「スマートハウス」という言葉をご存知だろうか。直訳すると「賢い住宅」だが、そのイメージは人によって千差万別だ。IT(情報技術)とエネルギーの2つがキーワードであることは間違いないが、住宅業界、IT業界、それぞれの立場によって都合良く言葉を使っている印象は否めない。これまでも省エネ住宅、ソーラーハウス、ゼロエミッションハウス(ZEH)、エコハウスなど様々な言葉が登場しているが、スマートハウスは何がどう違うのか。「スマートハウスにはまだ、はっきりした定義がない」と、ある会合で経済産業省の渡邊昇治・住宅産業窯業建材課長は述べていたが、スマートハウスの旗振り役であるはずの経産省幹部の発言の真意はどこにあるのか?

家電も自動車も住宅も全て端末になる

 スマートハウスとは、もともとスマートグリッド(次世代電力網)に接続されて機能する“端末”としての住宅を意味している。2009年度に経産省がスタートした「スマートハウス実証プロジェクト」の公募要領にも、「家電製品の省エネ技術については、我が国が世界を牽引しているところであるが、機器単体における性能向上には限度があることから、エネルギー等についての需要情報と供給情報を活用することによって最適制御された住宅」と書かれていた。

 スマートグリッドというネットワークから見れば、機器単体とは家電製品だけでない。住宅も自動車も基本的にはネットワークにぶら下がる“端末”である。これまでも住宅の省エネ化や自動車の燃費向上など端末単体での性能向上が図られてきたわけだが、全ての“端末”がトップランナー基準の性能に短期間にリプレースされるわけではない。昔ながらの土壁を使った伝統構法の家や、ガソリンをがぶ飲みする自動車を愛着を持って使い続ける人もいる。

 さまざまな機能や性能の“端末”が混在する都市において、これらの“端末”をネットワーク化して最適制御することで、エネルギー利用の全体最適化を実現する。それがスマートグリッドを導入する大きな目的であり、それを実現した都市がいわゆる「スマートシティ」である、と私は理解していた。かつて電子計算機として使われてきたコンピューターが、インターネットなどのネットワークに接続されることで、その機能や性能が一気に拡張され、人々のライフスタイルや社会環境を大きく変化させたように、住宅やビル単体で最適化する「部分最適」から、都市として最適化する「全体最適」へと、発想を転換する時期に来ているとの解釈である。

情報ネットワーク社会がもたらしたもの

 コンピューターのネットワーク化が本格化したのは、1988年にNTTがISDN(統合デジタル通信網)サービスの提供を開始した前後からである。当時、コンピューター担当記者だった自分にとって、最も関心のある取材テーマはコンピューターの新製品でもIBMやマイクロソフトなどの企業戦略でもなく、標準化とコンピューターセキュリティだった。インターフェースや通信プロトコルなどの標準化が進まなければ本格的な高度情報ネットワーク社会は実現しないし、ネットワーク化が進めば情報漏えいなどの情報セキュリティが問題になると考えたからだ。標準化をテーマに、月、水、金の週3回というハードスケジュールで始めた連載は、次から次と新しいテーマが出てきて、1年以上の長期連載になったし、次に始めたコンピューターセキュリティの連載もまとめて一冊の本になったほどだ。

 当時、取材していて感じたのは、標準化にしてもセキュリティにしても日本人はあまり得意ではないとの懸念だ。コンピューターや通信機器など機器単体では、世界トップ性能の製品をつくる日本企業が、標準化やセキュリティの分野ではリーダーシップを発揮できない。JRやメガバンクなどのクローズドなシステムは構築できても、オープンなネットワーク分野でなかなか成功できない。狭いムラ社会で育ってきた日本人は、オープンなネットワークの世界に馴染めないのでは?と心配したのだ。

 その悪い予感は的中し、インターネット時代を迎えると、日本のIT産業の存在感は徐々に低下し始めた。得意としていた端末や部品でも、米アップル社のような画期的な商品を生み出せず、韓国勢や台湾勢などに世界市場のシェアを奪われてしまった。先ごろ開催されたITエレクトロニクス総合展「SEATEC JAPAN 2011」を取材してみても、話題不足の感は否めず、会場の熱気も昔に比べて明らかに失われていた。

ネットワーク化された住宅をどうイメージするか

 日本の住宅業界には、もともとネットワークという発想が乏しい。住宅メーカーや建築家にとって、建物単体のデザインや性能が最大の関心事であり、建物がネットワーク化されて形成される「街並み」や「コミュニティ」への配慮が欧米に比べて希薄だったのは確かだろう。最近でこそ、若手建築家を中心にコミュニティデザインといった考え方も広がってきているが、従来からネットワーク的発想に乏しい住宅業界で、住宅がグリッドというネットワークに接続されることの意味についてイメージが膨らまないのかもしれない。

 日経BP社の建設・不動産総合サイト「ケンプラッツ」をみると、スマートハウスには「次世代省エネ住宅」との注釈が付けられている。同じくケンプラッツに今年9月に掲載された東京大学生産技術研究所所長の野城智也教授のインタビューでは「スマートハウスとは住み心地をスマートに実現する住宅だと考えている。エネルギーの最適化だけではない。生身の人間が快適だと感じるようにチューンアップできるのが賢い家だ」と述べている。いずれにしても、住宅がネットワーク化されるというイメージは伝わってこない。

 冒頭で紹介した省エネ住宅、ソーラーハウス、ZEH、エコハウスにしても、基本的には住宅単体でいかに省エネ化、省CO2化を実現するかという発想である。2008年の北海道洞爺湖サミットで展示されて話題となったZEHのモデル住宅も、省エネ性能の向上に加えて、太陽光発電システムや蓄電池などの自前電源を備えることで、住宅単体でCO2排出量(または化石エネルギー消費量)の正味(ネット)ゼロを実現したものだ。住宅をネットワーク化して賢い都市づくりをめざす発想は、1980年代に東京大学大学院の坂村健教授が提唱した「TORN電脳住宅」や「TORN電脳都市」が先駆けである。当時、パナホームが開発した電脳住宅のプロトタイプを見学した記憶があるが、まさにスマートハウスの発想に近いものだった。

 「じゃ、お前はグリッドによって住宅がネットワーク化される意味を理解できているのか?」と問われれば、残念ながら答えはノーだ。それが分かるぐらいなら、第二のスティーブ・ジョブズをめざしてビジネスを始めている。いずれにしても、スマートグリッドの本格導入による第2のインターネット革命の可能性を視野に入れながら、標準化やセキュリティ対策などの準備を進めておくことが必要だろう。

スマートグリッドあってのスマートハウスではないのか

 第2のインターネット革命によって新たなビジネスや産業を生み出すには、都市や住宅の将来に対するイメージやビジョンを共有して、関係業界挙げて実現に取り組むことが重要になる。住宅業界でもスマートハウスに取り組もうとの機運が盛り上がってきている時に、10月6日に開催された一般社団法人HEAD研究会の記念シンポジウムで挨拶した経産省の渡邊住宅産業窯業建材課長が「スマートハウスには定義がない」と言い出したのは、なぜか?

 渡邊課長は、今年9月までは資源エネルギー庁の新エネルギー対策課長として、再生可能エネルギーの全量買取制度導入のための「再生エネルギー特措法(電気事業者による再生可能エネルギー電気の調達に関する特別措置法)」を担当した人物である。この法律は、東日本大震災が発生した3月11日の午前中に法案が閣議決定されたもので、菅前首相の打ち出した脱原発依存とは全く関係のない内容だったが、なぜか法案成立が首相退陣の条件になったという、曰く付きの法律だ。

 今年のSEATECでエネルギー政策見直し問題について講演した日本経団連21世紀政策研究所研究主幹の澤昭裕氏(元経産省官僚)も、再生エネルギー特措法について「電気事業者にとっては痛くも痒くもない法律。買取費用は全て電気料金への上乗せが認められ、従来のRPS法より負担が減る」と解説する。つまり、いくら脱原発依存と言ったところで、再生可能エネルギーの導入も電気料金の上昇によって歯止めがかかり、電力の安定供給を確保するには、発送電分離よりも電力会社を統合化して経営基盤を強化する方が現実的な解決策であるとの主張である。

 東日本大震災によって福島第一原発事故が発生したあと、脱原発依存を進めるために再生可能エネルギーの本格普及に向けてスマートグリッドの導入機運が盛り上がった。しかし、そうした議論が本格化する以前に、原発事故の損害賠償を支払い続けるために東京電力を存続させることを決めた原子力損害賠償支援機構法が成立。最近の動きを見ていても、損害賠償の支払い優先を理由にスマートグリッドの導入などの新しい投資は先送りされる可能性は高いだろう。

 「スマートハウスも、東日本大震災を機に、IT業界寄りの発想から、省エネ、節電をめざす住宅業界の考え方へと変わりつつあるのではないか?」(渡邊課長)との発言からは、スマートハウスをスマートグリッドから切り離したいとの思惑が見え隠れする。

 いまから20年前、「日の丸コンピュータープロジェクト」と通産省(当時)はTRONプロジェクトをさんざん持ち上げておきながら、最後は米国の圧力であっさりハシゴを外し、TRONプロジェクトが下火になってしまった出来事があった。

 果たしてスマートハウスの先行きはどうなるのだろうか。

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