大手証券会社による情報漏えい事件で野村証券の経営トップが引責辞任に追い込まれた。91年の損失補てん事件、97年の総会屋事件に次いで3度目であり、「ああ、またか…」と思った人も多かったかもしれない。ただ、経済記者としては内心、複雑な心境だ。金融・証券などのマーケットでは、「情報」を上手く利用して儲けるのは通常の経済行為であり、記者も情報提供の役割を担っているからだ。しかし、日本ではインサイダー取引にしても、建設業界などの談合にしても、「情報」を漏えいしたり、操作したりして特定企業が利益を得る問題が起こりやすいのはないか。原発問題での電力会社の対応を見ても、不都合な情報を隠ぺいして、原子力ムラを中心に利益を得てきたのは確かだろう。情報の漏えいや隠ぺいといった安易な「情報操作」によって儲けようとする行為は、マーケットの信頼を傷付け、正常な機能を損なわせるだけであると思うのだが…。

記者は情報操作に利用されているだけ?

 新聞記者にとってスクープや特ダネを取るのは大きな目標だ。スクープを取れば、社内はもちろん外部からの評価も高まり、仕事をやり遂げた達成感や満足感も得られる。逆に、他紙にスクープを抜かれてばかりだと針のむしろ状態だ。担当替えや、場合によっては編集局から外されることにもなりかねない。それだけ「情報」には価値があると思って、記者たちは夜討ち・朝駆けも厭わず、スクープを求めて走り回っている。

 スクープや特ダネを取るには、誰かが「情報」を自分だけに提供してくれる必要がある。単独取材の時に質問してしゃべってくれることもあるが、パーティなどの立ち話で耳打ちされたり、タレこみ情報を元に企業役員や銀行筋から確認を取ったりと、様々なルートで情報源に接触してスクープが生まれる。記者にとっては情報提供がなければ、商売上がったりだ。

 そう考えると、特ダネを書いて記者は得意満面、スクープを取った気になっていても、実は情報源が単に記者を利用しているだけかもしれない。記者の方も、情報源がなぜ自分に情報を漏らしたのかぐらいは考えるが、その情報がスクープになるのなら、相手の思惑など関係なしに喜んで記事を書く。それが判っているから、情報源も最も効果的に情報を発信してくれそうなメディアや記者を選別する。それが金融・証券市場に影響を及ぼす経済記事であれば、なおさらだ。

持ちつ持たれつの記者と企業・役所との関係

 相手の都合を慮っているようでは記者という商売は勤まらない。とは言え、経済分野では圧倒的に日本経済新聞の情報発信力が強く、続いて朝日、読売、NHKなどの一般紙・放送、そして日経産業新聞、日刊工業新聞、さらに大きく水を開けられて私が所属していた日本工業新聞という状況だった。どの企業や役所だって、良いネタであれば、PR効果を考えて日経や朝日にリークしようと考えるのは自明のことである。

 駆け出しの頃は、産業専門紙で記者をやる以上は企業ネタでスクープを取りたいと思ったが、勝負にならないことはすぐに判った。企業の中には、メディア別にポイントを付けて掲載された記事の扱われ方で、広報担当者の業績評価を行っているところもある。そうした広報の足元を見て、野村証券の営業部のように、取材先企業に圧力をかけて情報提供を強要する記者もいると聞く。逆に、正式に決まれば発表する予定のネタを、数日前に記者にリークして恩を売って大きく扱ってもらおうとする企業もある。

 冒頭に、野村証券の情報漏えい事件に対して「複雑な心境」と述べたのは、経済記者も所詮はインサイダー取引の片棒を担いでいるように思えるからだ。読者のために取材活動を行っているポーズを取りながら、結局は記者自身の点数稼ぎのために、新聞社の利益のために記事を書いているだけではないのか。陰で“ちょうちん記者”とか“ポチ記者”とか言われようが、記者だって新聞社が儲からなければ給料は貰えないということである。

企業不祥事の増加でコンプライアンスの強化に乗り出したが…

 「社長、あなたがリスクです」―まだ日本工業新聞に在籍していた99年6月に、そんな見出しを付けた記事を書いた。91年のバブル経済崩壊の後、あまりにも企業不祥事が頻発して大企業の経営トップ(代表権のある会長・社長)の引責辞任が相次いだので、91〜98年の事例約70人を一覧表にまとめて新聞に掲載した。参考になる資料を探しても見つからず、新聞のスクラップをゼロから調べたのでかなり苦労したし、見落としもあったかもしれない。

 企業トップの引責辞任は、必ずしも本人がそう認めたケースばかりではなく、新聞・テレビが本人が否定しても勝手に引責辞任としてしまう場合もある。そこで表題も「引責辞任とみられるトップ交代一覧」とした。それでも、社内からは「こんな記事を掲載して各社から抗議が殺到するのではないか」と危惧する声があった。

 「どの企業も、すでに経営陣が一新され、いまさら抗議してくるところはないはず。訂正を求めたところで、それが記事になればまた恥の上塗りになるだけだから、文句も言ってこないんじゃないか」と取り合わなかった。予想通り抗議してくる企業はなかった(私の耳に届かなかっただけかもしれないが…)ので、大会社の社長・会長と言えども辞任した後まで個人の名誉(?)は守ってもらえないようである。

 引責辞任(とみられる)事例の約70人を、原因別に分けてみると、不良債権問題関連が17人、総会屋事件関連が13人、損失補てんなど巨額損失事件関連も13人、贈賄事件やカルテルなど独禁法関連が8人だった。業種別では、金融・証券が20人、建設・不動産が11人、商社・小売業など商業が7人で、やはり金融・証券が突出していた。

マスコミ対策と称する情報操作でマーケットの信頼は得られるのか?

 企業に対して少々意地の悪い記事を書いたのは、91年のバブル経済崩壊後しばらくしてコーポレートガバナンス(企業統治)やらコンプライアンス(法令遵守)やらが喧しく言われるようになったからだ。日本の企業が経営の透明性を高め、社会的責任を果たすことの重要性を改めて強調したのだが、そう簡単に日本企業の体質が変わると思っていたわけではない。

 事実、翌2000年には現役建設大臣による贈収賄事件が発覚し、大手ゼネコンが談合決別宣言を行ったのも改正独禁法が施行された2006年のことだった。このほかにも欠陥車のリコール隠し、食品会社の産地偽装、マンション事業者の耐震強度偽装など「情報」絡みの企業不祥事は枚挙に暇がない。今回の情報漏えい事件でも、大手証券会社は最後までインサイダー取引の事実を否定し続け、明確な証拠を突きつけられるまで抵抗したと報じられている。

 原発問題での電力会社の対応をみても判るように「都合の悪いネガティブな情報を隠しても別に悪いことではない」と考えている企業は少なくないのではないか。コーポレートガバナンスやコンプライアンスが企業経営にとって重要であると言われるようになったあと、「マスコミ対策」と称して情報操作の強化に乗り出した企業は多いだろう。法令違反などの問題を起こさないようにするよりも、そうした情報が外部に漏れないようにすることに力を入れているようだった。

 人間誰しも、自分に不利な事実は隠したいものではある。個人であればプライバシーもあるから隠したい情報があるのも当然ではある。しかし、マーケットを通じて商品やサービスを提供している企業、とくに株式公開している上場企業は立場が違う。マーケットが正常に機能して消費者や投資家が正しく評価できるように、必要な情報はきちんと提供するのが当然である。そうでなければ、消費者や投資家に自己責任を問うことはできないはずで、結果的にマーケットの活力も失われてしまうのではないだろうか。

信頼されていないマーケットにデフレ脱却は可能か?

 野田内閣が7月30日に打ち出した「日本再生戦略」では、デフレ脱却の対策として「モノ、ヒト、カネを動かす」という考え方を打ち出した。日本のマーケットは、モノ、ヒト、カネのいずれも活力が失われて、動かなくなってしまっているということである。確かに東京証券市場はバブル崩壊後、20年以上も低迷した状態が続き、日経平均株価は1万円を割り込んだままだ。銀行も、新興企業にリスクマネーを供給するよりも、国債を買う方に熱心で、日本経済を引っ張る企業も産業も育ってない。

 日本再生戦略の「モノを動かす」で真っ先に取り上げられた中古住宅流通市場も、欧米に比べて市場規模が小さく、未発達な状況のまま放置されてきた。国土交通省が市場関係者20人以上を集めて議論した「不動産流通市場活性化フォーラム」が今年7月に公表した報告書では、中古市場が活性化しない最大の原因は「情報の不透明性」であると指摘。これまでは売主や不動産業者が不利になる情報は提供されず、買主(消費者)が安心して中古住宅を購入できる市場環境が整備されていなかったのである。

 小泉構造改革のあとに、市場原理主義が日本経済を一段と悪化させたという論調があった。そう批判したところで、ヒトも、カネも、モノも全てマーケットで動いていることに変わりはない。何とかマーケットを上手く機能させようと、金融当局が市場調節を行ったり、行政が規制を強化したり緩和したりするわけだが、基盤にあるのはマーケットに対する信頼だろう。しかし、証券市場にしても、不動産流通市場にしても、電力市場にしても、とても消費者や海外投資家などから信頼されているとは思えないのである。

 日本経済がデフレから脱却できない最大の理由は、日本のマーケットが信頼されていないからだと私は考えてきた。その背景には、政治に対する不信、官僚や大企業に対する不満、大手メディアや学識者に対する批判がある。少子高齢化、人口減少が急速に進むなかで、デフレ脱却を実現することは容易なことではない。

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