地球環境の負荷を減らすため住宅の長寿命化をめざして導入される「住宅履歴情報」制度が、一部の大手ハウスメーカーの抵抗で暗礁に乗り上げている。履歴情報を一元管理するため各住戸に付与される共通IDの導入を阻止しようとする動きが出てきたからだ。住宅所有者に帰属する履歴情報が公開された場合、消費者の囲い込みがやりにくくなるとの思惑が働いているとみられる。しかし、共通IDがなければ情報管理が面倒になるのは確実で、いまだに混乱が続いている年金問題の二の舞になりかねない。住宅所有者の利益を考えれば、住宅履歴情報が確実に引き継がれていく仕組みが不可欠であるはず。3月15日には「住宅履歴情報シンポジウム」が開催されるが、今後の住宅業界の出方が注目される。

ストック型住宅市場の重要な基盤となる住宅履歴情報

 日本の住宅市場は、造っては平均30年程度の短期間で壊すスクラップ&ビルドを続けてきた。ようやく21世紀に入って、資源の有効活用や地球環境への負荷軽減など観点から、良質な住宅を長期間に渡って住み継いでいくストック型市場への転換が必要との認識が高まり、その基盤整備が進められてきた。

 政府は2006年に住生活基本法を制定し、住宅政策の方針を転換し、09年には長期優良住宅法が施行。長期優良住宅では住宅の記録をきちんと保存することが義務付けられた。この記録に維持・修繕などの情報も加えて、長期間に渡って引き継いでいくための基盤となるのが「住宅履歴情報」制度である。

 国土交通省では、2007年度に住宅履歴情報整備検討委員会(委員長:野城智也東京大学教授)を設置して、住宅履歴情報に必要な標準形の情報項目や共通ルールのあり方、普及方策などの検討を進めてきた。すでに09年2月には「住宅履歴情報の蓄積・活用の指針」を策定。その中で共通IDを導入する方針も打ち出している。

 指針では「住宅は個人資産であると同時に、世代を超えて継承されるべき社会的資産でもある」との理念を明記。「良好に位置管理された住宅とその住宅履歴情報をしっかりと次の所有者へ引継ぎ、住み継がれるようにすることが重要である」として共通IDを付与し管理していく仕組みを目指してきた。

新設住宅市場の落ち込みで既存ユーザーの囲い込みへ

 ここに来て一部の大手ハウスメーカーから、共通IDの導入に対して強硬に反対する声が出始めてきた。導入阻止を画策する動きが水面下で動き出しており、関係者の間では困惑が広がっている。

 本来、建物の維持修繕は、設計図面などを保管している元施工会社に依頼するのが良いとされる。しかし、これまでは住宅業者の多くが新築ビジネスばかりに力を入れ、手間がかかって工事単価も安い維持修繕に十分に対応してこなかった。日本の住宅の寿命が短かった原因が、そこにあったと言っても過言ではない。

 新設住宅着工戸数が年間100万戸以上を維持してきた日本の住宅市場も、2009年には1967年以来42年振りに100万戸の大台を割り込んだ。少子高齢化の進展で大台回復は期待できず、大手も含めて住宅事業者は、生き残りに向けて既存ストックの維持修繕に本格的に取り組む必要が出てきている。

 そうした状況の追い込まれる中で、これまでは問題視していなかった住宅履歴情報の共通IDが、既存ストックの囲い込みを進めるうえで障害になると認識し始めたようだ。

情報の非対称性の解消は実現できるのか?

 指針では、住宅履歴情報の第一義的な所有者は住宅所有者と定められ、リフォーム業者などが住宅履歴情報を利用する場合には、住宅所有者が提供するとしている。さらには住宅所有者自らの判断で、住宅履歴情報を公開できる。

 住宅所有者は、共通IDを使うことで、事業者ごとに情報が分散していたり、事業者が倒産したりした場合でも、住宅履歴情報を集めやすくなる。一方で、元施工会社にとっては情報の囲い込みをやりにくくなり、住宅所有者が住宅履歴情報を使って維持修繕を元施工会社以外にも依頼しやすくなるとの懸念が広がってきたわけだ。

 指針では、住宅履歴情報を導入する目標として「情報の非対称性の解消」も明記された。中古住宅の売買における売主と買主の情報の非対称性の解消が期待されているわけだが、元施工会社とそれ以外の事業者との情報の非対称性の解消にも役立ち、維持・修繕ビジネスにおいても適正な競争原理が働くようになると考えられる。

 英国や韓国などの海外主要国では、住宅はもちろん、土地にも共通IDが付与されて市場の透明性確保が図られている。そうした動向を踏まえて、2年前に国交省では不動産にIDを付与するための研究会を立ち上げたが、不動産業界の強硬な抵抗で挫折した苦い経験がある。住宅・不動産の取引では、消費者と事業者の間で、情報の非対称性が原因で、欠陥住宅や悪質リフォームなどの問題が続いているだけに、果たして消費者の利益を最優先した制度が導入できるか―。住宅業界の姿勢が問われている。

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