ライブドア事件以降、明るい話題が乏しかったネット業界に久々にスポットライトが当たった。SNS(ソーシャル・ネットワーキング・サービス)運営最大手のミクシィが、9月14日に東証マザーズに上場。初日に初値がつかないほどの人気を集めたニュースが、テレビや一般紙でも大きく報道された。
MKSアーカイブに、エッセーに引用した出井伸之ソニー最高顧問のインタビュー記事「e-Japan戦略の舞台裏を語る」(2006-01-09=BCN掲載)を再録しました。合わせてお読みください。
「若者に人気のSNS」との見出しで、SNSにはまっている若者や主婦たちを紹介。テレビに出演しているベテランのキャスターやコメンテーターたちも、利用した経験が少ないためか、コメントに戸惑っている様子だった。むしろ自治体関係者の方が、昨年から総務省が地域SNSを積極的に推進していることもあって、SNSに詳しい人が多いかもしれない。
私も、総務省自治政策局の牧慎太郎・前自治政策課企画官がSNSに強い関心を持っているとのウワサを聞き、某雑誌編集者に招待状をもらってミクシィに入会したのが昨年7月。「使い方も簡単だし、便利なものができた」と、牧さんがSNSを政策に活用しようと考えた理由も納得できた。
自分でSNSを立ち上げてみて判ったこと
「いずれは自分でも、SNSを活用してみたい」―そんな思いを実現するチャンスは、ミクシィを始めて1年後に訪れた。自分が事務局を務めているベテランジャーナリストたちの定期勉強会で、ホームページを開設することが決定。SNSのプラットフォームを無償で提供しているサービスを利用して「一緒にSNSも立ち上げましょう」と、半ば強引に提案して、了承してもらったのである。
勉強会の参加メンバーは約50人。業界新聞の経営者、大学教授、上場企業の元役員もいて、年齢層も40代から70歳を超えている方まで幅広い。さすがに記者経験のあるメンバーなので、ご高齢の方でもパソコンで電子メールでやり取りできるITスキルは持っている。SNSも要領さえ判れば、十分に使いこなしてくれるだろうと楽観的に考えていた。
しかし、予想はあっさりと外れてしまった。何かとお忙しいことも判るのだが、招待状メールを送付して3か月が経過しても、登録しない人が7割近くを占めている。「SNSは、会員制の掲示板みたいなもの。会員登録だけして、あとは時々見に来てくれるだけでいいですから」とお願いしても参加してくれない。ミクシィ上場のニュースで多少、SNSに興味を持ってくれると期待しているが、まだ効果が表れていない状況である。
なぜ、SNSを利用してもらえないのか?
いろいろと思い悩んでいるなかで、ふと昨年暮れに会ったソニーの出井伸之最高顧問の話を思い出した。そのインタビューは、政府のIT戦略本部員としてe-Japan戦略の立案当初から深く関わってきた出井氏に、過去5年間の取り組みを総括してもらうのが目的だった。出井氏は、政府のIT戦略で達成できなかった課題として「組織の効率化」を挙げ、「組織をITで変えることはできるのか?」との私の問いには、こう答えた。
「古い組織にITを入れてもダメ。結局は、組織をつくり変えるしかない。例えば、企業の広報にITは入らない。なぜなら失職してしまうから。いまだにマスメディアを相手にしている広報に、ウェブが大事だと言っても理解できない。ソニーでもホームページを広報以外で管理しているが、広報としての究極の戦略は自らメディアを持つことのはず。インターネットはメディアそのものなのに、コンピュータシステムを持つことぐらいに考え、自分のものにすべきところを他に任せている。こうした意識の断層は、組織のあらゆるところで起きている」
ユビキタス社会の実現に向けて、スキルの壁を乗り越えることができても、文化の壁を乗り越えるのは容易ではないということか。
情報に対して受け身の姿勢をどう変えるのか
日本の「古い組織」は長い間、情報に対して受け身の姿勢だったのではあるまいか。企業は、メディアの取材要請や情報開示に必ずしも前向きではなかったし、行政機関も「由らしむべし知らしむべからず」の体質が根強く、メディアは「記者クラブ制度」の枠の中で、情報が持ち込まれることに慣れてしまっていた。組織運営の基本スタイルも、欧米のトップダウン型に対して「ボトムアップ型」。組織の上層部は情報に対して受け身になりがちで、責任の所在が曖昧になる原因にもなっている。
しかし、インターネットの世界では、情報に対して受け身の姿勢は通用しない。情報は自らが主体的に発信し、必要な情報は積極的に収集しにいくことが求められる。いくら高性能な検索エンジンが開発されても、最初のキーワードは自ら打ち込まなければならないわけで、送られてきた電子メールを開いて情報を読むことと、自らSNSにアクセスして情報を読みにいくことの間には、思った以上に高い意識の壁が存在しているのかもしれない。
電子政府・電子自治体を考えてみても、サービスを受けるには、住基カードを所得したり、申請ソフトをダウンロードしたり、最初に住民の方から情報を取りにいく必要がある。役所から通知が送られてきてから、近くの銀行やコンビニで振り込みするといった受け身の住民が大半を占めている状況で、住民側から動いてもらうようにするのは、いくらインセンティブを導入しても、そう簡単なことではないだろう。
重要なのは、いかにして文化の壁を乗り越えるのか―。住民の意識を変えて電子政府・電子自治体を利用してもらうなら、行政側も意識を変えるのが当然である。真っ先に行なうべきは、首長自らがITを積極的に利用することだ。秘書や部下にやらせているだけで、自分では使いこなせていないから、住民に使い勝手の悪いシステムを押し付けても平気でいられるのである。
組織のトップ自らが情報を積極的に発信し、必要な情報は自ら得ようと動けば、組織の文化も変わっていくはず。地域SNSも、首長自らが登録して日記などを書き始めれば、自治体の幹部や議員、そして住民も参加して大いに盛り上がると思うのだが…。