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 e-Japan戦略に計画立案から携わり、5年間に渡って日本のIT化を引っ張ってきた。世界から大きく出遅れていたITインフラ整備を推進し、わずか5年で世界最高水準のインターネット環境を実現した功績は大きい。昨年5月にIT戦略本部本部員を退任しe-Japan戦略が区切りを迎えるのを機に、これまであまり語っていないe-Japan戦略のエピソードを含めて、この5年間を振り返るとともに、今後のIT戦略の課題と展望を語ってもらった。
BCNでは紙面の都合上、割愛したインタビュー部分(青字)も掲載しました。プロフィールは記事掲載当時のものです。

――政府のIT戦略に関わった経緯から。

 出井 IT戦略を最初に手がけた小渕恵三元首相(2000年4月逝去)と、次の森喜朗前首相とは早稲田大学の同窓生で、生まれた年も同じ昭和12年の丑年。小渕さんとは「丑の会」をつくって、ステーキ屋で一緒に牛を食べたりする仲だった。ソニーのCEO(最高経営責任者)に就任したばかりで忙しかった頃に、「経済戦略会議の委員をやってほしい」と頼まれたが、断ったことがあった。あんなに早く亡くなるとは思わなかったからね。

 森さんから「IT戦略会議(00年7月―11月)の議長を引き受けて欲しい」と言われた時は、小渕さんから頼まれたような気がしてお引き受けした。IT戦略本部(01年1月)が発足して、実際に成果が出てきたのは小泉政権(01年4月)になってからだが、何とか不義理したのを返せたかな、という気持ちだ。


 ――当初はIT政策の課題をどう考えていたのか。

 出井 問題意識はクリアだった。(1985年に)NTTが民営化されたあとも、事実上、日本の通信市場はNTTが独占し、接続料金も決めてきた。当時、宮津(純一郎NTT社長)さんも「インターネットの接続料金を1万円まで下げる」と表明していたが、私は「料金は市場が決めることで、NTTが決めるわけじゃない」と発言したりして周囲をハラハラさせていた。

 日本のインターネットは、既存の電話線の上に仮設されたもので、これを本物にする必要があった。本格的にやるならブロードバンド化すべきだし、将来のIPv4からIPv6への移行を考えれば、抜本的な通信インフラの開放にも取り組まなければならなかった。ブロードバンド化と常時接続の両方を一気に実現することで、社会的に様々な変化が起るとのロジックを考えた。


 ――01年のe-Japan戦略では、高速インターネット網に3000万世帯、超高速に1000万世帯が常時接続可能な環境を整備する数値目標を出した。

 出井 数値目標を書き込むために、私の方から宮津さんのオフィスを訪ねた。慶大教授からソニー役員になって宮津さんとも親しかった所(眞理雄ソニー特別理事)を通じて連絡して「3000万世帯という数字を入れたいので何とか協力してほしい」と、決死の思いでお願いした。勝手にそんな数字をつくって、怒られると覚悟していたからね。

 ――確かに怒らせたら怖そうな雰囲気でした。

 出井 ところが1週間もしないうちに、宮津さんの方から訪ねてくれた。NTTとして3000万世帯で良い、と。あの時、宮津さんが提案に乗ってくれたのが最大のポイント。そのあとで役所と協力してIT基本法を制定した意義も大きかった。

 ――インフラ整備は驚くほどの成功した。

 出井 米国の雑誌、Foreign Affairsが昨年春に「日本はIT戦略で成果を上げた」と書いてくれたが、ジャパンパッシングなんて言われる最近では、それだけ褒められたのは珍しいことじゃないかな。インフラ整備ができれば、本当のところIT戦略本部の役割も終わったようなものだった。

 ――02年11月から出井さんが座長の委員会で、e-Japan戦略Ⅱの策定を始めた。

 出井 戦略Ⅱは、表向きは医療や食などのアプリケーションのことを書いたが、隠れた狙いがあった。政府と地方自治体、政府と企業の間でIT化が進むなかで、例示的にアプリケーションを書けば、府省が違っても同じプラットフォームを使うはず。ネットワークの次は、アプリケーションを使うプラットフォームが統一されていくとのシナリオだ。縦割り組織の弊害がよく言われるが、組織は基本的に縦割りしかない。そこに横の連携を通すのがITであり、ウインドウズに様々なアプリケーションが乗って利用できるように、統一的なプラットフォームが必要と考えていた。

 ――隠れた狙いがあったんですね。

 出井 戦略Ⅱの理念を書くときも、原案を友人の塩野(七生氏=ローマ在住の小説家)さんに見てもらったら「政治で重要なのは、誰にどんなメリットがあるのかをはっきり書くこと」と助言されてね。「なるほど」と思って、戦略Ⅱでは国民のメリットを前面に打ち出すことにした。

 ――まだメリットを感じていないようだが。

 出井 IT戦略でまだ達成できていないのは、組織の効率化だ。ハードウェアも進歩し、ネットワークも高速化し、誰もが電子メールを利用するようになったが、そうしたインフラが組織の生産性や国の競争力を向上させるところまで結びついていない。国民は若者からお年寄りまでITにチャレンジしてがんばっているのに、企業や国・地方自治体のアプリケーションは欧州などに比べて、まだITを十分に活かしきっていない。

 ――通信料金は下がりました。

 出井 IT戦略の最大の功労者で罪作りは孫(正義ソフトバンク社長)さんだね。ネットワークレベルに競争原理を持ち込んだことで、NTT東・西の経営が悪化したり、通信会社が経営破たんしたりしたが、それ以上のメリットが国としてはあった。日本とは逆に通信会社を保護する方向へ進んだ米国は接続料金が上がって、利用環境も良くなっていない。

 ――組織はITで変えられるのか。

 出井 古い組織にITを入れてもダメ。結局は、組織をつくり変えるしかない。例えば、企業の広報にITは入らない。なぜなら失職してしまうから。いまだにマスメディアを相手にする広報にウェブが大事だと言っても理解できない。ソニーでもホームページを広報以外で管理しているが、広報としての究極の戦略は自らメディアを持つことのはず。インターネットはメディアそのものなのに、コンピュータシステムを持つことぐらいに考え、自分のものにすべきところを他に任せている。こうした意識の断層は、組織のあらゆるところで起きている。

 ――ITは単なる合理化ツールと考えられてきた。

 出井 インターネットには様々な側面がある。データ処理だけを見れば合理化の道具だし、HPやブログを見ればメディア。コンテンツを運ぶ物流、ロジスティックと考えれば、宅配便にも似ている。そうした意味で、最近の「放送と通信の融合」の議論には少し違和感があった。通信は1対1で双方向性のメディアだし、一斉に情報を流すなら放送がやはり効率的。三木谷(浩史楽天会長兼社長)さんも自らメディアを持とうとしたのは判るが、メディア流通の本質的な違いを整理し切れていなかった印象もある。それで先月から一緒に勉強会を始めることにしたのだが…。

 ――確かに先が見えにくいですね。

 出井 「インターネットとは何か」が、人それぞれに理解が異なっている。現在は電子メールであったり、ブラウザだったりと思っている人が多いだろうけど、いずれIPv6が普及してハードウェアやOSを超越してアプリケーションレベルで、コンテンツとコンテンツが結びつく時代になれば本当の意味での変革が訪れる。そう考えればIPv4では、あまり頑張らなくても良いのかも(笑)。

 ――今後のIT戦略で重要なポイントは。

 出井 何よりも大切なのはセキュリティとインフラだと思う。日本のインターネットは、電柱の上に張った電話線設備の上に構築されているが、国策的に使っていくのなら、公共投資で安全性の高い設備を整備することが必要かもしれない。東京証券取引所などシステムダウンも増えているし、政府、企業、個人レベルでセキュリティの強化が不可欠だ。日本のように細かくセグメントされた社会では、ITの利活用を促進するよりも、まずITを利用しやすい環境を整える方を優先すべき。さらに携帯電話のようなミステイクを繰り返さないこと。世界の孤児みたいなシステムを作って、結果的に日本企業が負けたら、国に責任がある。世界標準でオープンなシステムを作っていくべきだ。

プロフィール】(いでい・のぶゆき)早稲田大学政治経済学部卒、1960年ソニー入社。89年取締役、94年常務、95年4月社長、99年CEO、2000年会長兼CEO、05年6月最高顧問。東京都出身、68歳。IT戦略会議議長(2000年7月―11月)、IT戦略本部本部員(2001年1月―05年3月)、日本経済団体連合会副会長(03年5月―現在)。

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