市場競争にも大きく分けて、新しい需要を生み出していく競争と、すでにある需要をより安い価格で奪い合う競争がある。その2つのバランスが保たれて、市場経済は健全に発展していくと私は考えてきた。日本のピンはね社会=重層下請構造は、後者の競争が行き過ぎた状態に陥っていることを示しているのではないだろうか?いずれ職人やソフト技術者、クリエーターなど現場の労働者たちを疲弊させ、新しい需要を生み出す力をも日本社会から奪い取っていくだろう。限られたパイを奪い合うだけが競争ではない。

リスク評価が不得手な日本人

 水と安全はタダ―イダヤ・ベンダサン著「日本人とユダヤ人」に出てくる有名な表現だ。私自身は、この有名な本を読んだことはないのだが、IT担当記者としてコンピューターセキュリティ問題を取材していた頃、日本になかなかセキュリティ対策が普及しない理由として、決まり文句のように使われていたので覚えてしまった。

 本が出版された1971年は、その前年に日本は資本自由化に踏み切り、本格的な国際競争に突入した頃である。「日本人は水と安全をタダだと思っている」との指摘は、国際社会は、日本のように水と安全はタダと思われているような”甘い”島国社会ではなく、厳しい競争社会であることを強く意識させた。

 私も、水と安全はタダという言葉を、日本人のリスク感覚が乏しいことを言い表したものと受け止めてきた。しかし、自然災害の多い日本は、決して水と安全がタダだったわけではない。むしろ、社会全体として安全・安心のためのコストを負担し合ってきたと言えるだろう。

 そうだとすれば、日本人はリスク感覚が乏しいというよりも、自己責任としてのリスク評価が不得手と言うのが正しいのかもしれない。何か問題が生じても、すぐに「国や役所は何をやっている!」と、個人で処理せずに、社会全体に丸投げしてしまう。それによって社会的負担がどれだけ増えるのかといった検証も行われないまま。今日の官僚主導国家を生んだ原因ではあるまいか。

規制緩和で国際競争力は回復したのか?

 戦後の日本経済は、ものづくりと貿易で発展を遂げてきた。その原動力となってきた自動車や電気製品などの工業製品はほとんどが欧米で発明されたものばかりだ。日本が独自に生み出した市場として思い浮かぶのは、ソニーのウォークマン、任天堂の家庭用ゲーム機…。日本企業の多くは、安い価格などを武器に需要を奪い取ることで国際競争を勝ち抜いてきた。自分の経済記者生活を振り返っても1995年までは貿易摩擦問題に明け暮れてきた。

 確かに競争によって市場の成長は促進され、消費者も多大な恩恵を受ける。同時に新たな参入者を招き、市場の奪い合いは一段と激しくなっていく。かつてはコスト競争力で優位に立っていた日本企業は、東西冷戦が終わって90年代に入ると、中国など新興国の台頭もあって思うように勝てなくなった。

 96年の橋本内閣からスタートした構造改革は、国内のあらゆる分野で規制緩和が進めることで、再び国際競争力を高めるのが狙いだった。その結果、勝ち組、負け組という企業の二極分化が進む一方で、社会全体として安全・安心を支えていた様々な仕組みが壊されて、個人所得の格差も拡大し始めた。

 規制緩和によって自動車産業などで国際競争力は高まったかもしれないが、その恩恵は一部の企業や個人に限られ、多くの国民には実感がなかったのではないだろうか。むしろ、高度成長期に蓄積してきた国内の富を、世代間や地域間などで奪い合いが始まってしまった。

なぜ社会の効率化は進まないのか?

  競争社会では「知らない者が馬鹿を見る」ことが少なくない。相手が判らないのを良いことに、手数料や仲介料などの名目でピンはねする仕組みが巧妙に入り込んでくる。私自身もそうだが、手数料が適正かどうか評価もせずに言われるがままに支払っている人は多いだろう。振り込め詐欺の被害が少ない大阪のオバチャンは一言、言っているかもしれないが…。

 そうした古くからの商慣習や制度は、IT社会が訪れてスマート化が進み出しているはずの現在でも、至る所にこびり付いたままだ。本来なら社会の変化に応じて、リスクを再評価して見直す必要があるはずだが、既得権益化したままで新たな仕組みや制度が付加されていくばかり。いくらIT化しても社会の効率化が一向に進まない。

 労働者派遣法では、派遣会社の取り分を明示することが定められているが、請負契約には規制がない。キヤノンなどで発覚した偽装請負問題が陰湿なのは、業務委託契約であれば派遣会社はいくらでもピンはねが可能であるということだ。法規制のある派遣社員に対しても、情報登録料などの名目でピンはね額の水増しが行われていた。

 本来、労働に対する対価は、正規・非正規に関係なく、同等であるべきだろう。それにも関わらず、非正規への切り替えが急速に進んだのは、需給調整に対応しやすいという以上に、労務費を容易にカットできたからである。所得格差が拡大したのも当然の結果である。

社会にはびこるピンはねの実相

 最近のニュースを見ても、ピンはね社会を実感させる話題は後を絶たない。

 大分県のキヤノン関連建設工事発注をめぐる脱税事件では、御手洗キヤノン会長の友人のコンサルタント会社社長が、裏金で処理しなければならないほどの巨額の手数料を鹿島から受け取っていた。正当なコンサルタント料なら、何も裏金にする必要がないはずだが、世間に知られては困るカネだったと思われても仕方がない。

 日本漢字能力検定協会の儲け過ぎ問題も、構図は同じだろう。1人当たりの検定料は最高5000円と、受験者にとっては高いか安いか判断するのは難しい。そこに付け込んで、多額の利益を出して、ファミリー企業で食いモノにしてきたと報じられている。

 公務員の天下りや渡りの問題も、国民が知らない間に、自分たちの都合が良い仕組みを作って、税金をピンはねしてきたようなものである。最近では、天下り先の公益法人などに直接、税金を投入するのではなく、先の建築基準法改正のように、新しい制度をつくって検査や登録などの手数料収入が入るような仕組みにするなど、ピンはねも巧妙化(?)してきている。

市場経済の恩恵を社会に地球に還元

 奪い合いは、最後に戦争へと行き着く―。世界各地で今も起きている戦争ニュースを聞くたびにそう感じるが、すでに人類は地球からも多くのものを奪ってきた。地球環境問題に真剣に取り組み始めたのも、地球から奪うだけでは人類が生きていけないことを誰もが感じ始めたからだろう。

 限られた資源、限られた食料、限られた土地、限られた地球の中で、いかにスマートに市場経済を運営していくのか―。小泉時代の前に時計の針を戻しても、新たに規制強化ばかりしても、問題解決できないのは明らかだ。

 社会の効率化を進めるうえで、規制緩和は有効な方策であり、今後も積極的に進めていく必要はある。重要なのは、それによって得られる恩恵が一部の企業や個人にとどまるのではなく、労働者を含めた社会全体、さらには地球環境にも還元されるような仕組みや配慮である。

おわり)→(上にもどる

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