改正建築基準法が6月20日に施行された影響が出始める建築着工統計7月分の数値が公表された。新設住宅着工戸数は前年同期比23.4減の8万1714戸。6月20日前に大量の駆け込み申請があり、7月に入って建築許可が順次下りたことから、2割程度の落ち込みに止まったが、8月、9月は目を覆うような数値になるのは間違いない。国土交通省の発表文では「その影響は一時的なものと考えている」とコメントし、新聞などメディアの扱いも小さいままだ。「あれだけ大きな改正をやれば、3か月程度、混乱するのは仕方がない」と国交省幹部も言うのだが…。
MKSアーカイブとしてカテゴリー「住宅」内にコラム『耐震強度偽装問題を考える』(2005.12〜2006.02)9本を再録しました。ぜひ、お読みください。
 今回の改正建築基準法を巡る混乱について、新聞やテレビなどのメディアはほとんど見て見ぬふりを決め込んでいる。建築業界の混乱振りは、日経BP社の専門媒体「日経アーキテクチュア」などで詳しく報道されており、一般紙や週刊誌でも気が付いていないはずがない。これまでのところは役所側が必死に押さえ込んでいるのだろう。
 
 別な見方をすれば、一般紙、週刊誌がこの問題を取り上げないのは、それだけ建築業界に対する不信感が強いという証拠かもしれない。耐震偽装問題を取材するなかで建築業界のずさんな体質を目の当たりにして、建築業界から挙がっている声に誰も耳を貸そうとしないのだとすれば、身から出たサビと言われても仕方がないところだ。
 
 もちろん一般紙やテレビが散々、建築行政の不備を指摘し、政治家も寄って集って建築基準法による規制強化を図ったわけだから、その副作用が出たと言って手のひらを返したように騒ぐわけにもいかないだろう。
 
 私も同様に建築行政を批判してきたので「マッチポンプ」と言われそうだが、当初から建築確認検査制度の規制強化だけで問題解決を図ることには反対の立場を取り続けてきた。建築物の安全・安心は、現状の建築生産・流通の仕組みのまま建築確検査認制度だけを強化しても実現するのは難しいと考えてきたからだ。
 
建設業の「ものづくり」は自動車とは明らかに異なっている!
 
 昨年(2006年)夏に、IT記者会代表幹事のジャーナリスト佃均氏に「建設業と情報サービス・ソフトウェア産業との比較論を書いて欲しい」と依頼され、レポート「産業比較:情報サービス・ソフトウェアvs建設」をまとめた。この執筆過程で、一口に「ものづくり」と言っても、大きく2つに分類されることに気が付いた。
 
 ひとつは自動車や家電製品など大量生産型のものづくり。もうひとつは建設に代表される個別注文型のものづくりで、この2つでは生産効率を向上させるときの基本的なアプローチが異なっているのだ。
 
 自動車生産の場合、小型乗用車など大量生産の製品をつくるのに、部品レベルから設計の最適化をはかり、部品を「専用化」する手法が多く用いられる。大量生産によって部品の開発コストが加わっても専用化した方がメリットが大きいからである。
 
 これに対して建築物の場合は、自動車とはアプローチが正反対だ。居住者の好みが強く出る戸建住宅でも、「汎用化」した部品を多く組み合わせることでコスト低減が図られている。
 
 言われてみれば誰もが簡単に気が付くことだが、「ものづくり」を議論する時には、いつも一緒くたにされて、この違いを意識した議論がほとんどされてこなかった。確かにトヨタ自動車やキヤノンなどの成功事例が適用できるものづくりがほとんどで、個別生産型のものづくりは建設業ぐらいしかなかったので見落とされてきたのかもしれない。
 
建設業のものづくりとIT産業との意外な共通性―産業構造にも類似点が多い
 
 1951年の商用コンピューター誕生によって情報システム構築という「ものづくり」を行う新しい産業が生まれた。その成長・発展の過程で、このIT産業の産業構造が、製造業ではなく、なぜか建設業に似ていることが、IT業界内部でも認識され、注目されるようになった。
 
 2000年頃からは、富士通、日立、NTTデータなど大手システムインテグレーターを「ITゼネコン」と呼ぶIT関係者も出てきたほど。そこで80年代にIT業界を担当し、現在は建設業を取材する私に両産業を比較分析してほしいとのリクエストがあったわけだ。
 
 私が着目したのは、両産業がつくっている「もの」、建築物と情報システムのつくり方に関する共通性である。IT分野でも、従来のレガシー(旧式)システムに対してオープンシステムが台頭。標準的なコンポーネントを組み合わせて効率的に情報システムを構築するつくり方が広がり始めている。しかも建築物と同様に情報システムも、いまだに個別注文でつくられることが多い。
 
 個別注文型のものづくりで産業全体で生産効率を上げていこうとした場合、必然的に部品を「汎用化」するアプローチが取られるようになるのではないか―?
産業構造もそれを反映したものになっていくために、IT産業も建設業に類似してきたのではないだろうか―?
そのような仮説をベースにレポートをまとめた。
 
建築と自動車では開発・設計完了時点の品質レベルに大きな格差
 
 耐震強度偽装事件が発覚した2005年11月のあと、12月から1月にかけて集中的に原稿を書き、自分の考え方をまとめてみた。その原稿は、建築家ネットワークの「アーキテクト・スタジオ・ジャパン(ASJ)」のサイトに掲載していただいたが、そこで書いた内容を新聞や雑誌など一般的なメディアで発表する機会はなかった。
 
 この時点では、先のレポートにまとめた建設業の産業構造の特性について、ものづくりの観点から考察できてはいなかった。今から原稿を読み返すと、論旨がふらついている部分も目立つが、この時から建築確認検査制度の規制強化だけで問題解決を図ろうとする考え方に対して疑問を呈してきた。
 
 ものづくりにおける品質確保の仕組みは、生産のやり方に応じて変わっていくものである。自動車のように部品レベルから開発・設計を行うものづくりでは、走行試験や衝突実験なども繰り返し行われ、設計が完了した段階でかなり高いレベルの品質を確保できている。
 
 これに対して、建築物は設計が完了して建築確認が下りた時点で、自動車や家電製品ほどの品質レベルが確保できているとは言い難い。1棟ごとに耐震実験や風洞実験などが行えるわけではないのだから当然のことだろう。それを補うために経験豊富な現場所長や棟梁たちが加わり、施工段階でも知恵を出し合い、より良いものに仕上げる努力をしてきたのである。
 
建築の品質レベルを向上させるにはどうすればよいのか?
 
 そうは言っても制度の不備を突いて耐震強度偽装事件が起こった以上、「建築確認検査段階で、より高いレベルの品質を確保できる仕組みに変えていく努力を建築業界が進めていくべき」という意見は多いだろう。
 
 確かに建築業界には、自らを変えていこうという努力が欠けている面はある。事件の反省を踏まえて、業界内の一部で建築材料や部材の新JIS(日本工業規格)化対応を進め、設計段階での品質レベルを向上させようという試みも始まっているが、業界全体へ波及するかどうかは未知数だ。
 
 建設業は、自動車産業のように経済・社会の変化を完成車メーカーが中心になって短期間に吸収できるような産業構造にはなっていない。それはIT産業とも共通する部分だ。設計段階の品質を向上させようと構造計算の二重チェック制度を導入したとたん、深刻な技術者不足を露呈してしまうような業界である。
 
 どうしても設計段階での品質レベルを自動車並みに引き上げたいのであれば、屋根や外壁、基礎など建築物の部位ごとに、形状、材料、施工方法の組み合わせで、品質にどのような違いが生じるかを全ての建築物で追跡調査し、業界全体で知識データベースを構築。品質レベルが確認された設計以外は認めないというやり方も考えられる。
 
 ただ、それをやるには膨大な時間と労力が必要だし、設計のデザインを大きく制限することにもなりかねない。大手ゼネコン、大手ハウスメーカーでさえ実現できていないことを、どうやって個人設計事務所も含めて業界全体に導入していくのか。そう簡単な話ではないだろう。
 
 いくら設計の品質を上げても、建築物の品質レベルに寄与する割合は、設計よりも施工の方が圧倒的に高い。現状の生産システムでは、設計図面通りに施工されているかどうかを2回程度、表面的に検査しただけで自動車並みの品質レベルを確保できるほど単純でもない。
 
 もし、自動車並みに組立工程での品質レベルを上げるのならば、工事現場に搬入される全ての建築材料・部品を抜き取り検査して品質を確認し、5次、6次下請けで入ってくる職人、作業員の技能も事前に全てチェックできる体制を整えていく必要がある。それを中堅以下のゼネコンや工務店でも実現しようとするなら、産業全体を構造変革させていく以外に方法はないだろう。
 
ものづくりの特性に適合した品質確保の仕組みが必要ではないのか?
 
 今回の建築確認検査制度の見直しは、自動車の車検制度と同じ発想で規制強化を目論んだのかもしれない。自動車産業のように建築業も制度改定に迅速、かつ柔軟に対応できるなら、国交省幹部が言うように3か月もあれば混乱状態も解消するだろう。しかし、何度も繰り返すが、そもそも建設業の生産システムは素早く変化に対応できる構造にはなっていないのだ。
 
 建築業界も3か月以上建築確認申請が出せない状況が続けば死活問題だから、表面上は無理やりにでも対応することにはなるだろう。それによって耐震強度を偽装するような業者の淘汰が始まり、消費者が安心して住宅を買える建築業界へと生まれ変わっていくのだろうか。
 
 建築物は、安全・安心はもちろん、長い歴史と風土に培われた伝統や文化、デザインや芸術性も求められ、品質が高ければ100年以上に渡って使い続けることができるものである。それを満足するために、気候風土、地盤、土地形状など個別条件に合わせたものづくりを行う仕組みが整えられてきた。
 
 確かに耐震強度偽装を行うような不良業者を排除する仕組みも必要だろう。しかし、建築確認検査制度だけで建築物の品質が確保できるわけでもあるまい。建設業の産業構造と生産システムの特性を踏まえたうえで、それに適した品質確保の仕組みを消費者を含めて産官学が協力しながら構築していくべきだと思うのである。

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