2・3ソニーの販売戦略

 社内ベンチャーとして86年5月に誕生したスーパーマイクロ事業部(現事業本部)は、社長直轄のチームとして活動を開始したが、土井氏は当初から「ソニーの資産には基本的に頼らない」との方針を打ち出した。もちろん生産設備や、人材などはソニー内部から調達したわけだが、その調達も全くゼロから事業部がお膳立てし、製品を販売するにあたってソニーの持っている代理店や営業部隊などの販売網を使わず、独自に販売網を構築したという具合だ。

 新規事業を開始する場合、一般には持っている資産を最大限に活用しようとする企業が多いが、最大限というのは時として、新親事業を拡大していくうえで弊害となるケースもある。むしろ金と人材だけ出して後は勝手に進めていくほうが事業として大きく成功するチャンスが多いように思える。外部からみればソニーという大ブランドを後ろ盾にしているように見えても、実際内部ではソニーには頼れないとの緊張感があって、かえって良かったのではないだろうか。それは、一般にも当てはまりそうで、企業としては超一流で鳴り物入りで情報通信分野に参入したものの、自分の出身業界を気にするあまりマイナーな市場でコセコセとビジネスしているケースが大半を占めている。

 スーパーマイクロ事業部にとってソニー本体に頼れるのは人材と金ということになれば後は全く自分でやるか、他に頼るしかない。そこで普通は自分でやる部分と他に任せる部分とのバランスを取ろうと考え、最も効果のある線引をしようとする。しかし、その場合はよっぽど腹を割って話し合わないと歯車が回転していかない。それよりは思い切って任せてしまった方が、任された方のやる気を引き出し、相乗効果で思いがけない成果を生む可能性が高い。

 とくにハードウェアメーカーにとってソフトハウスの協力は不可欠であり、NEWSのような標準規格を最大限に取り入れたマシンではなおさらだ。そこでソニーはNEWSの国内販売については直販を全く行なわない方針を打ち出し、パートナーに対してそれを確約した。土井氏はそうした戦略を「最上の素材だけを提供する”肉屋”に徹する」と表現している。そのためSRA、東洋情報システム、日本電子計算(略称・JIP)といった有力ソフトハウスが付加価値販売業者としてNEWSを扱う結果となった。

【国内販売】

 NEWSの国内販売は、まずCASE分野をターゲットに順調に立ち上がった。その主力となったのが、JIPとSRAの2社だ。ソニーは87年から4半期毎にセールスマンコンテストを開催して、NEWSを多く販売したセールスマンを表彰する制度をスタートさせたが、ここで上位5番目までに入賞するセールスマンはこの2社でほとんど独占されることが多い。2社ともCASEのアプリケーションを得意としており、NEWSがこの分野に対してよく売れたことを物語っている。

 しかし、こうした販売方法はある意味でゲリラ戦法であり、小規模ロットでまんべんなく売ることはできても、大企業の大規模システムを丸ごと受注するには難しい面がある。わが国のユーザーはどうしても大手メーカーを指向する傾向があり、とくに自分の会社の経営をかけて巨額の投資を行なう場合小さなソフトハウスに任せることはまずしない。

 ソニーでも販売台数は順調に増えているものの、1システム100台以上のビックビット(大型商談)で連敗が続いた。大手メーカーが商談の早いうちから積極的なトップセールスを展開してくるのに対して、代理店から要請があってソニーの幹部がユーザーに出向いたときにはほぼ勝敗がついているケースが多く、代理店としてもいつのタイミングでソニーに対してトップセールスの要請を出すべきかが、なかなかつかめないという悪循環となっていた。このため88年に入るとソニーは、販売の主体はあくまでも代理店にあるが、ピックビットについては代理店が商談の情報をつかんだ時点ですぐにソニーに連絡し共同作戦を取るとの方針に転換した。

 NEWSについては、基本的に現在も一般VARと電子出版やコンピューターグラフィックスといった専門分野に特化した専用VARの二本立てで推進しており、広告宣伝戦略でもこうしたパートナーを前面に盛り立てたものを展開している。しかし、NEWSというUNIXワークステーションであればそうした戦略でよいだろうが、パソコンとなると事情は異なってくる。

 パソコンの場合、どうしても量販店との付き合いが必要となり、VARだけでは限界がある。そのためNEWSでも国内ワークステーション営業部を設置しているが、パソコンについてはいち早く昨年の11月に国内PC営業部を設置して準備を進めている。具体的な戦略については出荷が4月下旬からということもあり、まだあまり明らかにはされていないが、NEWSのようにVAR一本槍ということのにはならない模様。また何らかの新しいシカケを作ってくることは間違いない。

【海外展開】

 いかにもソニーらしい点は、絶えず海外での事業を視野に入れてビジネスプランを策定することだろう。土井氏はいつも「国内市場だけを考えているのではビジネスを拡大するうえで限界があり、難しい。トップからは21世紀にはミニマム3000億円の事業にするように言われており、短期間でそれを達成しようとすれば世界を相手にしていかざるを得ない」といっており、それは社内ベンチャーではじまった事業であっても例外ではない。

 NEWSの製品計画やマーケティング戦略の立て方などは、米国における新しいビジネスの方法が日本に入ってくる前に先取りすることで成功した部分も多い。今後も順調に事業を拡大していくためには米国菅ビジネスを展開し、最先端の情報をうまく活用していくことが必要だろう。NEWSの国内販売が順調に立ち上がるのと並行して87年に入るとすぐに海外事業の準備を開始していった。

 87年12月には米国と欧州の現地法人内にインターナショナルベンチャーカンパニー(企業内ベンチャー)をそれぞれ設立した。米国はソニーアメリカの一部門としてカリフォルニア州パロアルトに「SONY MICRO SYSTEMS COMPANY」を、欧州はソニーヨーロッパの一部門として西独ケルンに「SONY MICRO SYSTEMS EURPOE」を設置して、88年3月にはまずソニーアメリカのサンディエゴ工場で現地生産を開始した。

 88年の春にはAIワークステーションで有名な米シンポリックス社をはじめとして米国で数社のVARをリクルートし、6月からまず米国でのビジネスをスタート、9月から本格出荷している。また、欧州では88年8月までに英国、スイス、オランダ、スウェーデンの4カ国でデイストリビューター1社づつを決め、西独については西独サン・マイクロシステムズから営業部隊ワンパッケージごと引き抜いて直販体制を敷き、9月頃からサンプル出荷を開始した。

 このほか韓国では大字電子と代理店契約を結び、台湾ではVAR2社を確保、オーストラリアはソニーオーストラリアにUNIXの部隊を設置してVAR数社を通じてビジネスをスタートさせている。88年までにはフランスをのぞくほとんど主要のマーケットに一応の拠点を設置し終えるスピード展開である。

 ソニーでは91年には米国で10−15%、欧州では15−20%のシェアを確保する計画で、将来は本格的な海外生産も行なう考えだ。現在NEWSは長野県にある東洋通信工業で生産しているが、その敷地内に最新鋭の新工場を建設中。そこでの製造ノウハウを海外生産に生かしていくことにしており、最新の自動化製造技術を駆使した工場になる予定。

(おわりに)

 ソニーが当時としては破格の低価格でEWSに参入する情報が流れていたとき、通産省ではシグマ計画に甚大な被害を与える可能性から、市場を乱すものとしてソニーの事業開始に待った!をかけたとの噂があった。シグマ計画では90年頃に100万円台のシグマWSをメーカーに実現させることでわが国における本格的なソフトウェア工業化を推進しようという目論みを持っていた。そこにシグマとは関係ない低価格EWSが登場してしまったのでは、シグマが出来上がる前にシグマ以外の環境が普及してしまい、シグマの存在意義がなくなってしまうと考えたようだ。

 実際、通産省の危惧は見事に的中し、シグマ計画はいつのまにか地方のソフト産業振興という役割に比重が移ってきている印象を受ける。やはり日本だけに閉じたものでは日本市場のなかでの成功すらも難しいといわざるを得ないだろう。ここ2−3年のコンピューターのヒット商品のなかでも大成功を納めた東芝のラップトップパソコンも日本以上に欧米市場で受け入れられた。東芝のパソコン事業の規模は国産では2位といわれてきた富士通といつのまにか同等になってきている。ひとつの商品で日本、海外の両方で成功することがコンピュータービジネスを展開していくうえで、今後ますます重要になってきているといえそうだ。

(おわり)

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