【IT】日本のITの歴史―SONY『NEWS』の戦略(5)(1989-03-20)

2・2ソニーのマーケティング戦略(続き)

【AXパソコン】

 オフィス処理の革新を達成するためにどうしても必要なツールがパソコンだ。エンジニアリング分野ではNEWSの100万円を切る価格で十分一人一台の環境を実現することは可能だが、オフィス分野ではまだ高い。オフィスにおける一人一台の端末としてはパソコン、ワープロで十分であり、問題はどのようなパソコンを製品化するかに絞られていた。

 NEWSの事業が軌道に乗り始めた88年の初め頃から本格的にパソコンの製品企画をスタートさせたようだ。その時点で土井氏は、パソコンについても全く独自の製品を作るようなことはせずに業界標準を考慮したものとすることを表明していた。そうなると選択肢は非常に限られたものとなる。つまり、日本国内で考えれば日電のPC−9800互換、富士通―松下連合、IBMのPS/55、そしてAXしかないわけで、標準ということになると日電互換となる。また、世界市場で考えれば、IBM PC/AT、IBM PS/2、アップルのマッキントッシュ、そして将来性という点で加えるならNeXTも考慮に入るかもしれない。しかし、標準となるとやはりPC/ATしかないわけで、「ソニーが日電互換をやるわけにはいかないし、世界を視野に入れたビジネスを展開していくとなると、AX以外に道はない」(土井氏)。

 88年の夏頃にAX協議会のメンバーに加わり、その秋にはCD−ROMビューアーの形で試作機を発表、そして89年3月に「Quarter L(PCX−300シリーズ)」のブランド名でAXパソコンビジネスをスタートさせた。具体的な商品化に当たって土井氏が88年暮れに設立したPC事業部に出した要求は明快だった。

@32ビットパソコン時代に対応してCPUはインテルのi80386SXを採用する
A分散ネットワークの端末とするために、イーサネットのインタフェースを標準装備する
B以上の構成で価格は20万円前後を実現する
この3条件は、それまで発売されていたAXパソコンが32ビット機で3倍以上の価格が設定されていることを考えても一度に実現することは不可能に近いと言わざるを得ないが、土井氏がパソコン、さらにはネットワークに対してどのような考えを持っているかがはっきり表れている。

 製品にとって価格は最大の戦略であり、それをどのような観点から設定するかが大きなポイントとなる。一般には競合商品の価格を基準として設定するのが常套手段であり、一気に2分の1、3分の1といった価格を無理に(?)設定するメーカーはいない。また、ユーザーが要求している機能を満足した製品を開発し、それにかかった製品コストから価格を決定するというやり方が普通と考えられる。

 先に富士通が発売したFM TOWNSは、32ビットパソコン、CD−ROM内蔵という機能から考えれば、本体価格で33万8000円は破格の値段ということができる。さすがに技術力のある富士通ならではの機能を満載しているが、ターゲット市場、価格、機能のバランスを考えた場合、機能に重点を置き過ぎたのではないかとの疑問もある。店頭販売主体のホームユースという割りには価格が高すぎるし、機能も欲張りすぎた。確かに日電のPC−9800と比べてみれば性能価格比の面で競争力があるように設定したのかもしれないが、FM TOWNSは製品としてもろにPC−9800の市場を狙ったものでもなさそうだし、むしろこれまでにない全く新しい市場をめざした製品であるならなおのこと、ターゲット市場と価格戦略を前面に押し出した方がわかりやすい。

 これに対してソニーの戦略は、実にクリアだ。ターゲット市場は「分散ネットワーク環境における一人一台」のマーケットであり、そのためにはエンジニアリング分野ではNEWSの登場の時がそうであったように本体価格で100万円を切ることが戦略だった。理想から言えば、87年9月に発表した「NWS−711」の57万5000円のように50万円前後が一人一台の端末として企業が気軽に出せる価格だろう。そして、それをオフィス分野に当てはめると、本体価格で20万円前後が狙い目と判断したわけだ。そして、それに必要な機能が加算されていくことになる。

 実際には土井氏の3条件を充たしたパソコンを今回商品化することはできなかったが、それを一挙に8モデルという幅広い製品ラインを揃える戦法でカバーしたのは、AXパソコンでは後発という点も考慮してのことだろう。8モデルともi80386SXを搭載して条件@を充たしたが、それにイーサネットを装備する(E21)と価格が44万8000円と条件の約2倍となった。

 しかし、32ビットパソコンとしては初の20万円台を実現したF11(27万8000円)を用意してセールスポイントを作るあたりは卒がない。さらにQuarter Lでもいくつかのシカケをつくっている。

@ハイシエラ方式のCD−ROMドライブを内蔵したCD−ROMビューアー(C41/C11)はマイクロソフトのMS−CDEXを標準装備。日本書店商業組合連合会の出版業界VANの端末としての認可も得た。
ANEWSをファイルサーバーとして文書資源の共有、一元管理(シェアードファイル)を実現するため、イーサネット対応のE42/E21には統合文書処理ソフト「Z's NOTE WRITE&DRAW」(ツアイト製)を標準装備した。

 もちろんAXのための豊富な流通アプリケーションも利用できるわけだが、これまで商品化されたAXパソコンのなかで標準マシンでありながらこれまで他社と違った特色を打ち出したのはソニーが最初だろう。シャープが得意の電子手帳との組み合わせで特徴を出そうとしているが、電子手帳との組合せであれば個人ユースが重要なターゲット市場となるわけで、その割りには価格が高すぎると言わざるを得ない。

 やはり、機能と価格とターゲット市場の3条件のバランスが整って初めて商品がヒットする。当然のことであるが、どうしても独り善がりな商品を生み出すケースが国産メーカーには多いような気がする。土井氏はマーケティングの巧い会社としてIBM、DEC、Sun、Appleの4社の名前を挙げた後、「国産メーカーでは」との問いには押し黙ってしまった。どうやらマーケティングカを評価できるほどの国産メーカーはいないようだ。しかし、土井氏が挙げた4社と日本メーカーが世界市場で競争していくためには、どうしてもマーケティングを強化していく(もちろん日本メーカーの得意な技術力レベルはそのままで)ことが必要だろう。

(つづく)