ものづくりの世界では、製品の鍵を握る技術や標準、仕組みなどの「プラットフォーム(基盤)」を抑えることが、いまや最も重要な戦略だ。インテルやマイクロソフトがICチップとウインドウズでパソコンの世界を制圧し、グーグルが検索ソフトでインターネットの世界を席巻し、アップルはiPodとiTunesで音楽配信の世界を、そしてiPadの投入で電子書籍の世界を支配しようとしている。一方、建設分野では、フローからストックへ市場構造が大きく変化し始めているにも関わらず、単品受注単品生産のゼネコン式ビジネスモデルから脱却する動きが出てこない。今後、建設市場の中心となる小規模・低コストの維持修繕・管理のサービスを提供するのにゼネコン方式では非効率であるのは明らか。では、どうするか―。建設業でも「プラットフォーム戦略」を展開し、市場を“点”ではなく“面”で抑える方向性を探るべきではあるまいか。その可能性を示す事例を今週発売の「週刊ダイヤモンド」6月5日号に書いた。ゼネコンモデルに固執しても建設業は疲弊していくだけである。

建設業は本当に変われるのか?

 「いつもいつも勘弁してよ…」ゼネコン関係者の多くにこう指摘される週刊ダイヤモンド恒例の「ゼネコン特集」が、今回も登場します。現状を克服するために必要なものは何か?ここにその「解」があります。――ダイヤモンドから送られてきたメルマガに、今回の「ゼネコン落城」について、こんなキャッチコピーが書かれていた。現状を克服する解が見つかるかどうかは読者の問題意識によって違うと思うが、ダイヤモンド編集部が執筆した前半部分を読むと、改めて悲惨な状況に追い込まれているゼネコン業界の今が判るだろう。

 私に対しても「よくも飽きもせず、ゼネコン問題をしつこく追い続けている」との声を聞く。その時に決まって答えるのは「建設業界が変われるかどうかが、日本社会や産業構造が本当に変われるかどうかの試金石だから…」。利益誘導政治、官僚支配、談合体質、下請叩きなど負の部分を背負ってきた建設業がどう変わっていくかが、日本の未来を示していると思うのである。

 自動車産業の次に、日本経済を支えると期待されてきたIT産業が、世界市場ではほとんと戦えず、国内に閉じこもってITゼネコン化した理由は何か?国際金融センターをめざして郵政民営化を進めていたはずが、あっさりと後退してしまう理由はどこにあるのか?そこにも、建設業と共通する日本社会が抱える根本的な原因があるように思えてならないのである。

プラットフォーム戦略とは『繋がること』

 さて、前置きが長くなったが、建設業におけるプラットフォーム戦略とは何か。週刊ダイヤモンドの記事には、この言葉を敢えて使わなかった。なぜなら、そんな馬鹿げた(?)ことを考えている人間は、建設業界の中にはほとんどいないからだ。言葉そのものは、IT業界などではすでに既知のものであるが、その考え方を建設業でどうしたら具体化できるのか?はまだアイデア段階である。それをダイヤモンドのようなメジャーな雑誌に書くわけにもいかないので、今回は可能性の一端を示す事例を紹介するのに止めたわけだ。

 プラットフォーム戦略は、様々なものが考えられるはずだ。基本はプラットフォームを通じて、様々な人や企業が繋がっていくことだからである。重要なのは建設業界だけで考えるのではなく、他業界、さらには世界中の知恵とコラボレーションすることだ。それが「イノベーション」を生み出す最大の秘訣である。私が想像している未来の建設業のプラットフォームに関するアイデアを少し披露しよう。果たして実現するかどうかは判らないが…。

建設ストック自動診断システムの可能性

 「建設ストックの不具合や老朽化の状態を遠隔地からスマートグリッドを通じて自動診断できるシステムを構築し、効率的に維持補修・管理できる社会的基盤を整える」―クラウドコンピューティングが普及してICTコストが劇的に低下し、スマートグリッドが普及してエネルギーや水に関する各種データが収集できるようになれば、そうしたシステムを構築することも可能ではないだろうか。

 すでに高齢者向けには、水道やガスの利用状況から高齢者の状態をモニターする仕組みとサービスが提供されている。これは水道やガスが長時間、使用されていないと、その情報が警備会社などに通報されて安否確認を行うというものだ。しかし、今後、スマートグリッドが整備され、住宅や建物がつながっていくと、電気や水道、ガスなどの詳細な利用データをリアルタイムで集めることが可能になる。これらのデータを集めて解析すれば、安否確認のような単純なサービスだけでなく、複雑なサービスも可能になるはずだ。

 エネルギーや水のデータに、建物の構造や築年数などのデータが加われば、建物のいまの状態がどのようになっているのかを解析する仕組みができるのではないか。例えば、電気や水道などの利用量から家族の人数や構成を判るだろう。その上で、個別の電気製品の使用量、例えばエアコンなどの電気使用量と外気温のデータが判れば、遠隔からでも建物の断熱性能や暖房効率を評価することも可能ではないか。そこから断熱改修のニーズが高いと思われる案件を抽出し、営業活動やリニューアル工事を通じて実際のデータをフィードバックしていくことで評価システムの精度を高めていけば、建設ストックの自動診断も夢ではなくなると思うのだ。

プラットフォームに、どのような機能を組み込んでおくか

 重要なのは、建設ストックの自動診断を実現するために、スマートグリッドやスマートメーター、EMS(エネルギー管理システム)にどのような機能を組み込んでおくかである。米国では、スマートグリッドの標準化を進めるに当たって、具体的なユース・ケース(標準使用例)を洗い出して、それに必要な機能をスマートグリッドの標準仕様に組み込んでいくことを戦略的に進めている。今後、日本でもスマートグリッドの標準化作業が国際動向を睨みながら進められていく予定だが、その中に建設業としても、必要な機能を組み込んでおくように積極的に働きかけていく必要があるはずだが、建設業界にその重要性を理解している人はまだほとんどいないかもしれない。

 さらに、各建物のエネルギーデータを勝手に利用することはプライバシーの問題から難しいだろうから、利用者からデータを提供してもらうために、エネルギーの無駄を取り除く無料アドバイスサービスといった仕組みも用意する必要があるだろう。消費者にとってみれば、電気料金などを少しでも安くしたいという思いは強い。インターネットを使った無料診断で詳細なデータを提供してもらい、それを解析することで、改修効果を見える化した最適なリニューアルプランを提案するといったビジネスモデルを構築できるかもしれない。

 その時に、消費者としては室内などの模様替えなどを行いたいといったニーズも出てくるだろう。ダイヤモンドの記事には書かなかったが、「なおしや又兵衛」を展開するJMでは、三次元のBIM(ビルディング・インフォメーション・モデリング)技術を使い、室内の写真を送付すれば、ウェブ上に三次元のバーチャル空間を再現して、その上で消費者が壁紙を変えたり、家具を変えたりするシミュレーションを行い、改修費用も自動積算するサービスの準備を進めている。

プラットフォームを通じて、どのようなソリューションを提供するか

 将来的には、住宅や建物の維持修繕・管理などに関わる実績データが蓄積されて、その費用が正確に予想できるようになれば、保険のようにメニュープランに応じて定額料金を支払えば、必要な時期に必要な維持修繕が自動的に行われるサービスが実現するかもしれない。要は、スマートグリッドやBIMといった新しい技術を使って、消費者や建築主に対して、どのようなソリューション(解決策)を提供するという視点が重要である。

 オートデスクが6月1日に開催したBIMのフォーラムに参加してみたが、BIMを使って顧客に対してどのようなソリューションを提供するかという話はほとんど聞けなかった。最後に登場した米国のオートデスクのコンサルティング部門の責任者だけが、BIMを使って世界的ホテルチェーンであるマリオットや、食品流通企業に対して、どのようなソリューションを提供したのかを明確に語っていた。BIMを単なる設計を効率化するための道具、顧客に対するプレゼンテーションツール、ゼネコンの縦割り部門を繋ぐ道具と考えているのでは、本当の意味でのイノベーションを実現するのは難しい。

 スマートグリッドやBIMを使って、顧客や専門工事会社、金融・保険会社、建設業とは直接関係なかった異業種、さらには海外企業などと繋がっていくことで、新しいイノベーションを起こす―そうした発想こそが、いまの建設・不動産業に求められているのではないだろうか。

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