不動産・住宅産業は、デジタル革命によってどのように変わっていくだろうか――。この半年ほど、そうした漠然とした問題意識を抱えながら取材活動してきた。大上段に構えると往々にして結果が出ないもの。そんな時は慌てても仕方がないが、半年以上もブログを更新していない。何かアウトプットできるものはないかと探したら、半年ほど前に書いたレポート「新・不動産業ビジョン2030(仮称)への提言」を思い出した。9月11、12日には国土交通省で不動産・住宅産業に関わる2つの審議会もスタートしたので、レポートをブログに掲載しておく。

■不動産業ビジョンが目指すもの

 国交省では四半世紀ぶりに不動産業の将来ビジョンを策定するため、18年10月に社会資本整備審議会産業分科会不動産部会で議論をスタートした。その様子を取材していると、当事者であるはずの不動産業界側にやる気が感じられない。そこで、月刊FACTAの編集者に頼んで、19年2月20日発売の3月号に「不動産業界が『正直不動産』にならない宣言」という記事を書いた。

 その後に国交省の不動産業課に顔を出すと、課長がニヤッと笑って、こう聞いてきた。

 「千葉さん、クレーム来なかった?」

 「いや、全く、何も。むしろクレームがあった方が書くネタが増えるんだけどなあ」

 そう答えた後に「それよりも、3月末に開催予定の部会でビジョンを取りまとめなくてはならないけど、大丈夫なの?」と聞き返すと、課長が冗談交じりにこう言った。

 「千葉さん、今回のビジョンに対して何か意見があったら聞かせてもらえませんかね」

 そんな経緯があって、ざっくりとレポートをまとめて3月8日に課長に送った。

 レポートには、不動産業の本質は「情報提供サービス業」であると書いた。課長からも「その点については全く同意見だ」とのコメントがあった。その後、4月24日に「不動産業ビジョン2030〜令和時代の『不動産最適活用』に向けて〜」が正式に公表された。

■2つの審議会で何を議論するのか?

 来年度予算の概算要求も出て、9月に入ると、国交省では2つの審議会が動き出した。11日に「『最適活用の実現』に向けた土地政策の今後の方向性について」をテーマに国土審議会土地政策分科会企画部会を、12日には2016年に策定した住生活基本計画(全国計画)の見直しに向けて社会資本整備審議会住宅宅地分科会を立ち上げた。

 今後、急速に進む少子高齢化や在留外国人の増加を見据えて、日本の土地や住宅をいかに最適活用していくのか――国交省としてはそんな問題意識を持っているようだ。そうであるなら「最適活用」を実現するための情報基盤や不動産サービスの「最適化」を図っていくしかないだろう。

 とは言え、既存業界の代表者が多数出席する審議会で、市場や産業の構造を大きく変えるような意見が出されるとは考えにくい。初回の会合では、学識者から不動産市場における「情報プラットフォームの構築」といった意見も出されたが、国交省の事務局からは「大風呂敷を広げても上手く進まない」と消極的な回答。不動産物件検索サイトを運営するリクルートからも委員が出席していたが、不動産情報提供のあるべき姿をどう考えているのだろうか。

 国土審議会は19年12月に中間とりまとめを行う予定。社制審は20年5月に中間とりまとめを行い、新しい住生活基本計画は21年2月に策定する計画だ。

■新・不動産業ビジョン2030(仮称)への提言(2019-03-08)

【不動産業のあるべき姿とは?】

 不動産業の将来像を議論するうえで最初に不動産業の「あるべき姿」を考える必要がある。

 現実問題として所管官庁である国土交通省が、現在の法体系や産業構造から議論を出発することは致し方ない面もある。そうしなければ既存業界から激しい反発を招くのは必至だからだ。かつて民主党政権誕生の時に政策INDEX集で「不動産仲介の両手取引禁止」を打ち出したことで、不動産業界が一斉に反発。その是非が議論されることもなく闇に葬られた前例もある。

 一方で、所管官庁の責務として国民の利益を守り、不動産市場の発展をめざすことは当然である。不動産業の「あるべき姿」を明確にし、それを見据えながら、将来像を描いていくことは不可欠だろう。それがガバナンスの基本である。

 宅地建物取引業法では、不動産市場の「あるべき姿」を「業務の適正な運営と取引の公正を確保することで購入者等の利益の保護と流通の円滑化を図る」(第1条)と明記している。それを実現するために宅建業者は「信義を旨とし誠実に業務を行わなければならない」(第31条)と定めているのだが、果たして不動産業界は、胸を張ってそう言えるのだろうか。

【不動産情報の非対称性はなぜ生じるのか】

 不動産業とは何か?―不動産業の本質は「情報提供サービス業」であると筆者は考えている。それにも関わらず、なぜ不動産市場において「情報の非対称性」が問題になるのか。

 不動産は、土地・建物など実際に目に見えるモノであり、モノを取引するということでは、自動車などの工業製品、野菜や肉などの食料品などと同じではある。

 しかし、不動産は非常に個別性が高く、一つとして同じ商品は存在しない。もちろん購入者は、実際の商品を見て確認して取引を行うわけだが、商品を表面的に見ただけで価値を正しく判断するのは難しい。不動産業者から提供される商品に関する様々な「情報」を信用して取引を行っているのが実態である。

 工業製品や食料品の場合、商品の品質についてメーカーが法律に基づいて自主検査を行っており、食料品も保健所などによって安全性を確認しており、情報の信頼性を担保する仕組みが整えられている。某自動車メーカーによるリコール隠し問題や、某食品メーカーによる偽装表示問題なども発生しているが、リコール制度にしろ、食品表示制度にしろ、情報の信頼性を確保する仕組みが機能していると考えられる。

【不動産市場の統計・調査情報の信頼性】

 では、不動産市場において情報の信頼性を担保する仕組みは存在しているのだろうか。

 不動産業界を取材していると、不動産市場の情報は、他の分野に比べて民間事業者が提供しているものが多いという印象がある。国や国が定めた基準で業界団体などが提供している情報は、国土交通省の公示地価、新築着工統計、総務省の住宅・土地統計調査などに限られている。

 例えば、住宅市場のマンション関連統計は不動産経済研究所が提供しており、賃貸住宅の空室率はTASSが公表しているデータぐらいしかない。オフィス・商業施設では、募集・成約賃料、空室率などのデータは、三幸エステート、三鬼商事などの民間調査会社に依存している。物流施設も、倉庫業法に基づく倉庫の床面積や回転率は国交省の物流政策課が統計を取っているが、宅建業法に基づく物流施設の統計は存在していないと聞く。

 不動産流通に関する統計は、(公財)東日本不動産流通機構が提供しているが、基本的に全国4つの不動産流通機構に登録・成約報告された情報を集計したものだ。筆者も、不動産経済研究所の新築マンションデータと、東日本不動産流通機構の中古マンションデータを比較して「中古が新築の販売戸数を上回った」という記事を書いた経験はあるが、2つのデータを同列に比較して良かったのかという反省がある。

 不動産の統計・調査情報は、金融・証券などの投資分野と同様に、様々な調査会社やシンクタンク、さらに民間企業の調査企画部門も含めて発信されている。公的機関として、1980年に設立された(公財)不動産流通促進センター、84年の(一財)不動産取引適正化推進機構、92年の(一財)土地総合研究所などが調査・研究機能を持っているが、独自の統計・調査情報はそう多くない。

 これらの統計・調査情報が、不動産業者のためだけでなく、消費者にとって有益で利用しやすいものであるか。消費者が適切に判断できる環境を整えていく必要があるだろう。

【情報提供ガイドラインとチェック機能】

 不動産市場に関する情報はそれなりに揃っているが、個別物件に関する情報は不動産業者任せというのが実態だろう。不動産業者が提供する情報に対する規制は、誇大広告の禁止を定めた第32条で「著しく事実に相違する表示をしてはならない」と書かれているだけだ。なぜ「著しく」という曖昧な基準を設けているのかは甚だ疑問である。

 宅建業法では、消費者に対する情報提供は「重要事項説明」に重点が置かれてきた。しかし「重要事項説明」は、契約を決めた後に行われる「情報提供」であり、契約を決める前の「情報提供」は「広告」扱いである。だから「重要事項説明」は宅建士に義務付けられ、不動産の営業活動は宅建士以外でも行えるのか。

 不動産市場で「情報の非対称性」が問題になるのは、営業活動の段階で消費者に提供される「情報」が量的にも質的にも不十分だからだ。

 この問題を解消するためには、営業活動の段階での情報提供を充実させていく以外にない。過去の経緯を振り返れば、不動産業界に自主的に任せても情報提供が十分に行われるとは考えにくい。重要事項説明と同様に、国がガイドラインを定め、情報の出所を明記したうえで消費者に提供するという仕組みを導入する必要があるのではないか。

 一般消費者が、ガイドラインに基づいてきちんと情報提供が行われているのかを簡単にチェックできる仕組みも必要となる。情報提供に問題があった場合には、公的機関などに通報する制度など「情報の非対称性」を解消するための仕組みづくりも必要だろう。

【不動産情報プラットフォームの必要性】

 2030年の不動産業を考えるうえで、最も重要な視点は、デジタルテクノロジーの進化と、ビジネスモデルの変革である。不動産業におけるデジタルトランスフォーメーション(DX)を促進するための環境整備を進めていくことが不可欠だ。

 これからの時代は、業務のデジタル化が加速し、蓄積されたデジタルデータを活用して生産性の向上や、新しいビジネスやサービスの創出が進めていく必要がある。それを実現するためにも、デジタルデータを有効に活用するためのデータ基盤=情報プラットフォームを構築することが重要となる。

 不動産を電子取引できる環境を整えるためには、本人確認や物件確認のための「ID基盤」が必要だ。不動産物件のIDは、すでに不動産登記システムで、法務省が全ての不動産に「不動産番号」を付与しており、電子取引の時にもIDとして利用すればよいだろう。

 宅建士のIDカードも電子化して、税理士などのように電子署名が利用できる環境を整える。消費者も、いずれスマートフォンかマイナンバーカードで電子署名が利用できる環境が整えば、不動産取引の電子化も一気に進むのではないか。

 重要なのは、不動産取引の電子契約・決済によって効率性だけでなく、安全性の向上が実現できることをアピールすることだ。そのために標準電子取引フローを確立する必要がある。地面師などの詐欺行為が入り込まないように、エスクロー(第三者預託)などの仕組みが必要か。電子契約・決済を行う場合に、宅建士が関わる必要があるのか。司法書士の関与はどうか。売り主と買い主だけのピア・ツー・ピアで安全な取引は可能かどうか。検証する必要があるだろう。

【不動産データバンク制度の導入】

 デジタルデータの活用を促進するうえで重要なのは、データの「標準化」である。標準化されていない情報やデータは、単純に比較できず、データを集めても精度が悪くなって、使いものにならないからだ。

 すでに経済産業省と総務省では、産業関連のビッグデータを新しい製品やサービスの開発に生かすために、データの統一的な基準作りを始めている。まずは自動走行、バイオ・素材、プラントなどが対象となっており、それらのデータはデータバンク制度を通じて利用できるようにする。

 不動産業でも、不動産データバンクを創設して、デジタルデータの活用を進める必要があるだろう。

 不動産データバンク制度の導入では、国交省が主導的に制度設計やシステムの構築を進めていくべきだろう。国が中心になることで、データの不正利用などを防止し、データの信頼性を確保しやすくなる。また、登録義務化が検討されている不動産登記システムなどとの連携も図りやすくなる。

 日本では、成約価格データの公開に不動産業界が抵抗してきた歴史がある。不動産取引の電子契約・決済が進み、自動的に不動産データバンクに成約価格データが蓄積される仕組みを構築することで、消費者に対して客観的な成約価格情報を提供できるようになる。不動産市場の透明化を図るための統計などの整備も進めやすくなる。

【おわりに】

 わが国は、デジタル革命の世界的な潮流に乗り遅れたために、過去30年間、国際経済競争力を落とし続けている。GDP世界第3位の経済規模があるために、国内産業を中心に危機感が希薄だったのは確かだろう。

 わが国の基幹産業である不動産業も、国際競争とは無縁だったこともあり、ICT活用では最も遅れた産業と言われてきた。むしろICT活用を進めないことで、既得権益を維持してきたと言えるが、今後もデジタル革命に背を向け続けることができるのだろうか。

 すでに日本にも、Airbnb、GLP、プロロジス、WeWorkなど不動産関連の新しいサービスモデルを提供する企業が上陸してきている。まだ既存業界に大きな影響は及ぼしているわけではないが、10年先も業界地図に変化が起きないとは言い切れないのではないか。知らない間に不動産業が「茹でガエル」状態に陥ることも十分に考えられる。

 これからの10年は、これまでの失われた30年とは比べものにならないスピードで世の中が変化していくと予想されている。そうした危機感があるから、国土交通省でも25年振りに不動産業ビジョンを策定することにしたのだろう。しかし、これまでの議論を聞いている限り、そうした危機感が全く伝わってこないし、不動産業界とも危機感を共有できていない。

 現時点で、不動産業の将来像を具体的に描くことは難しいのかもしれない。しかし、国のICT政策に歩調を合わせるという大義名分のもと、10年後に備えて情報データ基盤の整備の必要性は盛り込んでおくべきだろう。(以上)

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