国土交通省が「建築物の安全性確保のための建築行政のあり方について」の中間報告を公表した。役所のチェック機能を強化するだけで、社会インフラである建築物の安全性を本当に確保できるのだろうか。

建築物の安全性を全て国が担保できるのか?

耐震強度偽装問題も、その後のライブドア事件や米国産牛肉輸入再開問題、防衛施設庁官製談合事件と大きな問題が次々に表面かしたことで、少々影が薄くなった印象もあります。

しかし、1月27日に国土交通省が「建築物の安全性確保のための建築行政のあり方について」の中間報告を公表。30日には、ヒューザーが18地方自治体に対して139億円もの損害賠償を請求する裁判を起こし、翌日に被害住民がヒューザーの破産を申し立てるなど、新しい動きも相次いでおり、まだまだ目が離せない状況と言えるでしょう。

ヒューザーの損害倍相請求は、小島社長の言動からみて当初からある程度予想されていた行動でした。建築物の安全性は、建築確認・検査制度を通じて国が担保していると解釈するならば、欠陥を見逃した国の責任を問うという理屈も成り立ちます。

ヒューザーはあくまでも、木村建設や姉歯元建築士に騙された被害者だと言い張るでしょうし、ひょっとすると、そんな建築業者や建築士に事業者の免許を与えていた国に責任がある、なんて言い出すかも…。

姉歯元建築士に賠償能力はないですし、施工業者の木村建設は銀行が債権回収のためにサッサと潰しちゃうし、国に責任を被せるのがヒューザーにとっても被害住民にとっても都合が良いという考え方もできるかもしれません。
(施工業者の太平工業だけは、幸い(?)なことに、親会社が事実上、新日鉄なので逃げ切れないとは思いますが…)


”お上”は全てお見通しなのか?

国土交通省が公表した中間報告も、相変わらず役人的な発想から抜け切れていない内容の報告書でした。これだけ社会が複雑化したなかでも、“お上”がチェック体制を強化して建築士や施工業者などへの規制を強化すれば、全ての不正や瑕疵を間違いなく見抜けると思っているのでしょうか。

話は横道に入りますが、政府が初めて国家戦略としての「情報セキュリティ基本計画」を2月2日に策定し公表したので、先日、民間人として役所に入って計画策定に当たった山口英内閣官房セキュリティ補佐官に取材したとこのことです。

IT社会の進展に伴って安全性をいかに確保するかという最重要課題について、今回の基本計画では「新たな官民連携モデルの構築」という方針を打ち出しました。政府・地方自治体、電力や証券などの重要インフラ、企業、個人レベルまで、それぞれの立場に応じた責任と役割分担を求めていくという考え方です。

「いかにして安全性を確保するのかという議論で、役所が規制してチェックすれば安全を確保できると主張する役人が、いまだに居るんだよねえ」と、山口さんも計画取りまとめの苦労話をしていましたが、国交省の中間報告はその発想から抜け切れていないと言えるでしょう。

「安全に関しては、理想を言っても始まらない。あくまでも現実主義的な対応が必要だ」―確かに、建築確認・検査で不正や瑕疵を100%検出できるのが理想なのでしょうが、山口さんも強調するように、チェックしきれない場合を含めて不正や瑕疵を排除する仕組みを構築していくことが必要です。

中間報告でも指摘しているように、瑕疵を瑕疵担保責任賠償保険でカバーするにしても、故意や重過失の場合は免責されるのが保険の基本的な仕組みです。今回のケースは保険加入を義務付けても解決されないことになります。その場合建築確認・検査で故意や重過失を見過ごしたときの責任は誰が担保するのでしょうか。


建築業界の”お上依存体質”にも問題

建築業界にとって最も深刻なのは、業界全体の“お上依存体質”にあるのではないかと私は考えてきました。耐震強度偽装問題が発覚したあとに会ったある上場ゼネコンの社長も「建築確認が通れば、設計が間違っているかどうかなんて、施工業者はチェックしないよ」と言い切っていました。大手ゼネコン首脳も、「まさか日建設計(建築事務所最大手)が設計して、建築確認を通った図面を疑わんでしょう」と言っていましたが、そうした建設業界の実態の方がよほど問題ではないでしょうか。

2003年8月に発生した新潟市の朱鷺メッセ連絡橋崩落事故を覚えている方も多いと思います。その後の事故調査によると、優秀と言われる構造技術者が設計を手がけ、建築確認も通って適切に建設されたにも関わらず、設計ミスによって構造物が自重によって崩壊したというものでした。

幸い、死傷者を出す事故にはならなかったので、メディアもあまり大きく報道せず、事故原因までは知らなかったかもしれません。しかし、このケースも、構造計算を偽装したわけではありませんが、構造的な欠陥を建築確認の段階で見抜けなかったことに替わりはないのです。構造設計者にとっては、データを偽装した今回の事件以上に衝撃は大きかったかもしれません。

建築は、よく「経験工学」だと言われます。自動車のように、設計したあと試作車をつくり、走行実験や衝突実験を行ったうえで、発売される商品ではなく、建築物は設計したあとは、すぐ実際に作られて、実用化される商品なのです。そのときに、自動車のような走行実験や衝突実験などに代わって安全性を確保するのは、建築技術者が培ってきた長年の経験や勘だからです。


工事現場こそが品質向上を担う中枢機能

鉄筋コンクリート造のマンションと、木造戸建て住宅の設計・施工を比較できないとは思いますが、私が自宅を建設したときのことを振り返れば、建築確認が通ったから、それで安全が担保されたなんて全く考えませんでした。

私が信頼する優秀な設計者(ちなみに大手ゼネコン首脳も全幅の信頼を寄せる日建設計ですが…)に依頼し、多くの建築家が信頼している工務店に施工を依頼しても、私自身が図面をチェックしたり、現場に行って工務店の現場監督と「設計はこうなっているけど、この部分の強度は本当に大丈夫なのか?」と意見を聞いたりしながら、建築主としてより安全な建築物を作ろうと努力しました。

本来の建築現場とは、優秀な設計技術者が作成した設計図面でも、ベテランの現場監督者が施工図面に書き直しながら「こんなんじゃ、ダメだ。検討し直して来い」をつき返すぐらいのやり取りが行われ、設計に対する様々な知見が加えられて、より良い建築物を仕上げていくチェック機能の中枢部分でもあるはずなのです。

いまや数々の修羅場を経験してきた団塊世代の現場技術者たちも定年退職で現場から消え去ろうとしています。そうした状況のなかで、いかにして建築物の安全を確保するのか。お上のチェック機能を強化すれば済むような話ではないように思うのですが…。

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