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 「ラグビーワールドカップ2019日本大会」の開幕まで、もう2年を切った。その翌年の「東京オリンピック・パラリンピック2020」も含めて、世界中のスポーツファンが日本に押し寄せようとしている。果たして受け入れ準備は大丈夫なのか。そんな問題意識から半年前に書いたのが「仏仮設大手『GLイベンツ』が五輪狙い日本上陸」と題した記事だ。ところが、その後、GLイベンツは雲隠れ状態となって、メディアに全く露出しなくなった。閉鎖的な日本の建設市場から撤退を余儀なくされたのか。GLイベンツを含めて仮設業界の動向は今後の注目ポイントだ。

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ラグビーWCでは世界20か国のナショナルチームが来日

 メディアは「東京オリンピック・パラリンピック2020」の話題ばかりを取り上げるが、前年9月に開催される「ラグビー・ワールドカップ2019」も、スポーツの世界的ビックイベントだ。大会期間は東京オリンピックが開幕式前に始まるサッカーを入れて2020年7月22日から8月9日までの19日間だが、ラグビーWCは2019年9月20日から11月2日までの44日間と2倍以上も長い。

 会場も東京オリンピックは、東京を中心とした首都圏(神奈川、千葉、埼玉)に集中しており、地方開催は野球の福島あずま球場(福島市)、サッカーの札幌ドーム、宮城スタジアム、茨城カシマスタジアム、自転車の伊豆ベロドローム(静岡県伊豆市)と東日本に限定される。ところが、ラグビーWCは北海道から九州まで全国12会場もある。

 ラグビーWCでは世界20か国のナショナルチームが、大会前の1か月以上、日本国内で合宿を行い、本番に備えると言われている。世界中のラグビーファンが、約3か月もの間、日本に滞在してビックイベントを楽しむわけだ。

【ラグビーワールドカップ2019日本大会 競技会場一覧】

?札幌ドーム(札幌市) 41,410人

?釜石鵜住居復興スタジアム(仮称・岩手県釜石市)16,187人(2018年竣工予定)

?熊谷ラグビー場(埼玉県熊谷市) 24,000人

?東京スタジアム(東京都調布市) 49,970人(開幕戦)

?横浜国際総合競技場(横浜市) 72,327人(決勝戦)

?小笠山総合運動公園エコパスタジアム(静岡県袋井市) 50,889人

?豊田スタジアム(愛知県豊田市) 45,000人

?東大阪市花園ラグビー場(大阪府東大阪市) 30,000人

?神戸市御崎公園球技場(神戸市) 30,132人

?東平尾公園博多の森球技場(福岡市) 22,563人

?熊本県民総合運動公園陸上競技場(熊本市) 32,000人

?大分スポーツ公園総合競技場(大分県大分市) 40,000人

レガシー問題で競技場施設は仮設が世界の主流に

 日本では、1998年の長野冬季オリンピック、2002年の日韓サッカーワールドカップ以降、スポーツの世界的ビックイベントが開催されていない。すでに20年近いブランクがある。

 しかも、長野オリンピックの施設整備では、重い財政負担に苦しめられた。今年4月には維持管理費の負担を軽減するために、ボブスレー・リュージュ会場だった「スパイラルパーク」の製氷休止が発表となった。

 最近では、世界的スポーツイベントはますます巨大化しており、イベント開催による経済効果は期待できるものの、終了後の負担をどうするかが大きな課題となっている。いわゆる「レガシー(遺産)問題」への対応が重要になっているわけだ。このため、大会終了後に需要が見込めないスポーツ施設や観客席などは仮設で整備し、終了後に撤去するのが一般的になりつつある。

 東京オリンピックでも、39競技会場のうち、新設は新国立競技場、オリンピックアクアティクスセンター(水泳)、有明アリーナ(バレーボール)など8施設。仮設は下記の7施設が計画されているほか、アクアティクスセンターも2万席の観客席を5千席に縮小する計画。幕張メッセ(レスリングなど)や陸上自衛隊朝霞訓練場(射撃)などの既存施設でも仮設での整備が必要となる。

 これだけの大量の仮設施設を短期間に建設することができるのか。とくに大量の仮設資材をどのように調達するかが最大の課題となる。

【東京オリンピック・パラリンピックで計画されている仮設施設】

?有明体操競技場(体操)1万2000席

?有明BMXコース(自転車)5000席

?潮風公園(ビーチバレー)

?お台場海浜公園(水泳、トライアスロン)

?皇居外苑(自転車ロードレース)

?青海アーバンスポーツ会場(クライミング)

?海の森クロスカントリーコース(馬術)

日本と世界の仮設技術には大きな違い?

 日本で「仮設」と言えば、建設現場で見かける鉄骨と鉄パイプを金具で組んだ仮設足場や仮囲い、鉄骨とパネルで作る仮設住宅のイメージも持っている人が大半だろう。祭りや花火大会などでつくられる仮設観客席なども、かなり“チャチ”な感じの造りである。

 世紀の祭典オリンピック競技会場に、あのような簡易的な造りの施設をつくるのか―と想像する人もいるかもしれない。もちろん、いくら予算が厳しいからと言って仮設足場のような施設をつくるわけではない。通常の恒設(パーマネント)施設で使用するような仮設資材を使って施設をつくるのだ。

 筆者自身「有明体操競技場のような1万2000席もある巨大な施設を仮設でつくれるのだろうか」という疑問を持っていた。日本国内では、そんな事例をほとんど聞いたことがなかったからだが、東京オリンピックに伴う「見本市中止問題」で日本展示会協会の会長会社であるリード エグジビション ジャパンを取材した時に「海外には巨大施設でも仮設でつくれる会社がある」と教えてもらった。それがフランスの「GLイベンツ」だ。

仮設資材を世界規模で再利用するビジネスモデル

 FACTAの記事にも書いたが、2000年代に入った頃から世界ではビックイベントの施設整備は仮設で行うのが主流となりつつある。しかし、そのような特殊な用途で使用される仮設資材を一国だけで有効に再利用するのは難しい。そこで、世界中のビックイベントを渡り歩いて仮設資材を再利用するGLイベンツのような企業が登場してきたわけだ。

 英国の構造設計会社の日本法人であるアラップジャパンに問い合わせると、英国にもGLイベンツのようなビジネスモデルを展開している企業として、ESグローバルとアリーナグループの2社があるという。他にスイスにも同様の企業があると聞くが、日本企業でグローバルに仮設資材でビジネスを展開している会社は聞いたことがない。

 日本では日韓サッカーワールドカップ以降、世界的ビックイベントが開催されていなかったので、そうした世界の動向に疎かったのだろう。だから東京オリンピック2020の当初の施設計画では、10以上の競技施設を恒設で新規につくる計画となっていたわけだ。

日本でも外国製仮設資材が使用できる規制緩和を実施

 では、海外でつくられた仮設資材を日本に運んできて利用できるのだろうか。日本で仮設資材を使用する場合には、JIS(日本工業規格)・JAS(日本農林規格)または大臣認定の取得が必要になる。ところが2016年6月13日の告示改訂814号で、鉄骨やコンクリートの主要部材についても個別に安全性を検証すれば外国の仮設材を使用できるようにする規制緩和が行われていた。

 建築基準法を所管する国土交通省住宅局の建築指導課の担当者に確認すると、確かに外国製の仮設資材を使用できるように規制緩和が実施されていた。ところが「東京オリンピックなどでの仮設の急増で、仮設資材の供給不足が懸念されるので、事前に対策を打ったということか?」と質問すると「どのような理由で規制緩和したのかは聞いていない」という。どうやら理由は聞かされないまま、外国製の仮設資材を使用できる環境だけは整えていたようだ。

 法的に日本でも外国製の仮設資材は使用できることになったが、日本の建築基準法に基づいて個別に安全性を検証する必要はある。そのため、GLイベンツでは「さいたまスタジアム2020」の設計実績のある建築設計事務所大手の梓設計と業務提携して準備を進めてきた。

釜石の新設ラグビー場にGLイベンツの仮設スタンド

 梓設計では、GLイベンツとの業務提携を機に、新たに「スポーツ・MICEドメイン」という部門を立ち上げ、同部門責任者に常務執行役員の永廣正邦氏が就いた。たまたま日本建築士事務所協会連合会主催の2011年度日事連建築賞で国土交通大臣賞を受賞した山梨市庁舎の取材で、筆者は永廣氏とは面識があったので久しぶりに会うと、梓設計でもGLイベンツと出会うまでは恒設と仮設の中間に位置する「セミパーマネント(半恒設)」と呼べる建築手法を知らなかったようだ。

 梓設計ではラグビーWCで唯一、新設となる「釜石鵜住居復興スタジアム」の設計を担当し、2017年6月から大成建設が建設工事を始めている。同スタジアムの観客席数は約1万6000席となっているが、GLイベンツの仮設スタンドを使って3万席以上に増設する計画だという。新国立競技場の仮設部分の基本設計業務も梓設計が受注しており、ここも元請会社が大成建設なのでGLイベンツの仮設スタンドが採用されるかもしれない。

外国企業が日本で施工能力をどう確保するのか

 FACTAの記事が公開されたあと、メディアにはGLイベンツの話が全く出なくなった。GLイベンツが日本で仕事を受注するためには設計事務所だけでなく、施工会社の協力が必要になる。取材した時も、3社の仮設施工会社と業務提携交渉を進めていると言っていたが、日本の建設業界は閉鎖的なので、すんなりと応じてくれる会社があるのかどうかを心配していた。

 その後、日本の仮設大手にも話を聞きにいったが、外国企業が日本の仮設市場に参入することに慎重な見方をしていた。彼らも、仮設スタンドなどの仮設資材をストックしており、着々と受注獲得に動いている。やはりGLイベンツが前面に出て日本市場で仮設工事を受注するのは大変なのかもしれない。

 とは言え、日本の仮設業界が、オリンピック向けに大量の仮設資材を用意したとしても、イベント終了後にそれらの仮設資材を再利用できるのか。無駄にするぐらいなら外国製の仮設資材を積極的に活用し、2つのビックイベントを成功させるために必要な仮設施設をしっかり準備するべきだろう。

 GLイベンツ・ジャパンのヴェルディエ氏によると、最近のスポーツビックイベントでは各国要人、スポンサー、応援サポーターのための施設などを各国が用意する必要があるという。ラグビーWCでは、日本の除く19か国のナショナルチームのための合宿所や練習グランドを確保する必要があり、そうした環境を用意する場合も仮設で十分だろう。

 東京オリンピック2020に伴う「見本市中止問題」でも、展示会業界では東京ビックサイトに代わる展示会場の確保、または新たなメディアセンターの建設を強く要望しているが、この場合の施設建設を工期1年の低コストで実現するとなれば仮設で行うしかない。リード関係者がGLイベンツを筆者に紹介してくれたのも、東京ビックサイトに代わる代替施設を確保するためにはGLイベンツの仮設技術が必要だったからだ。

 仮設といえば、建設の世界でも恒設の建設構造物が完成した後に解体されてしまう裏方の建設技術で、これまではあまり注目されていなかった分野だ。しかし、2つのスポーツビックイベントが成功できるかどうかは、どうやら裏方の仮設技術が鍵を握っているようなのである。

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