医療情報ネットワークと接続されて高度で効率的な医療介護サービスを提供する賢い「サービス付き高齢者向け住宅(サ高住)」――それが筆者が考える「スマート・サ高住」のイメージだ。スマートグリッド(賢い電力網)でネットワーク化されてエネルギーを賢く効率的に使用するスマートハウスの高齢者向け住宅版である。国土交通省の「ヘルスケア施設供給促進のための不動産証券化手法の活用及び安定利用の確保に関する検討委員会」の最終会合(3月6日開催)で、国際医療福祉大学大学院教授の武藤正樹氏がヘルスケアリートの投資対象となるCCRC(Continuing Care Retirement Community)の実現に向けてICT(情報通信技術)の活用を提言した。医療情報ネットワークを医療介護サービスの高度化・効率化に活用すると同時に、ヘルスケア施設の事業運営状況を投資家に情報開示するための仕組みとして利用することでヘルスケア施設の整備・拡充につなげることが可能ではないだろうか。

病院での看取りは今後も可能なのか?

 今年1月に筆者の伯母が病院で84歳で亡くなり、看取りの問題に直面した。骨のガンという病気だったために発見が遅れて手の施しようがなく、90歳を過ぎた伯父は病院での看取りを希望していたが、病院からは「治療行為ができない」との理由で退院を求められて困り果てていた。結果的に退院前に亡くなったが、少しでも長生きしてほしいと懸命に看護する伯父の希望を適えられそうな施設を短期間に探すのは困難だった。

 団塊の世代が後期高齢者に達する2030年には、65歳以上の高齢者人口は日本全体の32%、3600万人以上に達すると予測されている。政府が先月末に発表した将来推計人口では、2040年には75歳以上の人口は20.7%と2割を超える。そのような状況で、人はどこでどのように老い、どこで終末を迎えるべきかは切実な問題だ。近年では病院のベットで看取られる人が大半だったが、将来的に病院のベッド数が増えるとは考えにくく、病院での看取りが厳しい状況になることが考えられる。

 厚生労働省では、住み慣れた地域で安心して暮らし続けられるよう、医療・介護・予防・住まい・生活支援サービスを一体的に提供する地域包括ケアシステムの確立をめざしている。病院以外の自宅や高齢者向け住宅などで看取れる環境を整えるには、ヘルスケア施設を質・量の両面で拡充するとともに、それぞれの施設が連携して医療介護サービスが提供できる仕組みを構築することが不可欠だ。そのための基盤となるのが医療情報ネットワークだろう。

長寿命化による疾患併発リスクをどう軽減するか?

 医療安全の確保という視点からも、医療情報ネットワークの必要性は高まっている。医療分野のICT化に取り組む東京大学政策ビジョン研究センターの秋山昌範教授は「2000年以降、医療技術が大きく進歩し、重い疾患を抱えながら長生きする高齢者が増え、複数の疾患を併発するリスクも高まった。これが医療費の増大を招いている根本的な原因だ」と指摘する。通常は疾病ごとに診察する医者が異なり、それぞれの立場、価値観、専門知識によって解釈の違いが生じる。そこに医療安全の問題が出てくるという。

 高齢者が複数の疾患を併発するリスクを軽減し、医療安全の確保と医療費の抑制を図るためにも医療情報の共有化がカギとなる。さらに平常時だけでなく、災害などの緊急時における医療安全の確保も重要なテーマだろう。被災直後や避難時には診療記録が蓄積されている「かかりつけ病院」での治療ができないことが十分に想定されるからだ。

 東日本大震災では津波被害が大きかったため死者・行方不明者2万人弱に対して負傷者は約6000人だったが、阪神淡路大震災では死者約6400人に対して負傷者約4万4000人。政府が公表した南海トラフの被害想定では、死亡者数の約2倍の62万人の負傷者が予想されている。これだけの数の負傷者に加えて、数百万人に達するであろう避難者に対しても適切な治療を行える体制をどう整備するかは、まさに人命にかかわる問題である。

スマホで自分の電子カルテを閲覧できるようにするには…

 医療分野のICT化は、e-Japan戦略がスタートした2001年に厚生労働省が「保健医療分野の情報化にむけてのグランドデザイン」を策定したのが最初だ。当時は普及率1.1%だった電子カルテシステムの導入、0.4%だった電子診療報酬明細書(レセプト)のオンライン化などの取り組みが始まった。こうした個別システムの電子化を進めることで、最終的には病院ごとに電子カルテのデータを保存するのではなく、個人の健康・医療情報を集約・統合して共同利用するEHR(電子健康記録)の実現をめざしていた。

 秋山東大教授によると、医療分野のICT化で世界最先端のエストニアでは、国民のEHR化が実現しており、スマートフォンから個人のEHRを呼び出すことも可能となっている。突発的な事故や災害などで負傷して救急病院に搬送されても、スマートフォンを携帯していればEHRを呼び出して医師も適切な医療を行いやすくなる。さらにエストニアでは、国民の診療データを活用する包括合意を行っており、それらのデータを遺伝子治療などの研究に役立てる取り組みが始まっており、それを元に新たな成長産業を育成しようという戦略を進めている。

 日本でもEHRが導入されれば、健康管理や治療などに大いに役に立つつとともに、無駄な検査・投薬の削減や医療安全の向上などで医療費の抑制につながるだろう。しかし、その実現には、国民ID制度の導入、個人情報保護の強化などの問題が立ちはだかってきた。そうしたなかで、地域や疾患を限定して患者の同意を得ながら導入が進んできたのが「地域医療福祉情報連携ネットワーク」だ。

地域医療の再生に向けて地域医療ネットの導入が活発化

 地域医療の情報連携は、離島・僻地の遠隔医療として90年代から始まり、2004年からは情報連携だけでなく、治療体制も含めた地域医療連携への取り組みがスタート。12年からは第三段階として医療・介護の地域包括ケアに向けた連携が始まっている。厚労省が2009年度に開始した地域医療再生基金制度、政府が10年度に打ち出した「どこでもMY病院」構想などで、全国各地で地域医療福祉情報連携ネットワークを導入する動きが広がり、11年1月には地域医療福祉情報連携協議会(略称・RHW、会長・田中博・東京医科歯科大学教授)が設立され、現在41の地域連携団体が参加している。

 12年に医療連携システム「とねっと」が稼働した埼玉利根保健医療圏医療連携推進協議会(会長・大橋良一加須市長)は、埼玉県東北エリアの行田市、加須市など7市2町で組織、11の中核病院を中心に108施設がとねっとに参加した。とねっとに参加同意した患者(約6000人=12年10月)には「かかりつけ医カード」が発行され、患者がこのカードを提示した場合に診療情報の共有を認める意思表示となり、参加医療機関で管理する患者IDとかかりつけ医カードIDを紐付けして情報共有・参照が可能になる仕組みだ。

 とねっと開発の背景について、大橋市長は「選挙で総合病院誘致を公約に掲げたものの実現が困難だった」と率直に語る。その打開策として地域医療ネットを導入したが、「医者は自分の患者は最後まで面倒見るとの意識が強いし、患者は相変わらず総合病院志向から抜け出せない」(大橋市長)と普及への課題は少なくない。さらに「地域医療再生基金制度による助成が切れたあと、運営費を利用者でどう分担するか」という課題も抱える。

ヘルスケアリート創設の課題は施設オペレーター

 今後の高齢者の単身・夫婦世帯の増加に対応するため2011年10月に導入されたのが、サービス付き高齢者向け住宅(サ高住)だ。ヘルスケア施設の全国の設置状況を1998年と2012年を比較すると、病院は9333施設から8567施設に減少する一方で、有料老人ホームは288施設から7563施設に増加。サ高住も制度開始から1年3か月で2587施設(登録戸数で9万3000戸超)に急増し、政府は2020年までに高齢者人口に対する高齢者向け住宅の割合を3〜5%(108万〜180万戸)まで引き上げる計画を打ち出している。

 耐震化率が6割以下にとどまっている病院の耐震改修や建て替え、高齢者向け住宅の整備・拡充などヘルスケア分野への投資をどのように促進していくか―。最近では日本でも高額な医療設備をリース契約に切り替えて初期投資の負担軽減を図る病院が増えているが、同様の発想で海外では不動産証券化の手法を活用して投資家から資金調達してヘルスケア施設に投資する「ヘルスケア・リート(不動産投資信託)」が誕生して規模を拡大している。

 国土交通省では2012年10月に「ヘルスケア施設供給促進のための不動産証券化手法の活用及び安定利用の確保に関する検討委員会」を立ち上げて、日本でもヘルスケア・リートの導入に向けた環境整備に乗り出した。3月に公表された検討委員会の取りまとめでは、ヘルスケアリート創設に対する期待を表明する一方で、様々な懸念材料や課題があることを指摘した。

 最大の懸念材料は、ヘルスケア施設のオペレーター(運営者)の問題である。オフィスや住宅であれば、投資家は建物の立地や仕様などを評価すれば良いが、ヘルスケア施設では提供されるサービスが低下すれば、利用者が一斉に契約を解除するリスクがあり、オペレーターの客観的な評価が不可欠だ。しかし、サ高住も居室の広さや設備などハード面の登録基準は設けられているが、提供するサービスの品質などソフト面の基準はなく、オペレーターをモニタリングする仕組みもない。

スマート・サ高住を新たな成長戦略の柱に

 米国には健康なうちから住み、重介護になっても移転せずに暮らし続けられるCCRCという高齢者住居・施設群がある。日本でもヘルスケアリートが創設されて資金調達力が高まれば、CCRCが整備される可能性はあるだろうが、それらの資金が地域包括ケアシステムの整備にも投資される環境を整えていく必要があるだろう。

 検討委員会の最終会合が終わったあと、冒頭に紹介した武藤国際医療福祉大教授にICT活用の具体的なイメージを質問すると、「e-サ高住のようなものができないか。そのための基準づくりを提案している」と述べた。武藤教授には申し訳ないが、e-サ高住というネーミングは少々古くさい感じなので、「スマート・サ高住」と言い換えさせてもらった(最近はやたら「スマート」が付き過ぎている気もするが…)。

 スマート・サ高住に、具体的にどのような機能を盛り込むかは今後、検討が必要ではあるが、地域医療ネットに医療・介護サービスのモニタリング機能を加えて、特別養護老人ホームなどの高齢者施設や有料老人ホーム、サ高住にも導入していくのが良いのではないだろうか。利用者が増えれば、懸案となっている地域医療ネットを運営費用も施設当たりの負担を軽減できるだろう。それぞれのヘルスケア施設のサービスをモニタリングして投資家にも情報開示できる仕組みができれば、日本でもヘルスケアリートへの投資が拡大し、ヘルスケア施設を核とした地域活性化にも貢献することが期待できる。

 政府は今年1月に立ち上げた産業競争力会議での議論に基づいて6月には新たな成長戦略を策定する予定だ。産業競争力会議では、下記の7つの重点テーマが設定された。
A 産業の新陳代謝の促進
B 人材力強化・雇用制度改革
C 立地競争力の強化
D クリーン・経済的なエネルギー需給実現
E 健康長寿社会の実現
F 農業輸出拡大・競争力強化
G 科学技術イノベーション・IT の強化
 スマート・サ高住の実現は、これからの成長戦略にも寄与することが期待される。

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