台風19号が2019年10月12日に日本を直撃したあと、さいたま市を流れる一級河川「芝川」流域の「見沼たんぼ」の話を書いた。国土交通省がここに来て災害リスクの高い土地の開発規制の強化に乗り出し、日経新聞が1月30日付け社説で「土地利用の私的制限を強める時機だ」、朝日新聞も2月3日付け社説で自然の保水力を生かす「グリーンインフラ」に注目して「相次ぐ水害と減災―逆らわずに いなす力を高める」と書いた。しかし、当初メディアは、埼玉県春日部市の首都圏外郭放水路、横浜国際総合競技場の多目的遊水地、八ッ場ダムなどの「グレーインフラ(コンクリートで作られた施設)」の話ばかり書いていた。このまま公共事業費の予算増額が勢いづくのも問題だと思い、治水対策の“王道”を実践してきた首都圏の事例を改めて紹介することにしたわけだ。
 ザッと原稿をまとめ、撮っておいた写真(右上の写真=芝川からの溢水で水浸しになった見沼たんぼ)を添えて東洋経済オンラインの武政秀明編集長に送ると、すぐに採用。その後、武政氏も治水対策の専門家である慶應義塾大学の岸由二名誉教授のインタビュー記事「水害に恐怖した人に教えたい『流域』思考の本質―河川と下水道だけに治水を頼るなら防げない」(2019-12-17)を書いているので、ぜひ読んでほしい。

埼玉「芝川」氾濫も大半の住宅が難を逃れた背景―台風19号の増水で見沼たんぼが果たした役割(2019-10-31:東洋経済オンライン)■

 見沼たんぼの話をすぐに記事にできたのは、筆者が芝川に近いさいたま市の東浦和に30年近く住んでいるからだ。札幌市生まれの筆者が結婚して最初に住み始めたのが、JR京浜東北線の南浦和駅の近く。その後、自宅を購入しようと思い、旧浦和市を中心に周辺地域で土地探しをしたので、その時に地形の成り立ちなどをいろいろと調べてきた。

 現在の自宅を建てるために土地を買い替えた1998年当時、ブロードバンド・インターネット網は普及しておらず、ハザードマップも整備されていなかった。それでも市役所や区画整理事務所の資料を調べたり、地元の人に聞いたり、自分で歩き回ってみて、水害リスクが限りなく小さいと考えられる場所を選んで土地を購入した。

 その当時、筆者のような考え方の土地探しに、不動産業者はほとんど役に立たず、自分で調べるしかなかった。今ではハザードマップなどの資料も整備されており、その資料を購入希望者に見せるだけで済むのだから、不動産業者に説明を義務付けても何ら問題はないはずだ。

台地と谷地

 水害リスクを避けたいのなら、まず高台に住むことである。もちろん高台と言っても土砂災害危険区域が多く点在する場所は別のリスクがあるので「台地」と呼ばれる地形が良いだろう。

 首都圏では、多摩川と荒川に挟まれた「武蔵野台地」が有名だ。東京都区部の西側から立川市、埼玉県所沢市、川越市にまで広がり、江戸城のあった皇居は武蔵野台地の東端に位置している。台地の上を流れる河川によって谷地が生まれ、武蔵野台地も上野台地、本郷台地、四谷・麹町台地、芝・白金台地などに細かく分かれる。

 東京では、渋谷などの谷地にも建物が建てられ、市街化されてきた。武蔵野台地に位置していても、場所によって水害などが発生しやすいのは、こうした谷地のエリアである。

 一方、武蔵野台地は知っていても埼玉県民を除けば「大宮台地」(左の地図をクリックすると拡大)を知らない人は多いだろう。荒川と元荒川・中川に挟まれた台地で、そのほぼ中央には、およそ2400年前に創立されたと言われる武蔵一宮「氷川神社」が建っている。筆者の自宅の敷地も縄文時代後期の遺跡の上にあり、かなり古い台地であることは間違いない。

 武蔵野台地と同様に、台地の上を流れる河川によって大宮台地も、浦和大宮支台のほか、与野、鳩ケ谷、片柳、岩槻、指扇、慈恩寺の各支台に分かれる。芝川は大宮台地のほぼ中央を流れる河川で、見沼たんぼは芝川沿いにできた谷地である。

大宮台地での市街地開発が遅れた理由

 見沼田んぼも利便性の良い場所に位置していれば、市街化を免れなかったかもしれない。しかし、見沼三原則が制定された1965年当時、大宮台地を通る鉄道は「国鉄東北本線」(宇都宮線、京浜東北線など)と大宮から岩槻、春日部を通る「東武野田線」の2線だけ。その他のエリアはほとんど宅地開発されていなかったので、見沼三原則のような規制をかけることも可能だったと思われる。

 その後、1973年にJR武蔵野線が浦和大宮支台の南端を通るように開業して大宮台地の上に東浦和駅と東川口駅ができて市街地開発が始まる。1985年にはJR埼京線が開通し、2000年に「さいたま新都心」が街びらきした。筆者も埼京線沿線で土地探しを考えたことがあるが、与野支台の南側は「荒川低地」だったので見送り、結果的に東浦和周辺を選択したわけだ。

 その後、2001年に与野支台から片柳支台を通る埼玉高速鉄道線(現・埼玉スタジアム線)が開通。2003年のサッカーワールドカップ日韓大会以降に市街地開発が本格化した。将来的には岩槻支台の上にある岩槻まで延伸も計画されている。

 さいたま市の洪水ハザードマップを見ると、やはり大宮台地の上は浸水想定区域から見事に外れている。芝川のハザードマップでは、見沼たんぼの外側を流れる見沼代用水が浸水想定区域の境目となっている。もちろん大宮台地の上でも浸水(内水)防災マップで浸水リスクがある地点がぽつりぽつりと存在しているが、基本的に大宮台地の上は浸水リスクが低い地形と言えるだろう。

「住宅の浸水被害ゼロ」に読者からクレーム

 東洋経済オンラインで記事を公開した後に、編集部に読者からクレームが来た。記事には芝川の洪水によって発生した住宅被害はゼロと書いたが、芝川沿いにあるその方の自宅が浸水被害を受けたそうだ。「住宅被害がゼロという記事は間違っているので、訂正しろ!」とのクレームだった。

 その方も浸水被害にあったばかりで気持ちが高ぶっていたのかもしれない。かなり強硬なクレームだったようで、東洋経済オンラインの武政編集長も困った様子で、私に連絡してきた。被災した方はお気の毒だが、記事の訂正に応じるなら、まずは現地を取材して確かめるしかない。武政氏には「相手にそう伝えてほしい」と答えた。

 河川が洪水となる原因は、堤防の「決壊」、堤防を水が越える「越水」、堤防がない河川から水が溢れる「溢水」、雨水などを河川に放出できずに溢れる「内水」に分かれる。国土交通省では、洪水が発生すると河川ごとに移り変わる状況を逐次発表しており、河川のどの地点で浸水が発生し、浸水の原因、浸水面積、浸水家屋数のデータを出している。

 記事を公表した10月31日の前日の国交省の発表資料によると、河川によって「調査中」という項目が多い中で、芝川については11地点で「溢水」による浸水が発生し、その浸水面積の数字と浸水家屋数は全て「ゼロ」と公表していた。そのことは記事にも明記していたが、読者の方は「国の発表が間違っている」というのだ。

被災原因をどう判定するか

 現地取材をして専門家ではない私が見て、その住宅の浸水被害が芝川の洪水によるものかを判断できるかどうか―。まずは、さいたま市役所、埼玉県庁、国土交通省などに電話して、芝川の洪水による浸水家屋数の数字をどのように判定して出しているのかを聞いてみた。

 「罹災証明の申請受付を始めたばかりだが、被災家屋は芝川沿いに集中しているわけではなく、市内各所に分散している。河川の近くでも実際に調査してみないと浸水被害の原因は分からない。河川ごとの浸水家屋数をさいたま市から県にまだ報告していない」と、さいたま市役所の防災担当者は答えた。

 埼玉県庁の担当者は「さいたま市から上がってきた情報を国に報告しているだけ」との説明だった。浸水家屋の数字は地方整備局の河川事務所などの報告から、国交省水・資源保全局で集計して公表していることが分かった。

 国交省に問い合わせると「河川の洪水による浸水被害については専門家でないと判定は難しい。芝川の洪水によって浸水被害を受けた方がいらっしゃるなら国交省に言うように伝えてほしい。こちらで対応する」との返事だった。そのことを伝えると、一応、納得したようだ。私の現地取材も中止となり、内心ホッとした。

 もし現地取材した場合、場所をピンポイントで特定し浸水被害の原因を調べて記事にして、それで被害者の方は満足するだろうか?と考えていた。浸水リスクの高い場所の事例として記事にすれば、近隣を含めて住宅の資産価値も大幅に下がるだろう。今回の記事の目的は、先人たちが築いてきた「見沼たんぼ」の保水力の有効性を紹介することで、浸水リスクの高い場所を特定することではなかったからだ。

千葉県の北部には下総台地

 台風19号関連では、武蔵小杉(川崎市中原区)のタワーマンションでエレベーターが動かなくなるなどの被害が出たとの記事が注目された。消費者にとって、どこが浸水リスクの高い場所であるかは知りたい情報だろうが、浸水リスクが低い場所がどこかも知りたいのではないか。そう思って元原稿では、「見沼たんぼ」と合わせて「大宮台地」の話も少し詳しく書いたのだが、その辺はバッサリと削られた。

 記事としては確かに見沼たんぼの保水力にスポットを当てた方が分かりやすい。その辺の判断は武政氏に任せているが、その後も「浸水リスクの低い場所」にスポットを当てた記事はあまり見かけない。冒頭に書いたように、浸水リスクを回避するなら「高台」に住めばよいわけで、それでは記事を書く意味がないからかもしれない。

 このブログでは「武蔵野台地」と「大宮台地」のことを書いたが、千葉県には中川低地の東側を流れる江戸川と利根川の間に挟まれた「下総台地」がある。東京湾岸や利根川、江戸川沿いの低地を除けば、千葉県北部の主要な街は台地の上にある。もちろん台地の上を流れる河川によって洪水被害のリスクはあるので、ハザードマップなどで詳しく調べることは不可欠だ。

物件探しに浸水リスクは考慮されるのか?

 1991年の土地バブル崩壊で、首都圏では都心居住の動きが活発化し、郊外での住宅供給はかつてのような勢いがなくなったと言われてきた。今後、人口減少が加速すれば、都心からの交通利便性が低い郊外の住宅地は衰退すると予測している専門家は多い。

 LIFULLが2月4日に発表した「2020年買って住みたい街(駅)ランキング」によると、1位勝どき、2位恵比寿、3位三鷹に続き、4位北浦和(前年7位)、7位浦和(同6位)、24位大宮(26位)と埼玉県の街もなかなかの人気だ。この3駅は、別に大宮台地の上にあることが理由ではなく、京浜東北線沿線で利便性が高いから選ばれたのだろう。

 昨年の台風19号や大雨によって浸水リスクに対する意識が非常に高まったと言われる。本当にそうであるなら、私が自宅の土地探しでこだわったように、浸水リスクが低く、地震にも強い場所の物件を紹介する不動産検索サイトがあってもおかしくはない。

 すでに地盤調査サービスなどを提供する地盤ネットホールディングスが、2016年に地盤スコアの成績が良い物件だけを紹介する不動産検索サイト「JIBANGOO」を立ち上げている。このサイトを見れば、各自治体のハザードマップを調べなくても、首都圏全体の浸水リスクなどを一覧できるので便利だが、残念ながら掲載物件数が少なすぎる。大手の不動産ポータルと連携すれば一気に物件数も増えて注目度も高まると思うのだが、なぜ実現しないのか。やはり売り主にはリスク情報をオープンにすることに強い抵抗があり、買い主もリスク情報には関心が薄いからなのだろうか。

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