世間を騒がせ続けるマンションの耐震強度偽装問題―。なぜ、このような問題が起ったのか。その原因は、日本の建築生産システムを決めてきた建築基準法の生い立ちと、80年代の日米貿易摩擦問題にルーツがある。

善意の上に成り立った建築生産システム

マンションの耐震強度偽装問題をきっかけに、建物の安全性に対する関心が高まっています。この連載コラムでも、家を「つくる」と「買う」との違いを通じて、住宅の品質・性能をどのようにして担保したら良いかを考えてみましたが、改めて今回の問題について考えてみたいと思います。

“善意の上に成り立った建築生産システム”―この連載コラムでも、このような表現を使って日本の建築生産システムの“危うさ”に対して警鐘を鳴らしてきました。現状では建築プロジェクトに全員が正しく役割を果たすことが前提になっている仕組みであって、そこに悪意が入り込んだ場合、それを排除することが難しいのです。

以前から、欠陥住宅問題が騒がれてきたにも関わらず、行政などによる検査体制が十分に機能していなかったことに疑問を感じるかもしれません。そうした背景を、建築基準法など制度的な問題も含めて整理しておくことが必要でしょう。

建物の構造計算は、非常に専門的で複雑な計算が要求されるのは確かです。今回の事件で明らかになったように、建築士の資格を持つ建築設計事務所や建設会社でも、構造計算だけは専門の建築士に依頼する領域となっているわけで、裏を返せば建築士全てが構造計算分野に強いわけではないと言えるのです。

話は脱線しますが、私が卒業した大学の建築学科には構造設計で有名な名物教授がいました。その教授が担当していた大学2年の時の必修科目である「構造設計法通論」は、毎年200人以上が試験を受けても単位取得できるのが20―30人という超難関科目。必修なので単位を取らなければ卒業できないのに容赦なく落第させてしまう。大学4年まで3年間受けても合格せずに、就職が決まったあとに追試、追試で何とか通ると学生も少なくありませんでした。

当時は、構造計算も現在のように誰もが簡単にパソコンを使えるわけではなく、電卓だけで計算するのですから大変です。しかも、大学を卒業して超高層ビルに対応できる高度な技術者から、中学卒業後に現場叩き上げで建築士になる技術者もいる。当然、高度で複雑な構造計算に対応できる技術者ばかりではないのです。


戦後の建築物の安全を確保してきた「仕様規定」

戦後、極端な住宅不足から政府は持ち家政策を積極的に推進してきました。ピークには年間190万戸、その後も年間120万―130万戸という膨大な数の住宅建設が行われてきたわけで、木造戸建て住宅から超高層マンションまで、すべての建物で構造計算を実施するのは難しかったでしょうし、費用もかかって無駄な面もあったと言えます。

そこで、国は、複雑な構造計算を行わなくても、一定の耐震強度などを確保できる簡易的な設計手法を導入してきました。有名なのが、木造住宅などに適用されてきた“壁量計算”と呼ばれるもの。耐震壁を建物のX軸、Y軸方向にそれぞれどれぐらいを設置したら良いかを定めた計算式があり、一般の方にでも簡単に計算できる手法です。

こうした計算方法が、建築基準法とその関連規則などで定められ、釘の打つ間隔や部材の太さなども寸法まで決められていました。全ての主要なスペック(仕様)を国が建築基準法で定めて守らせるやり方は『仕様規定』と呼ばれていました。


日米構造協議で槍玉にされた住宅価格

話は飛んで、1980年代に入って激化した日米貿易摩擦について簡単に触れておきます。私自身、半導体担当記者だった85年に日米半導体摩擦が勃発し、コンピューター担当だった80年代後半は日米構造協議でスーパーコンピューターなどの政府調達問題、自動車担当だった94年は世界貿易機構(WTO)が設立される直前に起った日米自動車摩擦を経験するなど、この問題には深く関わってきました。

基本的な構図は、高度経済成長を通じて競争力の高まった日本の工業製品が大量に米国市場に流れ込み、対日貿易赤字が大きく膨らんだこと。これを是正するには、日本からの輸入を止めればよいわけですが、そうすれば米国経済も一気に悪化してしまう。そこで、米国からの輸出を増やして貿易バランスを均衡させる手法が考えられたのです。

このときにターゲットにされたのが、年間30兆円近い投資を続けてきた公共事業と年間100万戸以上の需要があった住宅だったわけです。90年の日米構造協議では、日本の内需拡大策として10年間で430兆円(年平均43兆円)もの公共投資を行うことを表明させられ、先に完成した中部国際空港などを外資系企業の受け入れプロジェクトに指定するなどの対策を講じながら、日本中で今では「無駄」と批判されるような公共工事が行われてきたのです。

では、住宅では何が問題にされたのか?

まず、最初に米国が主張してきたのが「日本の住宅は高すぎる!」という点です。米国は、公共事業でも「日本の建設費は欧米に比べて3割高い」という主張を展開し、まずは日本のマスコミや一般国民を味方につける戦略に出たのです。

冷静になって考えてみれば、日米の建築生産システムの違いや、地価などの物価の違いを全く無視した議論でした。しかし、一般庶民の感覚にも「家は高い」との思いがあり、マスコミも米国の主張にあっさり乗せられてしまったのです。仕方がなく、当時の建設省でも「日本の住宅コストを半減させる」ための行動計画を95年に策定する羽目となりました(その後、計画は自然消滅しましたが…)。

なぜ、日本の住宅コストは高いのか?

その原因として槍玉に挙げられたのが、建築基準法の『仕様規定』だったのです。

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