大和ハウス工業のマンション事業統括上級執行役員に10月1日付けで、野村不動産ホールディングス副社長を2011年3月末で退任した高井基次氏が就任した。マンション業界からは「ウワサが飛び込んできたときには本当に驚いた。マンションビジネスにおける高井氏の力量は誰もが認めるところ。社内にもボヤボヤしているとやられれるぞ!とハッパをかけた」(三菱地所レジデンス・小野真路副社長)と早くも警戒する声が聞こえる。連結売上高で住宅メーカートップの積水ハウス、さらにゼネコンの鹿島も抜いて日本最大の建設会社になった大和ハウスだが、グループ子会社を含めて大会社らしからぬ思い切った人材登用が企業成長を支えているのかもしれない。

野村のマンションブランド確立の立役者

 高井氏の人事は、すでに9月14日に略歴なしで簡単なニュースリリースで出ていた。一般メディアは通常の短信人事で流しただけで、筆者が17日にツイッターで呟いて、あの高井さんと気が付いた業界関係者も多かったようだ。私個人はあまりマンション業界を熱心に取材している方ではないが、それでもブランドイメージがあまり高くなかった野村不動産のマンションを一流に育て、供給戸数も上位に位置する事業にしたのが高井さんであることは知っていた。

 2011年のマンション供給戸数ラインキング(不動産経済研究所調べ)によると、トップは藤和不動産を合併して一気に事業規模が拡大した三菱地所レジデンスだったが、「プラウド」シリーズを展開する野村不動産は堂々の2位。大京、三井不動産レジデンシャル、住友不動産などの絶えず上位を争い、マンション市場で確固たる地位を築いた。

 しかし、野村不動産HDの社長は歴代、野村証券出身者が就任しており、不動産プロパーの高井氏は社長にはなれずに昨年3月末で退任。その後、6月に野村証券常務から野村土地建物社長を経て中川加明三氏が野村不動産HDの社長に就任した。経営陣の若返りが進み、野村のマンション事業の体制も大幅に刷新された。

樋口会長が再建したマンション事業をどう育てるか?

 大和ハウス工業も、マンション事業で毎年供給戸数ランキングのトップ10に名前を連ねる有力企業だ。2011年も2638戸の第6位となったが、供給戸数はここしばらく2000戸台ペースで、トップグループとは約2倍の開きがある。また、戸建て住宅のイメージが強いため、同社のマンションには、トップグループのような明確なブランドイメージは定着していない。

 バブル崩壊後、経営危機に陥っていた分譲事業子会社の大和団地に1993年に社長として乗り込んでマンション事業を立て直したのは大和ハウス工業の樋口武男会長だった。その経営手腕を創業者の故・石橋信夫氏に見込まれ、2001年に大和ハウスと大和団地が合併して大和ハウス本体の社長に就任。それから10年以上が経過したが、樋口さんとしては自ら再建したマンション事業が伸び悩んでいるとの思いがあったのかもしれない。

 「高井さんならゼロからでも事業を立ち上げるでしょうね」―マンション業界で高く評価される高井氏が大和ハウスのマンション事業をどのように変えていくだろうか。新築住宅市場そのものは縮小傾向にあり、今後は中古住宅市場の比重が高まっていくと考えられるだけに、どのような戦略を打ち出すかは興味深いところだ。

<2011年事業者別マンション供給戸数ランキング>                            

順位 事業者 供給戸数

1

三菱地所レジデンス 5,331
2 野村不動産 5,034
3 三井不動産レジデンシャル 4,980
4 大京 4,291
5 住友不動産 2,995
6 大和ハウス工業 2,638
7 東急不動産 2,247
8 プレサンスコーポレーション 1,985
9 近鉄不動産 1,825
10 あなぶき興産 1,772

 それにしても、一部上場のライバル企業の副社長だった人物をスカウトするという大和ハウスの人事には驚かされた。海外企業では良く聞く話ではあるが、今年度には連結売上高2兆円を達成する見通しの日本企業で、最近ではこうした思い切った人事をほとんど聞いたことがなかった。樋口さんが2007年に出版した著書「熱湯経営―『大組織病』に勝つ」には、いかに組織と人事、そして人材育成が重要であるかを書いているが、まだまだ熱湯経営は続いているようである。

 注)不動産経済研究所調べ

(つづく)

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