【IT】日本のITの歴史―SONY『NEWS』の戦略(3)(1989-03-20)

2・2ソニーのマーケティング戦略

 ソニーがNEWSを製品化してまず狙ったターゲットが、CASE(Computer Aided Software Engineering)である。ソフトウェアの開発では徐々にWSにツールを使った環境が導入され始めていたが、まだまだWSが高すぎたために本格的に利用するまでには至っておらず、ツール類も十分に整備されていなかった。そのため、85年からシグマ計画がスタートしていたわけで、国産メーカーはいつものことながら通産省の言うことを鵜呑みしてわが国のCASE市場がシグマ計画の沿って動いていくものとみていた。

 しかし、シグマ計画はあくまでも日本だけのものであり、その一方で米国ではサン社のWS上にサードパーティが充実したCASE環境を構築しつつあった。さらにUNIXバークレイ版の性格上、大学などでの先進的なツールもサポートされており、エンジニアたちにとっては実に理想的な環境が整っていることになる。言うまでもなく、EWSを最初に導入して生産性を向上しなければならないのは、もっとも人材が不足しているトップレベルのエンジニアたちであって、かれらはシグマのような既製品を利用する必要はない。かれらは本当にほしいツールを自分で探して使いこなすようになるだろうし、そこで十分評価されたツールをその下のエンジニアに使わせればいいことになる。またプログラマーレベルであれば、高額なEWSでなくてもパソコンで仕事はできる。

 そうしたエンジニアが望んでいたのが、低価格サン互換EWSであり、NEWSはそれを十分に満足していた。したがって、CASE市場には黙っていても売れる環境が整っていたわけで、出せば売れるというほどの魅力ある製品をまず開発したところで、第1ラウンドは大成功と評価できる。実績もない、ブランド力もない、知名度もない、といったメーカーが成功するためには、かつてのDECのVAXやアップルのマッキントッシュといった製品のように製品そのものに強烈な魅力があることが第1条件だろう。

 その後のソニーの戦略についてはまだ評価する段階ではないが、次々と新しい戦略を打ち出しており、それぞれに十分インパクトがある。私見ではあるが、今後これらの戦略は成功する可能性は極めて大きいと考えられる。その理由については後述するとして、CAS Eから、これまでのマーケティング戦略をまとめてみる。

 ソニーが、CASEの次のターゲットとして選んでいるのは、エンジニアリング分野ではCAD/CAM(コンピューター支援による設計・製造)であり、そしてオフィス分野への進出である。オフィス分野への進出は、非常に計算されて準備されてきており、その戦略の概要は土井氏が88年5月に書き表わした小論文「水平型分散処理によるオフィス革新について」で知ることができる。

 戦略を進めるうえでソニーが用いている方法は、
@ソニーが独自に持っている技術を最大限に利用する
A標準化の動向を見極め、その標準をサポートする
B標準がない場合には業界他社のコンセンサスを得られやすい状況を作り出し、自ら標準の旗振り役となる
Cソフトハウスなど第三者の協力を最大限に活用する
Dすでに米国市場で新しいマーケットとして創造されつつある新親分野をいち早く日本市場に導入する
―などが挙げられよう。引き続き、それぞれの戦略について項目ごとに検証する。

【CAD/CAM】

 エンジニアリング分野でCASEに次いでソニーが狙っているのが、同分野ではもっとも市場サイズのおおきなCAD/CAMである。CASE市場もCAD/CAM市場に迫る勢いで成長しているが、やはりエンジニアリング分野では最大の比重を占めており、それだけに競争も激しい。そこに進出するためにまず使った方法が@で、ソニーの技術としてお馴染みのトリニトロン・ディスプレーを活用しようという戦略だ。

 87年秋のデータショウには、ひとつの目玉製品となる電子製図板とでもいうべき全く新しいコンセプトのディスプレー装置「ベクトロン」の試作機を出展、88年9月に超高精細のモノクロディスプレー、カラーディスプレー、高解像度フルカラーグラフィックボードなどと合わせて、一気に発表した。もちろんここでも業界標準という点には十分配慮がなされており、例えばグラフィックボードの能力もCAD/CAM分野で今後標準的になるとみられる10万ショートベクトル/秒に設定した。また価格も、NEWSと組合せたグラフィックワークステーション構成で400万円を切るようにし、ダイキンや日本無線などの低価格マシンに対抗できるようにする措置も忘れてはいない。

 これと同時に20インチトリニトロンカラーグラフィックディスプレーの開発発表も行い、今年秋には商品化をめざしている。
 CAD/CAMに対する取り組みはまだ始まったばかりで、土井取締役も「CAD/CAM市場はすでに先発メーカーの資産が蓄積されており、CASE市場のように簡単にはいかないだろう。2−3年かけてじっくりシカケを作っていくつもりだ」と、CAD/CAM市場開拓の難しさは承知している。それだけに今後の戦略が注目される。

【オフィス革新】

 ソニーはNEWSをエンジニアリング分野向けだけに製品化したわけではなかった。UNIXはそれまでエンジニアリング分野で利用され、オフィス分野で使われた実績はほとんどなかったが、UNIXも徐々にオフィス分野で使用できるように強化されつつあり、UNIXをオフィスで利用する試みの活発化していた。

 そうしたことからソニーでもNEWSをエンジニアリングワークステーションと呼ばずに、当初からネットワークステーションと位置付けた。UNIX環境では、通信の標準化がオフィス環境に比べて非常に進んでいることに着目していたわけだ。オフィス環境でもOSI(開放型システム間相互凄続)と呼ばれる標準通信体系がようやく規格化されつつあるが、UNIX環境ほど標準化されるかどうかは未知数であり、イーサネットLAN、TCP/IP、NFSといったものが標準としてすでに実績のあるUNIX環境を分散ネットワークシステムとしてオフィスに導入する試みはある意味ではリーズナブルな考えといえる。

(つづく)