人だった女性と結婚。建設塗装会社にデザイナーとして入社する。

 建設下請け仕事に甘んじていた企業文化をデザインの力で変えようと、仲間の力も借りながら孤軍奮闘。経済産業省のグッドデザイン賞を受賞する作品も制作したが、ソフトにはカネを払いたがらない日本的な企業文化の壁を乗り越えられずにいた。

名古屋から上京してホームレス生活に

 30歳を目前にした兼元氏は、パソコン業界で急成長していたソフマップの創業者、鈴木慶氏に自分のデザインを売り込む作戦に出た。新しいパソコンのデザイン提案が認められ、仲間2人と3人で米国に行って本格的にデザイン開発に取り組む話がまとまった。

 米国へ出発する直前、赤坂のしゃぶしゃぶ屋に3人を呼び出した鈴木氏がこう切り出した。

 「もしプロジェクトが失敗したら、どうするんだ?」

 3人の決意を確かめるため鈴木氏が与えた最後の試練に、仲間2人がしり込みしてしまったのである。実はその頃、兼元氏が知らないところで、仲間たちが集まって新しい会社をつくる話が進んでいた。いくら兼元氏に協力しても金銭的な見返りがない状況が続くことに、疑惑の目を向けられたのだ。

 のちに再会した鈴木氏から「あの時、お前だけでも米国に渡っていたら…」と言われたが、信頼していた仲間たちから裏切られたショックは大きかった。失意のまま、名古屋に帰った兼元氏を待っていたのは、妻からの離婚届。何とか説得して思いとどまらせたが、名古屋で仕事を続けるのも難しい状況となっていた。

 ゼロから出発しようと、30歳で上京。しかし、何の人脈もない東京で仕事を請け負うのは容易なことではない。名古屋の妻に仕送りしながら、自分はホームレス生活を送りながら、やれる仕事は何でも引き受けた。

 2年間にも及んだホームレス生活の中で、兼元氏はこれまでの自分をこう反省した。

 「妻や仲間が自分のことを理解してくれていると勝手に思い込んで、何の説明もせず、対話もなかった。人が判ってくれていると思うのは幻想だ」

 パソコンなら基本ソフト、通信プロトコルも同じであれば互いに知識を共有できるが、人間は一人ひとりハードもソフトも違う。人間は分かり合えないのが当たり前。だから戦争も起る。しかし、それで諦めてしまえば、戦争をなくすことはできない。

 「どうしたら、人間は分かり合えるのか?行き着いたのは、ギリシャ哲学の”弁証法”だった。Q&Aを繰り返えしていくことが重要なんだと…」

 FAQサイトの発想は、ここから生まれた。

(つづく