夏本番を前に、節電に電力会社が報奨金を支払う「ネガワット取引」や中小オフィスビル・商業施設の節電対策を支援するエネルギー管理サービス「BEMSアグリゲータ」が注目されているが、オフィスビルに入居しているテナントの電気使用契約を解説した記事をほとんど見かけない。オフィスビルの電気使用量の約4割を占める共用部分の電気料金は共益費として定額徴収される契約なので、いくらテナントが節電に協力してもインセンティブが働かない。電気料金削減や報奨金などのインセンティブを効かせることで利用者の節電行動を喚起するデマンドレスポンス(DR:需要応答)と呼ばれる節電対策を普及させる障壁だと以前から指摘されているのだが、なぜか新聞でも取り上げられないのだ。大飯原発再稼働問題では、首相官邸前で行われた一般市民による大規模なデモが報道されずに新聞社やNHKに多くの抗議が寄せられたと聞くが、原発一基分の節電効果をPRして導入した節電対策の問題点をなぜ指摘しないのだろうか。いまや広告・販売収入が大幅に減少して不動産賃料収入が大きな収益源となっている大手新聞社にとっても“既得権益”となっている「ビル共益費問題に触れたくないのでは?」と誤解されても困ると思うのだが…。

経産省のBEMSアグリゲータ事業に集まった大企業

 経済産業省では、平成23年度第3次補正予算で「エネルギー管理システム導入促進事業」を導入し、今年度から補助金の助成をスタートした。BEMS(ビル用エネルギー管理システム)を設置することで一定(10%程度)の節電効果が見込まれる建物への機器導入費用の最大2分の1を助成する制度で、HEMS(住宅用エネルギー管理システム)を合わせて2年間に300億円の税金を投入する。

 一般社団法人環境共創イニシアチブ(略称・Sii)を通じて補助金助成が行われ、HEMSは対象となる機器を導入した利用者への補助金が支給される。BEMSの場合は、利用者がBEMSを設置し、かつSiiが認定したBEMSアグリゲータと呼ばれるサービス事業者の節電支援サービスを受けて、一定の節電効果が見込めることが条件となる。

 アグリゲータとは集約家の意味で、小口需要家をまとめて集中管理システムでエネルギー管理サービスを提供することで、利用者に電気料金の負担低減のメリットを提供するサービス事業者のこと。Siiでは、昨年12月から「エネルギー利用情報管理運営事業者(BEMSアグリゲータ)」の公募を開始し、今年4月上旬に21の事業者を認定登録。すでに4月下旬から補助金の申請受付が始まっており、事業期間は2014年3月末までとなっている。

 経産省ではBEMSアグリゲータの公募時に、各事業者にBEMSの設置目標を申請させており、登録された21事業者の合計は約6万5000件。それら導入先で約10%の節電が実現できれば、原発一基分に相当する91万キロワットの削減が可能と試算する。BMESアグリゲータには59事業者が応募、登録事業者には日立、東芝、パナソニック、富士通、NEC、NTTデータ、NTTファシリティーズなど大手企業の名前がズラリと並ぶ。

BEMS導入に中小オフィスビルが消極的な理由

 あるBEMSアグリゲータに取材すると、最初はオフィスビルの電気料金契約問題には全く言及しなかったが、記者側から水を向けると「いやあ、それがネックなんですよね」と重い口を開いた。今回の補助金助成事業のターゲットである中小オフィスビルのオーナーの反応が鈍く、現状のままではBEMS導入はあまり期待できないというのである。

 中小オフィスビルで、節電サービスを導入するとなると、BEMS設置の初期投資やサービス利用料がかかる。平均的なビルでサービス導入で年間5%程度の電気料金の削減効果が期待できると試算されている。しかし、現状では、ビルオーナーには実際の使用量を大きく上回る共益費収入があるとみられている。その差額がどの程度なのかはほとんど開示されておらず、テナント企業はオーナーから言われるままに共益費を支払ってきた。

 現行の契約のまま節電すれば、その分はビルオーナーが得するわけで、BEMSを積極的に導入してもおかしくないところだが、オフィスビル市況が厳しい中で、節電対策の投資回収期間を考えた場合に二の足を踏むビルオーナーが多いという。むしろ、BEMS導入で電気使用料金が「見える化」されたうえで節電協力を要請すれば、テナント企業から実際の使用量に合わせた共益費の値下げを要求される懸念が出てくる。

 さらにテナント企業が十分に節電に協力してくれずに目標達成できなければ、ペナルティが発生する可能性もある。現状ではテナント企業を刺激してまで、BEMS導入などの節電投資を行うメリットはないというわけだ。「BEMSアグリゲータを利用する企業は、フランチャイズチェーン展開している小型店舗をまとめて節電することで、企業に直接メリットがあるようなケースが中心になるだろう。中小オフィスビルは期待薄ではないか」と予想する。

電気料金契約見直しでビル管理の透明化を

 不動産業界の反応はどうか―。今のところ、オフィスビルの賃貸契約を見直そうという動きは見えていない。5月の決算発表の時に、三井不動産の幹部にも「原発問題でこれだけ節電が叫ばれているなか、そろそろテナント企業との電気料金契約を見直す必要があるのではないか」と聞いてみたが、「いや、それは難しい問題ですよね」と言って言葉を濁すばかり。

 国の助成を受けてBEMSアグリゲータを行う事業者がグループ内に2社もあるNTT都市開発にも聞いてみたが、共用部分の電気料金は定額徴収していることは認めたものの、今後、どうするかはコメントを避けた。さらに不動産事業とBEMSアグリゲータ事業の両方を行っているオリックスにも問い合わせたが、返答はもらえなかった。

 こうした対応を見る限り、共益費としてテナント企業から徴収している電気使用料金が実際の金額よりかなり多額で、契約見直しがビルオーナーの収益に与える影響が大きいと考えざるを得ない。既得権益化した共益費問題を新聞も報じないのは何とも奇妙な話だ。しかし、電力不足によって野田政権が原発再稼働を決めるなかで、ビルオーナーとしてもBEMS導入を積極的に進めて節電に協力する姿勢をアピールすることが必要ではないだろうか。

 東京都が今年4月下旬に発表した低炭素ビルへのテナント入居のアンケート調査結果では、賃貸借契約に盛り込むべき内容として共用部の水光熱費削減分のテナントへの還元が7割を占めて第1位だった。この調査に加わったニッセイ基礎研究所の松村徹不動産研究部長は、同社のホームページに掲載したコラム「研究員の眼」で「節電協力で避けられないビル管理の透明化」(2012-05-18)を掲載。「共益費に専用部のエネルギーコストも含まれている賃貸借契約が少なくないが、今後、共益費の内訳や根拠などの明確な説明なしに節電協力を得ることは難しくなっていくのではないだろうか」との見方を示している。

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