2016年の年頭に「ジャーナリストのたたみ方」と題したコラムを書いてから半年以上が経過したが、いまだに記者活動は続けている。たたむ前に“棚卸”ぐらいはやっておこうと思ったからだ。これまで経済関連の記事を30年以上も書き散らかしてきたので、過去のコンテンツを自分なりに整理してみることにした。2014年4月に出版した単行本「実家のたたみ方」でも終活について書いたが、「記者の終活」みたいなものである。棚卸作業を通じて必要な取材は続けるし、その過程で記事も書く。多少なりとも後輩記者たちに役に立つ記録が残せたらと思っているのだが…。

卒論のつもりで著作物を残した先輩記者たち

 「千葉さん、記者を辞めようと考えているみたいですが、その前に棚卸ぐらいはやられたらいかがですか」―今年に入って親しくなった大手ハウスメーカーの幹部に会った時に、そう言われてハッと思った。古くなった記事を読みたいと思う人は少ないとは思うが、その時代に発生した事件や出来事を取材して書いた記事に少しは史料的価値があるかもしれない。そうであるなら記録を整理して残しておくことも無駄ではないはずだ。

 私の身近にも現役時代の取材活動の成果をきちんとまとめている先輩記者は少なくない。IT記者会の代表理事の佃均氏は、情報産業新聞社の取締役編集長を務めたあと2003年末に53歳で退社し、本人曰く「卒論のつもり」で「日本IT書紀」(全5巻)を2005年3月に発刊している。1巻がA5版600ページ近い本をわずか1年ほどで5巻も書きあげたのは驚くべき筆力だ。私には到底、真似のできない仕事ぶりである。

 本の中身もコンピューターの歴史だけでなく、1600年代にヨーロッパで発明された計算道具、計算機械の起源、日本の明治維新のあとの殖産興業と統計学などコンピューターに係るテーマを多岐に扱い、壮大なストーリーが展開される。まさに日本のIT産業の黎明期を詳しく知る佃氏だからこそ書くことができた本であり、とくに日本のソフトウェア産業の成り立ちを知ることができる大変に貴重な資料となっている。

 今年で設立27年目となる日本不動産ジャーナリスト会議(REJA)の会員でも、2015年に87歳で亡くなった蒲池紀生氏が2008年に住宅新報社から「図解不動産業シリーズ不動産業の歴史入門」を発刊している。江戸時代から現代までの不動産業界史を文章とマンガで判りやすく解説した本だ。蒲池氏は日本の住宅・不動産の業界記者の草分け的な方であった。

 同じくREJA会員で、2016年春に79歳で亡くなった長谷川徳之輔氏も、2008年に三省堂から「東京山の手物語」を発刊した。東京ではいまでも山の手と下町という言葉が良く使われるが、どこが山の手なのかを正確に答えられる人はほとんどいないだろう。東京の土地と町の歴史をわかりやすく解説した本は、建設省で長く建設・不動産行政に携わったあと1995年から2008年まで明海大学不動産学部教授を務めた長谷川氏だから書けたのだと思う。

史料価値のある情報や資料を残していく必要性

 長谷川氏には、亡くなる3年ほど前に自宅を訪ねてお会いした。その時に明海大学教授を退官するときに不動産行政などに係る膨大な資料を引き継いでくれるところを随分探したそうだが、引き受け先がなく廃棄せざるを得なかったという話を聞いた。書籍などの紙の資料は保管スペースの確保も大変で、いざ使いたい時も利用しにくいのは確かだが、実にもったいない話である。

 佃氏も、IT関連の書籍や資料、白書などを大量に保管し、東京・新橋にIT記者会の事務所を設置した頃には書籍・資料を無償で貸し出していた。事務所の移転で保管場所がなくなり、IT系の団体にそれらの保管をお願いしたが、やはり応じてくれるところはなかった。

 2015年暮れに雑誌の専門図書館である大宅壮一文庫が、利用者の減少で運営が厳しくなっているというニュースが流れた。ある意味、インターネット時代の宿命かもしれない。とは言え、保存を諦めて破棄してしまえば、大切な史料が永遠に失われてしまう可能性もある。

 「史料がないのだから、そうした事実もなかったはずだ」―そんな理屈で歴史が忘れさられたり、時には修正されたりすることが起こらないようにするためにも、様々な資料や目撃証言などを記録に残しておくことが必要だろう。戦後71年が経過して先の戦争を知る語り部たちが高齢化し、戦争体験の継承をどうするのかにも通じる課題である。

経済・産業の歴史を次世代にどう伝えていくか

 “記者の終活”として、佃氏や長谷川氏のようなまとまった著作物を書こうと考えているわけではない。とても日本IT書紀のような大作を書きあげる能力も根気もないので、とりあえずは過去に書き散らかした記事を検索しやすいように整理するところから始めようと思っている。必要に応じて抜け落ちている情報は資料を調べたり、追加取材したりするつもりだが、そうした作業を通じて書きたいと思うテーマが出てきた時にどうするかは改めて考える。

 先日もREJA会員の森田喜晴氏から日本シーリング材工業会の機関誌に掲載した連載記事「世界史に見る防水の起源」(10回)のコピーをいただいた。森田氏は日本で唯一の建築防水の専門雑誌社に29年間勤務していたが、2006年に親の介護のために56歳で退社。一段落したあとオンラインマガジン「ROOF-NET」を立ち上げて情報発信を続けている。

 森田氏によると、原油を精製して灯油やガソリンとして大量消費するようになったのは200年足らずの歴史だが、天然アスファルトを防水材として利用した話は紀元前3000年頃の旧約聖書や人類最古の叙事詩「ギルガメッシュ」に登場する。あの有名なノアの方舟、バベルの塔、モーセをナイルに浮かべた籠の3か所に出てくるという。

 日本でも、日本書紀の668年の章にアスファルトに関する記述があるそうだ。小倉百人一首の巻頭歌「秋の田の かりほの庵の苫をあらみ わが衣手は露にぬれつつ」は雨漏りの歌であるらしい。もともと人間の住まいは「雨、風をしのぐ場所」であったわけで、耐震性や断熱性という以前に雨漏りしない家をいかに実現するか。先人たちの歴史を認識したうえで、防水事業に取り組んでほしいという思いが伝わってくる。

 さて、私はどこから棚卸作業に手を付けるべきか。具体的な方針はまだ決めていないが、後輩記者などが記事や原稿を書くときに資料として使いやすいような整理の仕方を考えたいとは思っている。

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