【コラム】無力感の正体―ますます沈滞していく日本社会のゆくえは?(2012-06-25)

 「既得権を持っている人たちをいくら批判したところで、彼らが既得権を手放すはずがありません。そんな記事をいくら書いても無駄なんですから、書く必要もないでしょう」―そう私に言ったのは、今年初めのパーティで会った初対面の大会社勤務の30代女性だった。今の日本の状況を見事に言い表しているように思える。脱デフレ、脱原発、社会保障制度改革、TPP交渉参加、国会議員定数削減、地方分権改革…。日本が取り組むべき課題は明らかであるにも関わらず、全く前に進まない。その一方で、大きなデモや反対運動があっても、電気料金値上げ、原発再稼働、消費税増税だけは淡々と進んでいく。しばらく未来計画新聞を更新していない言い訳にするつもりはないが、「何を言ったところで無駄」という無力感が日本全体を覆っているようだ。

消費税増税で実現するのは単なる時間稼ぎか?

 消費税増税法案が26日にも衆議院で採決されるらしい。個人的には「消費税増税の前にやるべきことがあるだろう」と言うつもりもないし、「決められない政治から決別して消費税増税を!」と言うつもりもない。遅かれ早かれ、消費税は上げざるを得ないのは間違いないのだろうから、国民も消費税増税そのものに目くじら立てて反対しているわけもないだろう。予算規模が90兆円を超えているのに税収が40兆円しかない現状が異常であることは誰もが百も承知だ。

 今年1月に未来計画新聞で「為政者が掲げる大義とは?―消費税増税に突き進む野田政権」というコラムを書いてから半年間、野田政権が何を進めようとしているのかを眺めていた。分かったことは、この半年間、「なすべきことを何もしなかった」という事実である。「消費税増税に政治生命をかける」と言うぐらいだから、ポーズだけでも何かやるかと思っていたが、結局、何もやらなかった。

 半年もの間、何もやらなかったということは、これから先も「何もやらないに違いない」と判断せざるを得ない。何もやらない政権、政治家、財務省、大企業に対して、消費税増税、電気料金値上げ、原発再稼働などの「権益」だけを無条件で国民は与えさせられるのである。

 財務省から見れば、何も分かっていない民主党政権を3年もかけて“教育”して、ようやく消費税増税法案の採決まで漕ぎ着けたのである。この先、民主党政権がどうなろうが、消費税増税法案だけは何としても可決したいと考えるのも当然。官僚としては当面の財政破たんが回避されて時間稼ぎができれば良いわけで、日本経済の復活や社会構造の変革を真剣に考えているわけでもないだろう。

「やるべきことが行われない」のはなぜか?

 東日本大震災から1年が経過した春頃から、私自身、「書きたい」という気持ちが高まらなくなった。依頼された原稿はボチボチ書いているのだが、何ら制約もなく好き放題に書くために開設した「未来計画新聞」で書こうという気持ちが続かないのだ。このままでは記者を続けることもできなくなる。情報発信力が弱まることは致命的である。

 ただ、この半年間、私が取材した人や周囲で、今の日本社会に対して悲観的な見方をしている人たちに多く出会った。政治の世界だけでなく、社会のあらゆるところで「やるべきことが行われない」現象が起きているのだ。そうした状況に対して、そうした人たちも無力感を感じているように思えた。

 国土交通省の審議会などの委員を務める大学教授に会った時も、「このままでは日本の建設産業がますます衰退していく」との危機感を募らせていた。大学として中国、韓国、東南アジアなどから留学生を積極的に受け入れ、日本の建設会社が進出するべき国とも連携してプロジェクトに取り組んでいるが、肝心の日本企業が付いてこない。

 国内で深刻化する職人不足問題に対応するために国交省を動かして法定3保険の未加入対策問題への取り組みを立ち上げたものの、相変わらずゼネコンの対応は鈍い。
 「やるべきことは分かっているのに、誰も本気でやろうとしない」
 とりあえず現状を取り繕うだけで、抜本的な改革に誰も手を付けようとしないまま時間だけが過ぎていく。いくら国内建設投資が大きく減少しても、内需中心の建設産業は、国際競争にさらされる半導体産業やテレビ産業のような危機的状態に陥ることはないと思っているのか。

 しかし、国内需要も地域経済が疲弊していけば、ますます縮小していく。しばらく地方自治体などを回って霞が関に戻ってきた総務省幹部にも久しぶりに会った。昔から毒舌的な言い方をする役人らしくない人物だが、「このままでは日本は沈没するしかないね」とポツリ。「いまだに危機感を持っていない自治体が多すぎる。このままでは財政が破たんし、地方経済も立ち行かなくなるのは避けられないのに、何ら対策を講じようとしない」と憂いていた。

 いくら警鐘を鳴らしても、やる気がなければ何も前には進まない。「貴方のような立場の人が諦めてしまったらマズイでしょう」と言ってみたものの、その心情が判らないわけではない。
 「危機感のある自治体とは、少しでも地域でカネが回るような経済活性化策を支援しながら、地域経済への影響が少しでも和らぐような取り組みを地道に進めていくだけ」
 消費税増税で当面の財政破たんは回避されたとしても、現状のままでは追加増税はすぐ目の前。いくら時間稼ぎをしたところで、やる気をなければ、事態は全く変わらないのである。

日本が財政・経済破たんしたら、どうなるのか?

 「既得権益を持っている人たちが既得権益を手放すはずがない」――そうした状況が日本社会にどのような影響を及ぼしていくだろうか。それが最も心配されることだ。このままでは、日本の経済社会そのものの活力が失われ、ますます社会全体が沈滞していく。無力感が社会全体を覆い、高齢化が進むほど、新陳代謝が起きにくい社会になっていくのではないか。

 まったく卑近な例で恐縮だが、最近、夕食時にテレビをつけてみていると、やたら「二世タレント」なるものが目立つようになった印象がある。すでに、政治の世界では、二世議員、三世議員などの世襲化が進んでいたが、まさに実力本位の人気商売とされてきた芸能界でも“二世化”が進み出している。それは、なぜなのか。

 政治家の世襲の場合、地元の利益団体とのつながりが血縁・地縁によって継承されるわけだが、芸能人の場合はファンの高齢化とともにタレント寿命が伸びていることが原因ではないかと思われる。テレビ視聴者の高齢化が進み、その結果、視聴率が稼げるタレントの子供や孫たちの商品価値が上がってく。子供タレントの人気が高まっているのも、ある意味、孫への愛情をくすぐるシルバー商戦と同じ論理なのだろう。

 そうは言っても、政治の世界も芸能界も、新陳代謝が起こらなければ老化が進むだけである。有能な人材が枯渇して、着実に衰退していく。それは企業や産業界などあらゆる分野にも当てはまることだ。社会全体の活力が失われ沈滞していくなかで、現在の社会システム、さらには国家体制を今後も維持し続けることができるのだろうか。

 財政破たんに警鐘を鳴らす小林慶一郎一橋大教授(朝日新聞2012-02-02掲載記事)によると、財政再建するためには大幅に社会保障費を削減したうえで消費税率を25%に引き上げる必要があるという。増税を先送りすればするほど破たんリスクは高まるらしい。消費税25%でも財政破たんするより良いと思うのか、増税したところで既得権益を持っている人たちに食い潰されて終わりと思うか、この先10年、20年と、国民は思い悩むことになるのだろう。

 「もし日本の財政・経済が破たんしたら、金持ち連中は日本から逃げていくだけ。大企業も同じだろう」
 ある官僚が言った言葉だが、他からもそんな見方を聞くことがある。かつて貧困から抜け出すためにブラジルや満州に多くの日本人が移住した時代もあったが、いくらグローバル化が進んだとは言え、いざとなればカネを持って国外に逃げれば良いと思っている日本人がどれぐらいいるのか。あまり想像したくないことだが、否応なしに試さざるを得ない時が来るかもしれない。