【コラム】書評「日本はすでに侵略されている」(平野秀樹・著、新潮新書)(2020-01-20:季刊しまNo.260=未来計画新聞掲載:2020-02-14)

表紙「日本はすでに侵略されている」.jpg 公益財団法人日本離島センターが発行する雑誌「季刊しま」に書評を掲載した。昨年から姫路大学特任教授を務める平野秀樹氏の著書「日本はすでに侵略されている」について書いた。本のタイトルは衝撃的だが、そうしたタイトルを付けたくなった平野さんの気持ちも理解できる。その理由はのちほど書くが、まずは書評をどうぞ。
■書評:平野秀樹・著「日本はすでに侵略されている」
 衝撃的なタイトルは、筆者の強い危機感の表れだろう。国連総会決議による「侵略」の定義では、自衛戦争を除く国家の主権、領土保全、政治的独立に対する「武力の行使」と定めている。しかし、武力行使がなくても領土の一部が失わる可能性がないわけではない。これを本書では「静かなる侵略」と表現した。

 平野さんが外国人による土地買収問題に最初に警鐘を鳴らしたのは、10年前の2009年1月に東京財団から出した政策提言 「日本の水源林の危機 〜グローバル資本の参入から『森と水の循環』を守るには」である。経済記者として土地問題を追っていた評者(千葉)が興味を持ち、取材に伺ったのが最初の出会い。翌年の政策提言第2弾の記者説明会にも出席した。

 「外国人が日本の土地を買うことの何が問題なのか?いくら土地が買われても領土が失われるわけではない」―このとき大手経済紙の記者からこんな質問があった。土地を高値で買ってくれるのなら経済的にはプラス。買い手が付かずに放置されている空き家や森林が買われて何が問題なのか?との認識を持つ日本人は多いだろう。

 本書では外国人による土地購入の様々な事例とともに、増え続ける外国人居住者の実態を紹介している。現在は1億2000万人台を維持している「日本人」の人口も、2030年を過ぎると年100万人ペースで減り続け、2100年には6000万人を割り込むと推計される。この急激な人口減少に日本経済が耐えきれずに移民の受け入れが本格化した時、日本列島で何が起きるか?

 平野さんは生物学の視点から遷移(succession)が始まると予想する。特定の地域で生態系が移り変わっていく現象だ。評者も最近、ある建築設計事務所から北海道ニセコ町で中国資本によるコンドミニアム建設の実態を聞いた。

 「いまや次々に仕事の依頼が舞い込み、完成した物件は日本人が驚くような高値で他の中国資本に転売されている。もはやニセコは日本ではありませんよ」

 平野さんが警鐘を鳴らし始めて10年、確かに「侵略」は始まっている。(おわり)

なぜ外国人が水源林を買収するのか?

 外国人の土地買収に警鐘を鳴らす人物は、右派寄りと思われるかもしれない。平野さんとは10年以上の付き合いがあるが、そう感じたことはない。九州大学農学部林学科出身の農学博士で、農林水産省で森林の管理などを行ってきた方である。

 平野さんが外国人の土地買収問題の調査を始めたのは、水源林問題がきっかけ。貴重な水源林を外国人が購入しようとする動きを察知した時に不安を覚えたのだろう。オフィスビルやマンションなど収益物件を購入するのは投資目的と分かるが、なぜ不便な山奥にある水源林を外国人が購入するのだろうか。

 森林資源として伐採して木材を売るのか、地下水をくみ上げて水ビジネスをするのか、リゾート開発をするのか、原野商法のような転売目的か。いずれの実現性も薄いように思える。森林の管理者として警戒感を持つのは当然だろう。

 その平野さんに私が会いに行ったのは、空き家や不明土地などの問題が注目されるようになり、森林でも似たような問題が起きていると知ったからだ。あらゆる経済活動において土地は重要な資源であり、資産である。それにも関わらず、日本では地籍が確定していない土地が半分以上(当時)あり、所有者を特定できない土地も膨大にある。それによって都市開発やインフラ整備で様々な障害を引き起こしている。

 出発点は、平野さんも私も「国として国土(土地)の管理をきちんと行う必要があるのではないか」ということである。日本人が所有していると思われる土地で所有者が不明となっているものがあるのに、外国人所有の土地で同様のことが起きないのか。経済のグローバル化が進むなかで、日本の土地制度は対応できるのだろうかという問題意識である。

外国人の土地取得問題に警鐘を鳴らした10年

 日本には大正時代に制定された「外国人土地法(1925年)」がある。日本人・日本法人による土地の権利を制限している国に対しては同じ制限を加えることや、国防上必要な地区の土地には制限をかけることなどが規定されているが、同法を運用するための政令が定められていないため機能していない。

 外国為替及び外国貿易法(外為法)では、非居住外国人が不動産を取得した場合には「本邦にある不動産又はこれに関する権利の取得に関する報告書」を取得日から20日以内に日本銀行経由で財務省に提出することが義務付けられている。ただ、非居住外国人から購入した場合は提出が免除されており、転売先の外国人が不動産登記しないと所有者を追えなくなる可能性がある。

 当初、水源林問題にターゲットを絞って政府に働きかけ、2011年4月の「森林法」改正によって森林の土地の所有者届け出制度を実現させた。日本人、外国人を問わず土地の所有者は90日以内に市町村長への届け出が必要となった。これで売買が発生した土地については所有者が分かるようになったが、まだ測量されず境界も不明確なままの所有者不明の土地は多く残されている。

 2012年1月からは平野さんは水源林からフィールドを一般的な土地取引に広げて「失われる国土」を題して3回の政策提言を行った。この中で不動産登記制度や地籍測量手法の見直しなどにも言及。12年9月には書籍「日本、買います―消えていく日本の国土」を新潮社から出版して注目され、自民党などの国会議員などからも声がかかり、勉強会で講演する機会も増えた。

 右派論壇からも注目され、2016年に桜井よしこ氏が「外国資本による国土買収が深刻化、100 年後まで守り抜く立法が必要」と題する論文を週刊ダイヤモンドに掲載。2017年には産経新聞の宮本雅史氏が「爆買いされる日本の領土」(角川新書)を出版。平野さんも2018年に宮本氏と共著で「領土消失―規制なき外国人の土地買収」(角川新書)を出している。

外国人の土地取得は規制できるのか

 安倍政権の下で、ここまで外国人の土地買収問題の議論が盛り上がれば、何らかの具体的な施策が動き出しても良さそうなものである。平野さんもそれを期待して右派論壇と交流し、自民党の国会議員にも働きかけてきた。

 国会議員の勉強会などに参加して対策を講じる動きが盛り上がる気配があっても、しばらくすると何らかのブレーキがかかって気運が萎んでしまう。そのあたりの事情について平野さんは何も言わないが、民主党政権時代に実現した森林法改正のあと、安倍政権では具体的な対策は実現しなかった。

 国防や治安維持などの観点で最も重要なのは離島や過疎地を含めた国土全体をいかに管理するかだと私は考えている。安倍政権は日本国憲法に自衛隊を明記することには非常に熱心だが、外国人の土地買収にはあまり関心がないのではないか。それだけに昨年10月に出た新刊のタイトルを見て「平野さんの気持ちも理解できる」と思ったのである。

 その危機感が伝わったのかどうかは分からないが、1月22日付けの日経新聞に、政府が外国人や外国資本の企業による国内での土地取得を制限する検討を始めるとの記事が出ていた。米軍や自衛隊の関連施設、原子力発電所の周辺など安全保障上の懸念のある地域などを対象に事前審査などを求める案が出ているらしい。2020年6月をメドにまとめる経済財政運営と改革の基本方針(骨太の方針)で方向性を示し、2021年の通常国会までに新法の制定を検討するようだ。

グローバル時代に対応した不動産市場を考える

 政府が安全保障の観点から外国人の土地取得制限に乗り出せば、この問題が解決したとは思っていない。外国人の土地取得を契機に、日本の不動産市場をグローバル時代に対応したオープンで透明性の高い市場に変革していく必要があると考えているからだ。

 平野さんも私も、外国人による土地取得そのものに反対しているわけではない。日本での土地所有の権利がもともと非常に強いので、これまでも様々な法的規制がかけられてきた。しかし、今後は外国人による土地取得が本格化する時代に備えて必要な措置を講じておくべきではないかという認識だ。

 地方自治体の重要な財源である固定資産税などの税金は、非居住外国人は日本に納税管理人を置いて納税することが義務付けられているが、外国人同士の転売や所有者不明となった場合にどのように徴税するのか。滞納処分で競売にかけるにも多額の費用がかかるだろうし、外国から所有者の情報が得られず手続きが進まない可能性もある。

 東京都の木造密集地域問題を取材したときには、再開発予定区域内に非居住外国人の所有物件があって計画が進まないという話を聞いた。どのような経緯でその物件が外国人に売却されたのかは分からないが、老朽化マンションで同様の問題が発生することも予想できる。外国人による土地取得を想定することで、不動産取引に関する様々な課題が浮かび上がってくる。

離島や過疎地から「遷移」は起きないのか

 私が最も危惧するのは「日本人」の急激な人口減少が進んだ時に、平野さんが指摘したような遷移(succession)が起こることだ。生物学的には生態系の変化を意味するが、人間社会でもコミュニティーや地方自治体の運営などに様々な影響を及ぼす可能性が考えられる。

 東京や大阪などの大都市で収益不動産物件がいくら外国人に買収されたとしても別に心配はしていない。そこを拠点として外国人居住者が増えたとしても、大都市で遷移が起こるとは考えにくい。

 しかし、「日本人」の人口が少ない離島や過疎地で、外国人による土地買収が進み、そこを拠点にして外国人居住者が増えたら、どうなるか。そう聞いてもピンと来ない人が多いので「あなたの周りの住民が外国人ばかりになっていたら、どうしますか?」と聞くと「やっぱり嫌だなあ」との答えが返ってくる。

 「だったら、移民の受け入れ人数を制限すればよい」と思うかもしれない。政府もこれまで「移民」そのものに言及したことはないし、難民受け入れにも消極的なので慎重なイメージがある。しかし、現在はそうであっても、将来的にどうなるのかは分からない。

国土の利権化―移民受け入れ、IR、北方領土

 労働人口の減少が進めば、人材系企業にとって「外国人材」は新たな利権となるのは間違いない。安倍政権のブレーンで、パソナグループ会長の竹中平蔵東洋大学教授は、以前から移民受け入れを進めるべきと発言している。人手不足の深刻化が一段と進めば、なし崩し的に移民受け入れが進む可能性はあるだろう。

 カジノを含むIR(統合型リゾート)でも、安倍政権は米国などの外資企業を積極的に誘致してきた。今回の贈収賄事件の発覚で、IRも新たな利権となっていることが明らかになった。IRエリアでは、外国企業による土地取得などが活発化して、第二、第三のニセコ化現象が起きるかもしれない。

 北方領土問題でも、安倍政権が返還交渉を棚上げし日ロ平和条約を締結して経済協力を進めようとしているとの見方がある。日本側の投資が始まり経済発展すれば、常識的に考えてロシアが北方領土の返還に応じる可能性はますます小さくなるのではないか。ロシアに主権のある北方領土に投資できる日本企業が限られれば、これも新たな利権になりうるだろう。

 平野さんは本の中で、かつての中国・上海のように外国人が行政・警察権を管理する「租界」、香港のような条約に基づいて一定期間、他国が主権者となる「租借地」について触れている。北方領土の返還交渉を棚上げすることは、ロシアの「租借地」として認めることにならないのか。「日本の領土なのだから、外国人にいくら土地を買収されても問題ない」との認識で本当に大丈夫なのか。