三菱地所とSAPジャパンが、2月1日に新規ビジネス創出を目的としたオープンイノベーションのためのコラボラティブスペース「Inspired.Lab」を東京・大手町の大手町ビル内にオープンした。会見後、SAPジャパン会長の内田士郎氏(写真=右から2人目)に話を聞くと、17年10月にコマツ、NTTドコモ、SAPジャパン、オプティムの4社で設立した建設業向け情報プラットフォーム会社「ランドログ」のような成功事例をInspired.Labでも実現させたいと意気込んだ。果たして第二のランドログは出現するのか。

建設生産プロセス全般の情報プラットフォームの構築めざすランドログ

 ランドログは、調査・測量・設計・施工・メンテナンスといった建設プロセス全般のデータ収集・蓄積・解析を行うためのオープンなIoTプラットフォームを提供する。内田氏によると、設立して1年3か月で400社以上の建設会社が参画するまでに成長。ランドログも、Inspired.Labに拠点を置いて活動することが決まっている。

 コマツは、情報通信技術(ICT)を搭載した建機を通じて得られたデータをクラウドシステム「KomConnect(コムコネクト)」で収集・加工して施工に役立つ情報やデータを提供するサービス「スマートコンストラクション」を15年2月から提供を開始した。建設現場の生産性向上に大きく寄与するサービスとして注目され、私も週刊東洋経済(16年7月30日号)のゼネコン特集でコマツなどを取材して「ICTがゼネコンを救う?」と題する記事を執筆した。

 ただ、この時のコマツ取材は難航した。取材依頼した1か月ほど前に週刊ダイヤモンドが建機特集を組み、コマツのスマートコンストラクションを警戒するライバル企業からの情報をもとに「コマツは建機データの囲い込みを図ろうとしている」と批判的な記事を掲載。「また同じような内容の記事を書かれるのでは?」と警戒していたからだ(これはコマツ広報から聞いた後日談)。

 国土交通省は、公共工事の全工程をICTで管理する「i-コンストラクション」の導入を決め、ちょうど16年6月に第一号の工事を実施したところだった。企画の意図を説明して、スマートコンストラクション推進本部長の四家千佳史執行役員を取材。コマツとして「データの囲い込みをする意図はない」との考えを聞き、記事には「従来のように企業が情報を囲い込むのではなく、オープンに利用できる環境をつくれるかどうかがポイントとなる」と書いた。

 それから1年後、コマツは、自社のコムコネクトから情報の収集・蓄積・解析する機能の一部を切り出して、ランドログに移管。コマツの建機ユーザー以外も利用しやすいオープンプラットフォームを構築した。これによって、ランドログを利用する建設会社が拡大するとともに、ランドログ上でアプリケーションやソリューションを建設会社に提供するパートナー企業も、ホームページで確認すると約60社まで増えている(19年2月時点)。

攻めのIT経営に出遅れていた不動産会社

 コマツは、先ごろ19年4月1日付けでの社長交代を発表し、スマートコンストラクションを推進してきた大橋徹二社長が会長に就任する。18年10月に開催された日本最大のICT展示会「CEATEC Japan」では、大橋氏がキーノートスピーチを任されるなど、コマツのICT戦略をけん引してきた。

 「未来の建設現場を一日でも早く実現するためにプラットフォームのオープン化を行った。もっともっと多くの企業が参加してプラットフォームを活用してほしい」と、CEATECの講演で大橋氏はそう語った。コマツのように歴代の経営トップがICTの重要性を認識して戦略的に投資している日本企業がどれぐらいあるのか。そこが問題である。

 経済産業省では、日本企業のIT投資を促進しようと、2015年に東京証券取引所と共同で、IT活用に戦略的に取り組む企業を「攻めのIT経営銘柄」として選定する制度をスタートした。その選定委員会の委員長をしている一橋大学の伊藤邦雄教授が第二回選定後の16年春に行った講演で「業界別で攻めのIT経営が最も遅れているのは不動産業」と明かしたことがあった。日頃、不動産業界を取材している私も、納得のいく話だった。

 その直後の16年7月に三菱地所が、海外成長企業やスタートアップ向けの支援施設「グローバルビジネスハブ東京」を大手町に開設する記者会見があった。とくにフィンテック企業の支援を進めるというので、当時社長だった杉山博孝会長に、率直な疑問をぶつけてみた。

 「一橋大学の伊藤邦雄教授は不動産業界がIT経営に最も遅れていると言っているが、三菱地所もIT経営を推進しているとは聞かない。スタートアップ支援と言っても、三菱地所に目利きができるのか。場所を貸すだけではなく、彼らの新しい技術を自らも利用して評価する方が重要ではないか」

 三菱地所では、グローバルビジネスハブ東京の開設に合わせて、新規事業創出の足掛かりとしてベンチャーキャピタルファンドに投資した。しかし、日本の大企業や役所が欧米やアジア各国に比べてIT経営で出遅れたのは、外部の専門家に丸投げするだけで、トップを含めて自前でIT人材を育てて取り組んでこなかったからだろう。本気でスタートアップを育成したいのなら、単に場所を貸すだけでなく、自らも積極的に関わるべきだと思ったのだ。

DXを実現する大企業は現れるのか

 三菱地所は、“丸の内の大家さん”で社風もおっとりしていると言われてきた。しかし、1997年頃に日本経済新聞の不動産担当だった島田章氏に「丸の内のたそがれ」と題した記事を書れたことで大きく変わった。当時の福澤武社長が丸ノ内の地盤沈下に強い危機感を抱き、丸ビルを最初に古いオフィスビルの建て替えによる大改造が始まった。トップの意識が変われば、企業は変わるものである。

 Inspired.Lab開設の狙いも「大企業とスタートアップのコラボレーションの場を創出し、変革を加速」としている。丸ノ内に拠点を置く三菱地所の得意先である大企業が、スタートアップと結合することでイノベーションを起こし、丸ノ内の活性化につなげたいのだろう。その思惑通りになるかどうかは、スタートアップよりもInspired.Labに参加する大企業次第かもしれない。

 経産省では、IT経営銘柄に続いて、2018年9月に「DX(デジタルトランスフォーメーション)レポート〜ITシステム「2025年の崖」の克服とDXの本格的な展開〜」を公開した。あらゆる産業で、新たなデジタルテクノロジーを利用して、これまでにないビジネスモデルを展開する新規参入者が登場し、ゲームチェンジが起きつつある。日本企業にDXの必要性を認識して実行してもらおうと旗振りを始めたわけだ。

 レポートでは、IT専門調査会社のIDC JapanによるDXの定義を紹介している。それによると「企業が外部エコシステムの破壊的な変化に対応しつつ、内部エコシステムの変革をけん引しながら、第三のプラットフォームを利用して、新しい製品やサービス、新しいビジネスモデルを通して、ネットとリアルの両方で顧客エクスぺイエンスの変革を図ることで価値を創出し、競争上の優位を確立すること」とある。

 何とも持って回ったような言い方だが、要は「クラウド、モビリティ、ビッグデータなどのデジタルテクノロジーのプラットフォームを利用して、競争力のある新しい製品・サービス・ビジネスモデルを創出すること」。そのためにはデジタルテクノロジーを活用して、どのようにビジネスを変革していくのかという「ビジョンと戦略」が不可欠だが、それが日本企業には最も不足していると言われてきた。

 「未来の建設現場を一日でも早く実現する」というビジョンと「多くの企業に使ってもらうためにオープン化した」との戦略のもとに誕生したランドログは、DXのお手本のような事例である。SAPジャパンは、コマツを上手くサポートして、それを実現させたわけだが、3年前にはNECの顔認証技術を欧州の空港に導入しようとして実現できなかったことがあったという。「当時は間違いないくNECの技術は世界トップだったが、今では中国企業が追い上げて先に実現されてしまった」と残念がる。

 第二、第三のランドログをInspired.Labから生み出すためには、スピード感をもってDXを実行できる企業が現れるかどうかにかかっている。

お問合せ・ご相談はこちら

「未来計画新聞」は、ジャーナリスト千葉利宏が開設した経済・産業情報の発信サイトです。

お気軽にお問合せください_

有限会社エフプランニング

住所

〒336-0926
さいたま市緑区東浦和

日本不動産ジャーナリスト会議の公式サイト

REJAニュースサイト

IT記者会の公式サイト